ニンジン

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ニンジン(人参、:Carotte、1864 - 1910)は、一文字違うというだけで人間になり損ねた、世にも哀れな存在である。

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早く人間になりたい[編集 ]

ニンジンは血塗られた家系に生まれ、家族のうちに一人だけその責め苦を負った。

その昔、裁判に敗れたソクラテスを死に至らしめたのは、ニンジンの先祖であるといわれている。ニンジンの家族はその冷酷な血をしっかりと受け継いでおり、幼い彼に毎日のようにつらく当たった。限りなく人間に近いが決定的な違いを持ち、また容貌も醜いニンジンは、生まれた瞬間から親や兄弟の格好の標的であった。母親はわざとニンジンのしびんを隠し、翌朝粗相をした彼に人間とは思えぬひどい仕打ちをし、悦に入った。あるとき彼のが過ってニンジンの額をつるはしで傷つけたが、それを見つけた母親はニンジンを叱責し、の血を見て失神した兄を介抱した。はニンジンの頭に包帯を巻きながら、傷口がまるでバターに穴が開いたようだと言って笑った。残る父親も、ニンジンがすがるにはあまりに頼りない男であった。いつも仕事ばかりしている彼は、家庭のことにほとんど関心を持たなかった。それを悲しいかなきちんと分かっているニンジンは、父にあてた手紙にはいつも当たり障りのないことを書くように心がけるのだった。どんな酷い扱いを受けても、ニンジンは一人で耐えるしかなかった。こうして、人の顔色をいつもうかがう、心の拗けた、世にも不愉快かつ実に不憫な人格が出来上がっていったのだった。

小さきモノたちとのふれあい[編集 ]

家族が彼抜きでメロンを食べ終わった後、ニンジンは食べかすをウサギにやるよう母親に命じられる。これはいつも彼の役目で、兄や姉が彼の代わりに行うことは一度たりともなく、また彼らのほうにも代わってやろうという気持ちなどさらさらなかった。しかしニンジンにとってこの態度はむしろ好都合だった。ウサギ小屋に隠れ、メロンの皮にかろうじて残った甘い部分を齧るのは、ニンジンにとっての貴重な糖分補給であり、何よりも、つらい日々を送る彼のささやかな楽しみだった。ウサギたちは彼のそのような行為を決してとがめることはなく、それどころか実に友好的であった。ニンジンが始めて他者からのを感じた場所は、おそらくこのウサギ小屋であろう。後にこの小さな友人たちのつぶらな瞳が彼を食料としてしか見ていないことを知ったが、彼らとの友好関係をきっぱり断ってしまうには、ニンジンはあまりに孤独すぎた。

夏が来るたびに、ニンジンの家族は彼をおじのところへ預けた。厄介払いであった。ニンジンのほうもすさんだ家庭から解放され、自然の中でのびのびと過ごすことができるので、おじのところへ行くまでにいくら邪険にされても平気だった。さんさんと照る太陽の下で、茶色い土にまみれ、ミミズと戯れ、歳相応の感性を少しずつ取り戻したニンジンは、日に日にすくすくと成長してゆくのであった。

赤いほっぺた[編集 ]

夏が終わり殺伐とした元の家に戻り虐待を受けるようになると、ニンジンは再びその荒廃した人格を取り戻すのだった。彼の学校の成績はそれほど悪くはなかったが、人間と異なる容貌と可愛げのない拗けた性根ゆえ、教師たちの評判は思わしくなかった。彼らにとってはニンジンに何かすぐれた点があったとしても「どんな不味いものでも砂糖をひとさじ入れて煮れば甘くなるのと同じ」ということであった。大人だけではない。ニンジンの周りの子供たちも、「一本でもニンジン」などと屁理屈を抜かす彼を異質の存在とみなし、さげすんでいた。ニンジンは周りの人々のこうした理不尽な軽蔑をよく心得ていたので、どんな目にあっても「どうせそんなこったろうと思ってたさ」とつぶやくばかりだった。

ニンジンの晩年の肖像。彼は死ぬまで愛を求め続けた。

とはいえ、人間と同じ情緒を持ち、限りなく近い存在として生まれながら、小動物にはともかく人間に全く愛されないことに対する悲しみは常にあり、自分も愛されてみたいという思いが、ニンジンの中で時々頭をもたげた。あるとき、彼はある事実を発見する。教師が、ほっぺたの赤い美貌の少年をあからさまに愛し、優遇していたのだ。それに気づいてからというもの、ニンジンはその生徒を観察し続けた。そうして日に日に嫉妬心が募る中、教師に冷淡な態度を取られた。いつもなら口癖を言って済ますところであったが、その瞬間ついに抑制の効かなくなった彼はある行動に出る。教師の目の前で窓ガラスを叩き割り、滴り落ちる血を両頬に塗りつけて、ニンジンは絶叫したのだ。

「見ろ!あいつと同じ、赤いほっぺただぞ!」

この行動はかえって裏目に出た。血で赤く染まった顔は醜悪さを増し、その教師はもちろんほかの子供たちも、よりいっそう彼から距離を置くようになった。家庭でも学校でも孤独を極めたニンジンは、一刻も早く成人し、この境遇から抜け出すことを強く願うようになる。


「赤いほっぺた事件」から数十年後、ニンジンはついに両親から解放される。極悪非道な母は井戸に落ちて死に、ニンジンが成人してだいぶ後のことではあったが、父もまた自ら猟銃でその咽喉を穿ったのだ。ニンジンが喜んだのもつかの間、彼自身も大動脈瘤により、その不幸な人生(にんせい)を終えるのだった。生涯を通し、人間からの愛を心の底から欲していたにもかかわらず、ついに最後までそれを得ることはできなかったのである。

昔話[編集 ]

ニンジンとダイコンゴボウ銭湯に行った。ところが一番風呂が好きなちゃきちゃきのイドッコが来て帰ったあとらしく、湯が基地外のような高温にされていた。

せっかちで痩せッぽちのゴボウはすぐに湯に飛び込んだが、表面積に対して体が少ないため、あっという間に熱が全身に回り、『あちち、あちち、こら堪らん』と飛び出すと体も洗わず、二人を残して帰ってしまった。

真面目なダイコンは『ゴボウくん、湯に入る前に体をあらわないとダメだよ』と石鹸でゴシゴシ洗った。

ニンジンはケチだったので、カネ払った元はとらないと損だと考え暑いのを我慢してずっと湯船に入っていた。

だから、ニンジンはく、ダイコンはくなり、ゴボウはいままなのであった、どっとはらい。

なお、この話には続きがあり、三人のあとに、呑気な、冷え症の、暑がりのがこの湯が熱い銭湯にやって来る。樹木の三人組は、根菜トリオとはまた違った言動をする。

おわりに[編集 ]

ああ、これかい?なんでもないよ。いや、言わなくてもいいよ、ちゃんと分かってるから。

ニンジンの子孫はいまや世界中におり、その中には人間に対して仁術を施すものもいる。しかしながら彼らは依然として人間からの愛を勝ち得ていない。彼らはニンジンの血を引いているというだけで差別され、しばしば集団から疎外されているのだ。読者の方に分かっていただきたいのは、彼らは人間に対する害意など微塵もなく、むしろ孤独に震え、愛を求めているということだ。この気が滅入るような文章を最後まで読んでくださった貴方のような方なら、きっと彼らを心から愛することができるはずである。

それから、子供たちへ。彼らを嫌いになってはいけません。どうしてもいやなら、お母さんに頼んで砂糖で煮てもらいなさい。あと、寝小便をしてしまった翌朝に出てきたスープは、何があっても飲んではいけません。分かりましたね。

関連項目[編集 ]

詐欺だ!

この「ニンジン」は美味しくないので商品化できません。品種改良をしてくださる方を探しています。 (Portal:スタブ)

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