企画に当たって
ふるさと納税の新段階
地域と都市を結び直す
宇野重規
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学社会科学研究所教授
- KEYWORDS
地域外の応援者、地域の活性化、地域の新たな価値の創造、地域と都市の関係の結び直し
返礼品競争と都市の住民税の流出
2008年に導入されたふるさと納税制度は、今年10年目を迎えた。2016年度のふるさと納税の受け入れ額が2,800億円を超えるなど、その規模は着実に拡大している。自治体の側でもアイデアをこらし、地域に人を呼び込み、継続的に関わってもらうための施策として活用している例も多い。ふるさと納税を機にその地域を知ってもらい、関心をもってもらい、さらには地域のプロジェクトを応援してもらえるとすれば、制度のねらいは実現したことになるであろう。
しかしながら、ふるさと納税の制度に問題がないわけではない。まず指摘すべきは、返礼品競争であろう。いうまでもなく、制度の趣旨は返礼品ではない。返礼品はあくまで感謝の印(しるし)であり、おまけである。それなのに、あたかもカタログショッピングのように、返礼品目当てのふるさと納税が過熱すれば、本来の趣旨から外れていると言わざるをえない。自治体の側でも、納税額の半分以上を返礼品に当ててしまっては、その労力を考えても本末転倒な事態であろう。その意味で、総務省自治税務局の池田達雄市町村税課長が苦言を呈するように、「行き過ぎた競争」を抑制するための総務大臣通知が出されたことは残念な事態であった。今後、ふるさと納税が本来の趣旨に立ち戻って発展していくことを期待したい。
ふるさと納税については、別の批判もある。例えば、杉並区の田中良区長は、本来、地域の行政サービスのコストを、その受益者である住民自身が負担するのが原則であり、ふるさと納税はむしろ「税のあり方に歪みをもたらす」と指摘する。都市部においても高齢化が進むなど、行政需要は増大している。このまま住民税が流出していくことを座視しているわけにはいかないという訴えは、無視しがたい重みをもっている。田中区長も言及しているように、都市部の自治体が「主体的に地方に共栄を仕掛けて行きたくなる」インセンティブ(動機付け)を構想する必要があるだろう。
地方で育ち、都会で働く人びと
このようにふるさと納税には検討すべき課題がある。とはいえ、この制度がなぜ導入されたのか、その原点を再考することなしに、制度の評価を決めるわけにはいかない。例えば、ふるさと納税の提唱者の1人である福井県の西川一誠知事は、次のように主張する。西川知事の念頭にあるのは、生まれ育った地域を離れ、都会で働く人びとである。福井県の場合、毎年、大学等への進学のために2,500人の若者が県外に流出するが、そのうち、就職などで県内に戻るのは600人ほどにすぎない。結果として、「教育や子育てなどの行政サービスを提供するのは地方なのに、社会人となって租税を納める先は大都市となる」。このアンバランスを是正すべきであるという西川知事の問題提起は、傾聴に値するだろう。
地域外の応援者との関係をいかに築くか
それではふるさと納税を、今後どのように発展させていくべきか。
やはり納税を1回限りの出来事とせず、それを通じて自治体と、地域外の応援者との関係を恒常的に築いていくことが大切であろう。2014年度にふるさと納税の受け入れ額が日本一になり、その後も多くの寄付者を惹(ひ)きつけている長崎県平戸市の黒田成彦市長は、次のように主張する。「自治体間で競われるべきは、納税の受け入れ額ではない。継続的に寄付してくれるリピーターの数ではないだろうか」。実際、平戸市の場合、住民が約3万人であるのに対し、ふるさと納税による「バーチャル市民」は約4万人に達するという。地域の外に、その住民を上回る数の応援者が存在するということは、それだけの魅力がこの地域にあるということである。地域の魅力を日本全体にアピールしていく競争は、地域の活性化につながるはずだ。
地域の外に応援者を作ったなら、次はそのような人びとに地域に実際に来てもらうことが目標となる。ジャーナリストの三神万里子氏は、納税する人に「地域への長期継続的な参加と心的な絆を促(うなが)す」プロジェクトの重要性を説く。三神氏が例に挙げる北海道の東川町(ひがしかわちょう)は、「写真の町」づくりを掲げる。映画にもなった、全国の高校写真部による「写真甲子園」は楽しい企画であろう。地域の住民と外から来た応援者が交わり、新たな価値を作り出してこそ、ふるさと納税の趣旨は生きるはずだ。退職後のセカンドキャリア設計や、災害等有事に備えた拠点づくりなどと結びつけるのも有効であろう。
多様で主体的な関係を結び直す
自分が居住する地域以外にも、関わりを持つ地域、応援している地域があることは、現代社会に生きるわれわれにとって、豊かなことであり、必要なことでもある。それは自分の生まれ育った地域であってもいいし、まったく縁はなかったが、そこで行なわれているプロジェクトに共鳴して、新たに関わるようになった地域でもいい。ふるさと納税を通じて、日本の各地域と人びとが、より多様で、より主体的な関係を結び直すことが大切である。
ふるさと納税の新段階はどうあるべきか。5人の識者は考える。