嫌コーヒー権運動
嫌コーヒー権運動(けん-けんうんどう)とは、コーヒーが社会にとって害悪であるとする思想の下、「コーヒーを拒否する権利」を普及させる運動のこと。しばしば、公共の場所での「分コーヒー」や「禁コーヒー」との混同が見られる。
概略[編集 ]
この運動の前提となるのは、コーヒーが健康のみならず社会活動全般に害悪であるとする思想である。
と言っても、運動が活発になった当初は、コーヒーを「既に社会に根付いた習慣」として容認する思想が主流であった。つまり、個人的にコーヒーを嗜む権利を認めつつ、個人的とは言えない公共の場ではコーヒーを嫌う人からコーヒーを分離する「分コーヒー化」を目指すものであり、これが本来なのである。
しかし、一部の(過激な)活動家はコーヒーの存在そのものを否定しているのも確かであり、そうした動きを嫌コーヒー権運動と呼ぶのは誤用であるとの意見もある。このため本来の嫌コーヒー権運動を先述の「分コーヒー権運動」と呼び替える動きもある。いずれにせよ、こうした思想は運動家によっても異なり、その違いは程度の差とする意見もある。
現在のところ、嫌コーヒー権運動は現在拝火教の問題が過大に取り扱われる事で隠れがちであり、その活動そのものの知名度も低いままである[要出典]。しかしながら、同様の思想を持つ人々の間に少しずつ浸透しつつある。一方で、こうした広がりが「愛コーヒー家」との摩擦と軋轢を生んでいるのも確かであり、一部の先鋭的な運動家が過激な主張や行動を選ぶ原因ともなっている。
主な主張[編集 ]
嫌コーヒー権運動では、下記のような理由で、「コーヒーを飲まない権利」及び「一定の環境(例えば一つのオフィス)からコーヒーを排除する権利」を普及させようとしている。
なお、一つ一つの主張を取り上げた場合、それらがそれぞれ全ての運動家の賛同を得ているわけではない。運動家によってはこれらの一部のみを主張する場合もある。
健康被害についての主張[編集 ]
- コーヒーに含まれるカフェインはアップ系麻薬の一種であり、覚醒剤やコカインの仲間である。神経系に負担をかけるうえ、実際に依存症に陥る人も数多くいる。コーヒーを飲んで目が覚めるように感じるのは麻薬の効果であり、実際には「離脱症状をコーヒーで紛らわせている」だけである。
- カフェインの急性中毒は、高血圧をはじめとするある種の病気を悪化させる。またコーヒーにはシュウ酸が多く含まれるが、これは現代人に多い腎結石や尿路結石を悪化させる。
- 空腹時の飲用はもちろん、胃 腸の弱い人にとっては潰瘍などの病気の原因になる。
- 貧血を悪化させる。また、数種類の発ガン性物質が含まれている。
- ブラックコーヒー以外では糖分や脂肪分の過剰摂取の原因となる。逆にブラックコーヒーは上記のような健康被害が強い。
- コーヒーには大量のDHMOが含まれている。
- フランスの政治家にして美食家のブリア・サヴァランは著書「美味礼賛」の中でコーヒーの危険性を主張している。
- ちなみにサヴァランはこの書の中で自分の体でコーヒーの危険性を試した事を記している。大量のコーヒーを飲んだ彼は3日間不眠症に悩まされた挙句、不能になってしまったという。この書は1825年に出版されたが、19世紀にもう既にコーヒーの危険性が専門家によって指摘されていた訳である。
非飲用者への被害についての主張[編集 ]
- コーヒーの臭いに吐き気を覚える人が少なからず存在する。コーヒー党を主張する人たちの多くは、そうした「コーヒーの臭いに弱い」人たちの気持ちを全く理解していないどころか、「これが理解できないのはガキだ」などと言って、見下した態度を取る人もいる。
- オフィスなどでコーヒーカップを倒して書類や書籍などを汚してしまう人が後を絶たない。特に衣類や大切な書類、貴重な書籍などを汚されることは、コーヒーを飲まない人にとっては「一方的な被害」である。
- 多量にコーヒーを飲む人はひどい口臭がする。これは我慢の限度を超えているが、こうした口臭に注意を払っている人は非常に少ない。
社会全般への影響[編集 ]
- 毎日大量に捨てられる出し殻がゴミの量を増やしている。また、コーヒーの苦手な人にとって、出し殻の放つ悪臭は全く許容できないものであるが、多くの場所では、出し殻を密封することなくそのまま捨てている。
- コーヒーブレイクと称して、コーヒーを飲むために仕事をサボる公務員がいる。こうした税金泥棒は許されない(そもそも、税金を使って嗜好品であるコーヒーを飲むこと自体に問題がある)。
- コーヒーの多くはプランテーション農場で生産されており、一部の発展途上国では奴隷制度(または疑似奴隷制度)や未成年者の強制労働などの原因となっている。しかし、実際にコーヒーを飲む人々は、そうした過酷な労働の被害者たちを顧みることがない。
- コーヒーを生産している畑を食料生産に振り分けることで、飢餓に陥っている多くの人々を救うことができる。それによって我々は何の被害も受けない。
- 多くの健康被害によって医療費を増大させているにも関わらず、コーヒー愛飲家は特に負担をしているわけではない。せめてタバコと同様に高い税金をかけるべきである。
その他の主張[編集 ]
- コーヒーが存在しなければならない理由は無い。コーヒーが無くなっても社会には何の影響もない。
- 会議や接待などでコーヒーを勧められた時、それを断ることは失礼とする風潮が根強い。自分の身体を守るために、健康に良くないコーヒーをきっぱりと断ることは当然の権利であるのに、多くの人がそうした権利を認めようとしない。
- 多くの職場では、コーヒーを飲まない職員からもコーヒー代を徴収している。そうした費用は愛コーヒー家だけが負担すべきである。こうした構図は社会全体にも広がっている。
- と言うか、タバコや拝火教は拒絶できるのにコーヒーを拒絶できないのは納得できない。
マスコミに対する運動[編集 ]
様々なレベルで、一部に異なる主張の下で行われている嫌コーヒー権運動であるが、多くの運動家が共通している主張が、マスコミに対するものである。
これは、テレビドラマやCM、映画、漫画や小説、音楽、その他ありとあらゆる放送物や創作物にコーヒーが登場している現状に対しての、強烈な批判として現れている。嫌コーヒー権運動では、そうしたものを、
- 十分な判断力を持たない青少年が、コーヒーが良いものであると思いこみ、その裏に存在する害悪を知る前にコーヒーに手を出し、真実を知る前に中毒に陥った上、不本意なまま「加害者」になってしまう
とし、コーヒーを美化するもの(映像、言葉、演出など)を全て排除するよう、出版業界やマスコミ各社に働きかけている。
その他の運動[編集 ]
- コーヒーについての健康被害についての啓蒙活動。ただし、飲料メーカーの反対によってなかなか進んでいないようである。[要出典]
- 店頭で販売されている缶コーヒーやパック入りコーヒーなどを、未成年者が購入しにくいよう、レジのそばなどにまとめて陳列するよう、主にコンビニエンスストア各社などに働きかけている。
- 未成年者のコーヒーを禁止する法律を作るための活動が行われているが、この活動については、一部の嫌コーヒー権運動家は「行き過ぎである」と反対しており、運動家も一枚岩ではないようである。
問題点[編集 ]
- コーヒーによる健康への被害については、十分な科学的な証明がなされているわけではない。また、明らかになっている健康被害についても、決してコーヒーのみに限った被害とは言えない。これらを理由にコーヒーを否定する思想に疑問を投げかける者も少なくない。[要出典]
- 近年、一部の運動家がますます先鋭化し、「コーヒーはマトモな大人の飲むものではない」「コーヒーに固有の利益を証明しろ。コーヒーを飲まなければならない理由を説明できないなら飲むな」「コーヒーを他人に勧めるのは殺人行為だ」などと過激な発言を繰り返して、同じ嫌コーヒー権運動家からも反感を買っている。一方で、一部のコーヒー愛飲者側も「個人の嗜好に口を出すのは馬鹿のすることだ」「そんなにコーヒーが嫌なら無人島に行け」といった過激な発言をしており、両者の確執はますます強くなっている。
関連項目[編集 ]
- 全ての元凶とされる飲み物。
- 近い将来こうなるであろうと思われる未来。
- 酒こそが社会にとっての最大の害悪と考え、酒を廃絶する運動。他人から進められると拒絶しにくい点がコーヒーと共通しており、互いに連携している。
- 危険であること、排気ガスによる健康被害、タイヤやオイルといった原油関連製品の無駄遣いなどが主な論点。また若者の危険行為を助長しているとの批判もしている。