企画に当たって
転換期のニュースメディア
分断なき公共圏を作り、民主政治の健全性を守れ
谷口将紀
NIRA総合研究開発機構理事長/東京大学大学院法学政治学研究科教授
- KEYWORDS
新聞の未来、ニュースメディア、ジャーナリズムの本義、民主政治の健全性、二大紙の戦略、公共圏、政治コミュニケーションのインフラ
日本は世界に冠たる新聞大国である。世界の新聞発行部数トップテンには、読売新聞を筆頭に、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞が名を連ねる。しかし、今や新聞の未来に影がさしている。昨年10月現在の新聞発行部数は約3,500万部で、20年間で約3分の2に減少した。特に若年層の新聞離れは深刻で、新聞通信調査会の調査によると、30歳代以下で新聞を毎日読む人は10%に満たない。論調の左右を問わず、インターネット上の新聞批判も厳しい。
新聞を取り巻く環境の厳しさで先行する米国の事例からは、単なる一業界の消長にとどまらない民主政治への悪影響が懸念される。2020年大統領選の混乱に見られたように、サイバーカスケード、エコーチェンバー、フィルターバブル、フェイクニュースなど、インターネットを通じた政治コミュニケーションの危うさも浮き彫りになった。ジェファソン元大統領による「『新聞なしの政府』と『政府なしの新聞』のどちらかを選ぶとしたら、私は迷わず後者を選ぶ」という格言を、トランプ前大統領はどのように聞くだろうか。
今回の「わたしの構想」は、日本のニュースメディアを守り、民主政治の健全性を保つためには何が必要か、わが国のジャーナリズムを率いる、あるいは国内外でジャーナリズムのあり方に関して卓越した所見を示されてきた5人の識者に意見を伺った。
デジタル時代、ニュースメディアがとるべき戦略は
『2050年のメディア』などの著作で知られる作家・下山進氏の指摘にもあるとおり、日本の新聞、なかんずく政治記者は、政治家や公務員など取材対象と関係を築き、彼らから情報をもらって同業他社に先駆けて記事(特ダネ)にすることに価値を見出してきた。しかし、インターネットが発達した現在では、特オチ(他紙に特ダネを取られること)をしてもすぐにデジタル版で追い付けるから、政や官が持つ情報を抜いた・抜かれたという競争は、もはや読者にとっては大きな意味を持たない。下山氏は、政府が発表しない裏側の事実を明らかにする調査報道こそが、新聞が生き残るための途と主張する。
インターネットメディア『現代ビジネス』の創刊編集長で、現在はスマートニュースメディア研究所所長を務める瀬尾傑氏も、埋もれている情報や表に出ていない問題を人々に提供する調査報道こそが、メディアの信頼回復、そして民主主義を守るために必要という点で軌を一にしている。インターネットにはフェイクニュースなどの問題があるが、だからと言って監視や検閲といった「劇薬」を用いてはならず、人々が多様なメディアの情報を比較検討して正しい判断をできるようにするリテラシー教育を、義務教育段階から行うことが肝心と言う。
良くも悪くも日本の一歩先を行く、米国ではどうか。Making News at The New York TimesやInteractive Journalismといった著作のあるコミュニケーション学者、イリノイ大学のニキー・アッシャー准教授によると、メディアコンテンツ全体の消費量や消費時間は増加しているが、メディアは多様化し、ソーシャルメディアのフィードにニュースが流れない人が増えている。これからのニュースメディアは、デジタルマーケティングを活用して、人々の関心を引き付け、さらには安定した収入源を見出すことが重要となる由。
新聞ジャーナリズムの使命、経営多角化で支える
3氏の直言に代表される厳しい時勢にあって、日本の二大紙、読売新聞と朝日新聞の首脳はそれぞれどのような采配を振るうのか。読売新聞グループ本社の老川祥一会長と朝日新聞社の中村史郎社長の見解には、共通点と相違点が見られる。
まず挙げられる共通点は、フェイクニュースが氾濫する中、世の出来事を正確に伝えるニュースメディアの役割は決してなくならない、なくしてはならないという使命感である。このようなジャーナリズムの本義を守るための手段として、不動産やエンターテインメント、通信販売など事業の多角化を進め、経営基盤を強化しようという点も似ている。
他方、読売新聞はデジタル版を最優先するという意味での「デジタルファースト」とは一線を画し、週刊「KODOMO新聞」や「中高生新聞」を通じて、子どもに紙媒体の新聞を読む習慣を付けることに注力するのに対し、朝日新聞はデジタル版の充実は紙媒体と競合しないとして、生活に役立つ多彩なコンテンツをデジタルで発信することで新たな読者層の開拓を図るという、デジタル化に関する両社の違いも興味深い。
5人の識者の意見 ニュースメディアは、民主政治にどのように役割を果たしていくべきか
垣根を越えた政治コミュニケーションのインフラを
日本では、全国紙の力がなお強く、人々の情報源がインターネットに移ると言っても、FacebookなどのソーシャルメディアよりもYahoo! ニュースやLINE NEWSといったプラットフォームが中心であるなど、ステークホルダーの数は限られている。こうした特徴を生かし、フェイクニュースという民主政治の共通敵に対抗するため、新聞各社の論調や新旧メディアの垣根を越え、新しい時代の公共圏、政治コミュニケーションのインフラストラクチャーをデザインすべき時期に来ている―5人の識者の提言を読み、このような思いを強くした。
*本企画に際し、芹川洋一日本経済新聞論説フェロー/NIRA総合研究開発機構研究評価委員にご協力をいただいた。記して感謝申し上げる。