福島県避難指示区域内および周辺の鳥類出現分布データの公開について
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、福島県県政記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
主任研究員 深澤圭太
准特別研究員 三島啓雄
高度技能専門員 熊田那央
高度技能専門員 戸津久美子
福島支部
研究員 吉岡明良
公開したデータから計算した種ごとの発見されやすさの分布は、Webサイト「KIKI-TORI MAP」(URL: http://www.nies.go.jp/kikitori/contents/map/)にて地図上でご覧いただくことが可能です。今回公開したデータは2014年度のもので、引き続きモニタリングを継続して新たに得られたデータを追加・更新していく予定です。今後、避難指示解除前後の鳥類相の変化についてのデータを蓄積することで、人間活動の急速な変化が生態系に与える影響を検証できると考えられます。
*1 研究データ自体を学術論文とする出版形態。第三者の研究者による審査を受けて受理された後、データがオンライン上で一般に公開されます。
1.背景
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により、福島県東部の一部の地域では避難指示区域(帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域)が設定され、耕作等の人為的な営みが停止しました。その後、居住制限区域、避難指示解除準備区域の大半においては、除染などの生活環境の整備が行われ、避難指示が解除されましたが、耕作放棄や除染活動などによる急速な環境変化は生態系を大きく変化させる可能性があります。この地域は農地や森林を主体とする景観を有し、人と自然が共生してきた歴史を持つため、環境変化に対して生態系がどのように変化していくかを把握しておく必要があります。
鳥類は異なる餌資源や生息環境を利用する多様な種からなり、環境変化の影響を検出しやすいことや、バードウォッチングや環境教育の題材などを通して人とのかかわりも深いことから、生態系の変化を把握するための指標種として適していると考えられます。そこで、国立環境研究所では2014年より避難指示区域内とその周辺で鳴き声の録音による鳥類の定点調査を実施しています。調査により録音された音声に含まれる鳥の鳴き声を聞き分けて、種ごとの出現頻度を記録しています。
近年、研究活動やその成果を多くの人々にとってより開かれたものにしていく活動である「オープンサイエンス」の重要性が認識されています。それを構成する要素には、一般に公開されたデータ「オープンデータ」や研究活動における市民参加「シチズンサイエンス」などがあります。原発事故に関連する研究は社会の関心が高いため、オープンサイエンスを推進することの重要性が特に高いと考えています。そこでこのたび、モニタリングで得られた鳥類の出現分布データをデータペーパーとして出版してオープンデータとしました。なお、データの一部は一般の鳥類愛好家の方々のご協力のもとで音声種判別を行うシチズンサイエンスの取り組み「バードデータチャレンジ」を通して整備されました。現時点では2014年度のデータを公開しておりますが、現在も調査は継続しているため、今後新たに得られたデータを追加して更新していきます。
2.方法
鳥類の録音調査を避難指示区域内およびその周辺の公共用地(小中学校や公民館など)の屋外52地点にて、各市町村の許可を得て行いました(図1)。各調査地点には2014年5月中旬から7月中旬にかけてタイマーによる自動録音が可能なICレコーダーを設置し、鳥類のさえずりが活発な日の出前後の20分間、電池が切れるまで毎日録音しました。
得られた音声データは1分ごとの「サンプル」に分割し、サンプルに出現した鳥類の種名を記録しました。得られたデータの量は膨大ですべて種判別することは困難であったため、1地点あたり約8日分のデータについて種判別を行いました。
このうち、一部の音声サンプルは一般の鳥類愛好家の方々にご参加いただいて種判別を行うイベント「バードデータチャレンジ」にて種判別を行いました。このイベントはシチズンサイエンスの一環として、福島県内の日本野鳥の会連携団体と共催で2015年度より毎年実施しているものです。バードデータチャレンジの詳細については、深澤ら(2017)およびWebサイト「野鳥のこえからわかること(http://www.nies.go.jp/kikitori/)」をご覧ください。
3.成果の概要
2014年度は7,138サンプルの種判別を行い、68種の鳥類が確認されました。公開したデータは、種判別を行った全サンプルの種組成を位置情報、日付と時刻等の情報とともにタブ区切りテキストファイルとして記録したテーブルと、地点ごとの避難指示区域のカテゴリのテーブルからなります。データファイルの構成は下記の通りとなります。
なお、データペーパーにおいては、世界の生物多様性情報を共有するための標準的なデータ規格「ダーウィン・コア・アーカイブ」形式のデータも提供しています。
データサーバーの準備ができ次第、データは下記のWebアドレスからアクセス可能となります。
http://db.cger.nies.go.jp/JaLTER/ER_DataPapers/archives/2017/ERDP-2017-05
なお、データはクリエイティブ・コモンズ*2(CC BY 4.0*3)を付与しており、出典を明記すれば営利目的か否かを問わず、データの加工・再配布・二次利用が可能となります。
また、データペーパーの受理に先立ち、モニタリングデータを地図上で可視化するWebサイト「KIKI-TORI MAP (http://www.nies.go.jp/kikitori/contents/map/)」も2017年5月より公開しております(図2)。このサイトでは、地点ごとの出現種数や種ごとの出現頻度をご覧いただくことができます。
*2 著作物やデータを公開する作者が、「ある条件のもとでそれを自由に使ってよい」という意思表示をするための条項に関する国際標準。
*3 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一種で、出典を明記すれば営利目的か否かを問わず、データの加工・再配布・二次利用が許可されるというもの。
4.今後の展望
データを公開することはデータの二次利用を促進することにつながるとともに、第三者による研究結果の検証を容易にすることが期待できます。今後モニタリングを継続していくことで、避難指示区域とその周辺の急速な自然環境変化に対する鳥類の変化を明らかにすることが可能になると考えられます。そこから得られた知見は地域の復興の中で自然共生社会を実現していくための戦略作りに生かすことができると考えられます。
5.参考情報
今年度は、10月14日(土)に福島県西白河郡で「バードデータチャレンジ in 白河」を開催します。ご案内は下記Webサイトにございます。
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20170714/20170714.html
ご興味ある方はふるってご参加ください。
国立環境研究所では、今回出版された鳥類のモニタリングデータと同様に、自動撮影カメラによる哺乳類のモニタリングデータについてもデータペーパーとして公開しており(Fukasawa et al. 2016)、下記URLからどなたでもアクセスすることが可能です。
http://db.cger.nies.go.jp/JaLTER/ER_DataPapers/archives/2016/ERDP-2016-03
発表論文
Fukasawa K, Mishima Y, Yoshioka A, Kumada N, Totsu K (in press) Acoustic monitoring data of avian species inside and outside the evacuation zone of the Fukushima Daiichi power plant accident. Ecological Research.
参考論文
深澤圭太・三島啓雄・熊田那央・竹中明夫・吉岡明良・勝又聖乃・羽賀淳・久保雄広・玉置雅紀 (2017) バードデータチャレンジ:録音音声の種判別における野鳥愛好家・研究者協働の試みとその課題. Bird Research 13:A15-A28.
Fukasawa K, Mishima Y, Yoshioka A, Kumada N, Totsu K, Osawa T (2016) Mammal assemblages recorded by camera traps inside and outside the evacuation zone of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident. Ecological Research 31(4), 493
関連新着情報
- 2025年8月25日報道発表セミの大合唱から個別種を識別するAIを開発 —AIと音響シミュレーションで生物多様性モニタリングを効率化—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
-
2025年6月26日報道発表伊豆諸島全体で鳥類の多様性が過去50年の間に低下した
〜一部の島に導入された捕食者の影響が海を越えて波及した可能性〜(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波学園都市記者会、文部科学記者会、科学記者会、千葉県政記者クラブ、静岡県社会部記者室同時配付) - 2025年1月27日更新情報「霞ヶ浦や琵琶湖での長期モニタリングの新たな活用方法とその背景」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2024年10月31日更新情報「環境試料タイムカプセル」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2024年6月24日報道発表市民参加型調査の結果を活用し「セミの初鳴き日」に影響する要因に迫る(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、在名古屋報道各社配付)
-
2023年9月26日報道発表山小屋カメラを高山植生モニタリングに活用
深層学習を用いた植生図の自動作成手法を開発(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2023年6月14日報道発表環境DNAによる全国湖沼の魚類モニタリング:
1Lの採水によって40種を超える魚種を検出(京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、環境記者会、環境問題研究会、筑波研究学園都市記者会) -
2023年5月16日報道発表公開シンポジウム2023
「モニタリングから読みとく環境
〜次世代につなげるために〜」
オンライン開催のお知らせ(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配付) -
2023年2月3日報道発表世界自然遺産・奄美群島の多様性は足元から!
全維管束植物のモニタリング起点データを提供(環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、北海道教育庁記者クラブ、鹿児島県政記者クラブ、鹿児島県内報道機関16社、沖縄県政記者クラブ 同時配付) -
2022年3月31日報道発表ユスリカからのメッセージ
顕微鏡下で識別する環境情報
国立環境研究所『環境儀』第84号の刊行について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2022年3月4日報道発表AIで深まる音楽体験 -既存アプリにコンテンツを追加・三つのアプリを新規公開-(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、茨城県庁記者クラブ、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配付)
-
2022年1月20日お知らせ受賞のお知らせ 〜
澤田 明JSPSフェローが日本鳥学会より日本鳥学会中村司奨励賞を受賞 - 2021年11月30日報道発表「絶滅の危機に瀕する野生生物の遺伝資源保全」および「全国の調査員を募集して行う生物季節モニタリング」に係わる寄附金募集開始のお知らせ(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、気象庁記者クラブ同時配付)
-
2021年8月27日報道発表学生モニタリング調査によるヒグマ個体群動態の解明
〜40年間の長期変動と春グマ駆除制度の影響が明らかになる〜(北海道教育庁記者クラブ,文部科学記者会,科学記者会,筑波研究学園都市記者会,環境省記者クラブ,環境記者会同時配付) -
2020年9月10日報道発表霞ヶ浦流域の大気中アンモニア濃度分布を初調査 湖面沈着量も推計
冬季に濃度高い傾向 富栄養化対策に継続的観測を
(文部科学記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、茨城県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、京都大学記者クラブ同時配布) -
2020年9月7日報道発表人が帰るのを待つカエル達?
〜音声モニタリングによる福島県避難指示区域内および周辺のカエル類出現分布データの公開〜(福島県県政記者クラブ、郡山記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布) -
2020年7月3日報道発表汲んだ水から魚を数える
-環境DNA分析による個体数の推定法を実証-(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、宮城県政記者会、島根県政記者会、京都大学記者クラブ、北海道教育庁記者クラブ、兵庫県教育委員会記者クラブ、神戸民間放送記者クラブ、大阪科学・大学記者クラブ同時配付) -
2020年4月24日報道発表鳥類の免疫遺伝子が配偶者選択に影響
〜寿命・生涯繁殖成功と遺伝子の関係を小型フクロウ個体群の長期繁殖モニタリングから調査〜
(北海道大学のサイトに掲載) -
2019年9月30日報道発表河川水中に溶けている放射性セシウムの濃度はどのようなところで高いのか
〜新しい環境モニタリングのあり方の提案に向けて〜(福島県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2017年4月14日報道発表富士山頂での自動CO2濃度観測機器による長期間観測の成功
—富士山頂で東アジア全体が把握できるCO2濃度が観測可能と判明—(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2017年1月12日報道発表「『世界の屋根』から地球温暖化を探る 〜青海・チベット草原の炭素収支〜」
国立環境研究所「環境儀」第63号の刊行について(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2016年10月6日報道発表「地球環境100年モニタリング 〜波照間と落石岬での大気質監視〜」国立環境研究所「環境儀」第62号の刊行について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2016年8月5日報道発表絶滅危惧鳥類3種(ヤンバルクイナ、タンチョウ、コウノトリ)の全ゲノムの塩基配列を解読(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
- 2016年2月26日更新情報国立環境研究所、長野県と基本協定を結び、来年度から高山帯の温暖化影響モニタリングを強化
-
2016年2月15日報道発表高山帯モニタリングに係る長野県と
国立環境研究所との基本協定締結式のお知らせ【開催終了】
(筑波研究学園都市記者会配付) - 2016年2月12日報道発表第1回NIES国際フォーラム『アジアにおける持続可能な未来:熱望を行動に換えて』 (1st NIES International Forum "Sustainable Future in Asia: Converting Aspirations to Actions") の開催報告について(お知らせ) (環境省記者クラブ、筑波研究学園都市記者会同時配付)
-
2015年11月12日報道発表福島県避難指示区域内外における飛翔性昆虫の分布調査結果について
〜益虫の減少や害虫の大発生は現時点では見られず〜
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、福島県政記者クラブ同時配付)
関連記事
- 2025年1月27日「霞ヶ浦や琵琶湖での長期モニタリングの新たな活用方法とその背景」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2024年10月31日「環境試料タイムカプセル」記事を公開しました【国環研View DEEP】
-
2022年12月28日気候変動の影響の評価と影響機構の解明特集 気候変動と生態系、モニタリング研究の今
【研究プログラムの紹介:「気候変動適応研究プログラム」から】 -
2022年3月31日ユスリカからのメッセージ
顕微鏡下で識別する環境情報環境儀 No.84 -
2022年3月11日「絶滅の危機に瀕する野生生物の遺伝資源保全」
および「全国の調査員を募集して行う生物季節モニタリング」に係わる寄附金募集を開始しました連携推進部 研究連携・支援室 - 2021年6月29日気候変動の影響の観測と検出コラム2