2025年度会務執行方針

はじめに

昨今、世界のみならず日本においても急激な技術革新が続いており、あらゆる分野でデジタル社会が出現しつつあります。司法の場においても同様であり、2026年には民事訴訟手続についてデジタル化が完了し、刑事訴訟以外の各種訴訟手続についても2027年には実現します。刑事訴訟法改正が2025年の通常国会で成立した場合には、刑事訴訟手続もデジタル化されることになります。


その結果、全ての弁護士がデジタル化された各種裁判手続について習熟することが急務となります。日本弁護士連合会(日弁連)は、デジタル技術の利用方法に関する研修を実施するのみならず、法律事務を行う上での注意点、活用事例、ノウハウ等を集積し、会員に対して情報提供していく必要があります。また、裁判手続のデジタル化については、日弁連が指摘したものの取り残されたままとなっている課題の解決を求め、また、新たに生じる問題事例を速やかに把握して、改善の申入れをしていかなければなりません。


さらには、現在、最先端のAI技術に対する莫大な投資が活発化しており、これらの技術が司法の領域にどのような影響を及ぼすかについても十分に注意していく必要があります。ただし、唯一言えることは、弁護士がAI技術を利活用したとしても、導き出された結果を法の理念や趣旨に基づいて常に検証していかなければならず、弁護士も思考することを止めてはいけないということです。日弁連はAI技術により生じる問題事例に対しても意見を述べ、改善を提言していきます。


2024年度の日弁連は、再審法改正に向けた活動を筆頭に、刑事司法分野における活動が活発化した年でもありました。これらの活動の結果、再審法改正に対する国会議員、地方議会議員、市民の理解が深まり、再審法改正が必要であるとの世論が確固たるものとなっています。問題は再審法改正の内容とその早期の実現です。日弁連が主張する4項目の早期改正を求めて、なお一層充実した活動を展開してまいります。また、取調べ手続にも様々な問題事例があり、全件・全過程における取調べの可視化の必要性を訴えています。いわゆる「参院選大規模買収事件」等を契機に、検察が、任意ではあるものの参考人に対する聴取も可視化することを表明したことは一歩前進です。日弁連は、全件・全過程における録音・録画の実現を求めて、更に活動を進めていきます。


そのほか、2024年度は選択的夫婦別姓制度の実現に向けた様々な取組を行ってまいりました。同制度の実現は社会の大きな関心を集めており、男女共同参画を推進するための象徴として、実現に向けた活動に邁進してまいります。


日弁連は、これまでも弁護士の業務基盤を確実にするための様々な施策を提言してきました。2025年度は法律サービス展開本部で行ってきた組織内弁護士に対する支援、行政との連携、国際業務支援等を行う組織を分離し、より一層活動の強化を図る予定です。また、弁護士業務改革委員会や日弁連中小企業法律支援センターで行っている、法律事務の効率化や業務拡大に資する情報を会員に広く発信していく活動も引き続き注力していく必要があります。訴訟業務を中心とする弁護士のため、民事法律扶助、国選弁護、弁護士費用保険(権利保護保険)等の報酬の適正化のための活動に担当委員会とともに取り組んでまいります。


2024年度はデジタル技術に親和性の高い若手弁護士の意見を取り入れ、若手弁護士カンファレンス等で出た意見のうち実現可能な施策の実施に向けても着手しました。この活動にも引き続き取り組んでいく予定です。


他方、弁護士広告の内容に起因する弁護士不祥事や預り金の横領事案等が報道されるに至っています。弁護士の職務の独立性を担保する弁護士自治が揺らぎかねない事態に対し、日弁連の規程や指針を見直し、また、充実した倫理研修の実施を通じて、再発防止に努めていかなければなりません。一部の弁護士の不祥事により弁護士全体に対する社会の信頼が揺らぐことのないよう、必要な施策を講じていきます。そうすることが、司法の一翼を担う弁護士の未来につながるものと考えています。


以下、個々の活動・課題ごとに、本年度の具体的な取組の方向や方針を述べます。


第1 立憲主義と恒久平和主義を守る

日弁連は、長年にわたり、立憲主義、恒久平和主義、基本的人権の尊重等、憲法が定める基本原理について、市民の理解を求める活動を進めてきました。最近の具体的な取組としては、安全保障関連法について立憲主義や恒久平和主義に反するものとして廃止を求め、敵基地攻撃能力の保有に関する閣議決定については自衛権行使の要件に反すると指摘しています。また、武器輸出三原則が蔑ろにされている現状についても警鐘を鳴らしました。


憲法改正についても、緊急事態条項等の必要性に疑義があるなど、多くの問題があると考えています。


2025年は「戦後80年」に当たります。昨年は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞し、2025年12月には被爆地の一つである長崎県で人権擁護大会が開催されます。近時の不安定な国際情勢の中で、日弁連は、憲法が定める基本原理の尊さを改めて確認するとともに、その実現に向けて積極的に活動を進めていきます。


第2 市民の人権を守る

1 多様性を認め合う社会の実現

性の平等の実現はいうまでもなく、多様な性的指向・性自認や文化、価値観の違いを認め合う社会の実現を求め、他者への気付きの機会を大切にしていかなければなりません。


2023年6月に成立し、施行されたLGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)は、差別解消に向けた理念法にとどまっており、今後も、同法の趣旨に反する事象が発生していないかを注視していかなければなりません。


同性間の婚姻が法令上認められていないことは婚姻の自由を侵害し、法の下の平等に違反しているなどとして提起された各地の裁判において、札幌高等裁判所(2024年3月14日)、東京高等裁判所(同年10月30日)、福岡高等裁判所(同年12月13日)、名古屋高等裁判所(2025年3月25日)、大阪高等裁判所(同年3月25日)の5つ高等裁判所は、現行制度が憲法14条や24条2項等に違反すると判示しました。同性間のパートナーシップ制度は異性間の婚姻との比較で人格的価値の平等を実現する観点からは不十分であり、同性間についても異性間の婚姻と同様の婚姻制度を早期に実現することが必要です。


2 選択的夫婦別姓制度の実現

選択的夫婦別姓制度は、1996年の「民法の一部を改正する法律案要綱」において導入することとされたにもかかわらず、四半世紀以上が経過しても実現には至っていません。新たに婚姻する夫婦の約95%で女性が改姓しているという現状では、改姓を希望しない者(特に女性)が婚姻を契機に「氏名の変更を強制されない自由」を奪われ、人格権を侵害されているという事態が続いています。


日弁連は、直近では2024年6月の定期総会において、同制度の早期実現に向け全力を挙げて取り組むことを決議しました。あわせて、ワーキンググループを立ち上げ、弁護士会及び弁護士会連合会と連携し、国会議員等への働きかけや地方議会への請願、各地における会長声明等の公表を行っています。


また、同年10月には、国連の女性差別撤廃委員会により、日本政府に対し条約上の義務履行を求める四度目の勧告がなされたことを受け、同年11月に会長談話を公表しました。


さらに、市民の皆様により関心を持っていただくための広報ツールとして、同制度に関するQ&Aを掲載したパンフレットを制作したほか、比較的若い世代の方や学生の方にもご覧いただけるよう特設ウェブサイトの開設にも取り組みました。2025年2月には議員会館においてシンポジウムを開催し、多数の市民・国会議員・報道関係者等に参加していただきました。


日弁連は、国会及び政府等に対して、引き続き、早期に国会審議を行うことを求める運動を力強く展開し、一日も早く同制度が実現するよう目指していきます。


3 子どもの権利

子どもに関する施策は子どもの最善の利益を図るものでなければならず、そのためには、権利主体である子どもが自由に意見を表明でき、その意見が尊重される社会でなければなりません。虐待問題やいじめ問題への対応を始め、アドボケイト(代弁者・擁護者)制度の創設やオンブズパーソン等の子どもの相談救済機関の設置・普及や、子どもの手続代理人制度の拡充が必要です。


そのほか、学校分野ではインクルーシブ教育も重要です。これは、長崎県で開催される今年度の人権擁護大会において主たるテーマとなっています。また、スクールロイヤー制度についても、事案に応じて適切な対応ができるよう、関連委員会が連携して全国各地での普及・充実に努める必要があります。


少年法の分野では、改正法施行5年後見直しを見据えながら運用状況を把握し、少年の更生に資する制度となるよう改善を求めるとともに、国選付添人制度の対象事件を身体拘束された事件全件に広げていく必要があります。


4 民事介入暴力等対策

市民や企業、行政に対する民事介入暴力(不当要求等)による被害が数多く発生しているほか、最近では、SNSや求人サイト等を利用して募集された実行犯とこれらに対する指示役らで構成される「匿名・流動型犯罪グループ」(トクリュウ)による強盗事件や詐欺事件等の凶悪犯罪による被害も増加しています。このような被害に対しては、刑事上の対応のほか、民事上の損害賠償責任の追及に関しても理論的な検討が必要です。あわせて、市民がこのような犯罪の加害者になることがないよう、啓発活動等の方策を検討することも必要です。


日弁連は、市民が安心して暮らせる社会を実現するために、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律を始めとする関係法令に基づき、関係機関と連携するなどして、このような民事介入暴力等による被害の防止と救済を図るための活動を推進します。


5 高齢者・障がい者の支援

2024年2月の法制審議会総会において、法制審議会民法(成年後見等関係)部会が設置されました。同部会には日弁連からも委員・幹事が参加しており、後見制度の利用開始の際にその利用が必要とされる課題を考慮することや、課題の解消により後見の終了を可能とすること、本人の状況に合わせた後見人等の交代を可能にすること、本人の自己決定を尊重し取消権や代理権の付与について本人の同意を要件とすることなどの仕組みを含めた後見制度全般について、積極的に議論が進められています。被後見人のニーズに応じた柔軟な成年後見制度の実現に向けた検討のため、日弁連としても会内周知・啓発を行っているところです。


一方、専門職後見人についてはその労力に見合うよう報酬を適正化することや、被後見人において負担が困難な場合にかかる報酬助成制度の拡充を求めていくことが、成年後見制度の一層の利用促進には欠かせません。


また、2021年の人権擁護大会で採択した「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」に基づき、精神保健当番弁護士制度(精神保健出張相談制度)の全弁護士会への普及に向けた活動等を続けるとともに、障がいのある人への法的援助事業について国費・公費化の実現に向けた取組も推進していきます。


6 消費者の権利の実現

超高齢化やデジタル化等の社会の変化に伴い、消費者被害の動向も変化しており、特定商取引法や消費者契約法の抜本的改正等、それらの変化に応じた被害の予防・救済の方策を実現していくことが重要です。また、機能性表示食品の問題等、国民の生命・健康に直接関わるような消費者被害も発生しています。このような被害を未然に防ぐための法制度の実現に向け、必要な取組を行っていきます。


2025年からの5年間を対象として消費者政策の大綱等を定める第5期消費者基本計画の策定に際し、日弁連は、パブリック・コメントに対して包括的な意見書を提出しました。意見書には第5期計画の対象期間中に推進すべき事項に関する提言が多数含まれており、これらの実現に向けて、消費者団体等とも連携しながら、具体的な取組を進めていきます。


7 霊感商法等悪質商法及び反社会的な宗教活動の問題への取組

近時、霊感商法等による被害の実態が改めて明らかとなりました。宗教活動の名の下でなされる高額な献金等による経済的損害、家庭崩壊、宗教等二世の問題等について、被害救済・被害者支援が喫緊の課題となっています。日弁連は、関係機関・諸団体と連携して被害者支援を継続していくとともに、国に対し、解散命令を受けた宗教法人の清算手続に関する立法措置等、被害の実効的な救済と予防に向けた体制整備の必要性を訴えていきます。


8 貧困・労働問題への取組

生活保護制度は憲法25条の生存権保障を具体化したものであるにもかかわらず、現実の運用はその趣旨に即した形で行われていません。


日弁連では、2024年10月の人権擁護大会において、社会保障制度全体を見直し、より権利性を明確にすることを柱とする「「生活保障法」の制定等により、すべての人の生存権が保障され、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議」を採択しました。


また、近年、円安等に伴い物価高が継続しており、市民生活の大きな負担となっています。2024年度の最低賃金は全国加重平均で時給1,055円となりましたが、物価の上昇が賃金上昇を上回る状況は変わらず、最低賃金を更に引き上げていく必要があります。同時に、日本の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑な企業運営を行えるよう、中小企業に対する十分な支援策を講じることも必要です。さらに、今日では、労働者の最低生計費に地域間格差はほとんど存在しないと言われているものの、全国の労働者が自らの賃金で安心して生活できるよう、全国一律最低賃金制度を実現すべきです。


9 外国人の権利

日本では外国人の人権保障が極めて不十分であり、特に在留資格のない外国人は一層厳しい立場に立たされています。2023年6月に入管法(出入国管理及び難民認定法)が改正され、3回以上の難民申請者は原則として送還停止効の対象から除外され、罰則付きの退去命令制度も創設されました。監理措置など改正法には多くの課題が残されたままであることから、これらを検証し、是正していかなければなりません。また、法改正の大前提である難民認定制度の適正化について、国際水準に沿った運用がなされているか、なども注視する必要があります。身体拘束を伴う収容については、司法審査や収容期間上限の設定が必須であり、収容施設における人権侵害等の実態や処遇等を改善することが不可欠です。


人種差別行為としてのヘイトスピーチも許されるものではありません。2016年にヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行された後も公然とヘイトスピーチが行われている実態があり、更に踏み込んだ差別的言動を禁止する法律の制定が必要です。市民に対し、ヘイトスピーチが許されないこと、憲法が保障する「表現の自由」の限度を逸脱する言動は規制の対象となり得ることを強く訴えていく必要があります。


10 犯罪被害者への支援

2024年4月に総合法律支援法が改正され、犯罪被害者等支援弁護士制度が創設されることになりました。これまでの日弁連の取組が結実し、犯罪被害者法律援助の一部について国費化が実現することになります。早期の段階から切れ目なく継続的・包括的に支援が行われるよう関係機関との協議を進めるとともに、全国各地で同制度が実効化し得るよう契約弁護士の数や質について各地での体制強化に努める必要があります。


また、犯罪被害者支援条例についても、引き続き、全国の自治体において制定されるよう働きかけを強めなければなりません。


犯罪を契機として被害者が受けるダメージは多岐にわたり、経済的損害も顕著です。犯罪被害者等給付金の給付額の大幅な引上げのみならず、加害者に対する債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度や、債務名義を取得できない場合の補償制度を設ける必要があります。


11 災害対策・復興支援

災害が発生した際には、被災地の市民に寄り添う支援が必要です。災害ケースマネジメントを広め、弁護士の役割を深化させていかなければなりません。


また、全国の自治体と弁護士会が発災時に連携するための災害復興支援協定を締結すること、及び、過去の災害を教訓として未来の災害に備えるため様々な知見を蓄積するシステムを構築することも必要です。


令和6年能登半島地震については、日弁連において災害対策本部を設置し、被災地弁護士会への財政的支援を行ったほか、弁護士会や弁護士会連合会による法律相談等の協力体制を構築しました。また、2024年9月の能登半島豪雨による複合災害につき、法務大臣に対して総合法律支援法等の適用に関する申入書を提出し、能登半島の3市3町において日本司法支援センター(法テラス)の資力を問わない被災者法律相談が利用可能となる政令指定につなげました。もっとも、被災者法律相談援助に関する根本的な問題は、総合法律支援法が援助期間を発災後1年に限定していることであり、被災者の生活再建にとって極めて不十分ですので、2年以上の被災者法律相談援助を可能とすべく、引き続き同法の改正に向けて活動する必要があります。


現在、被災地では徐々に復旧が進みつつあるものの、アクセスの困難さや自治体・事業者の人材不足等により復興の遅れが見られます。日弁連は、被災地弁護士会を中心とした災害ケースマネジメント等を全面的にバックアップしていきます。


12 公害対策・環境保全

気候危機により人々の生存基盤が脅かされ、生命や健康、居住、社会経済生活を営む権利等への脅威が現実化しています。このような重大な人権問題である気候危機を回避して持続可能な社会を実現するためには、自然破壊を招く乱開発を抑制しつつ、再生可能エネルギーへの転換を始めとする様々な環境対策や、意識変革による脱炭素社会の実現が必要です。日弁連は2024年の人権擁護大会において、脱炭素社会や再生可能エネルギーへの転換について検討するシンポジウムを開催するとともに、「人権保護として再生可能エネルギーを選択し、地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指す決議」を採択しました。


これに加えて、放射性廃棄物の処理問題、プラスチックごみ問題等、地球環境及び生物多様性の保全に関する課題、さらには、公害・環境汚染に起因する被害者救済の課題もあります。


これらの課題について、日弁連は提言を続けていきます。


13 情報問題

2020年には個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)が個人の権利・利益をより保護する方向で改正されましたが、EUの一般データ保護規則(GDPR)と比べると日本の個人情報保護・プライバシー保護は不十分であると言わざるを得ません。デジタル化やAIの利用が急速に進行する今日、集積された個人情報の不正利用や漏洩のリスクは増々高まっており、個人情報保護法の改正や個人情報保護委員会の運用改善を含め、このようなリスクを回避するための施策を講じるよう求めていく必要があります。


2024年12月から健康保険証がマイナンバーカードと一体化される仕組みに移行し、従前の健康保険証は新規発行されなくなりました。しかし、マイナンバーを利用しない自由を保障するとともに、マイナ保険証の取得を希望する者についてもプライバシーを最大限保護し、地方自治体等の現場に過度の負担をかけないようにするべきです。


秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)については、国民の知る権利やプライバシー権が侵害されないための制度的保障がなされていないことから廃止又は抜本的な見直しを求め、また、能動的サイバー防御に関する法律案については、国民のプライバシー等が侵害されないための制度的保障がなされることも強く求めていきます。


14 SNSを始めとするインターネット上の誹謗中傷への対策

今日では、SNSを始めとするインターネット上の誹謗中傷は即時に全世界に拡散され、その対象者やその家族に回復し難い被害を与えます。被害者の救済のためには、特定電気通信役務提供者に対する削除請求や発信者に対する損害賠償請求を行う必要があり、発信者情報開示を更に容易なものとなるよう法律の改正を求めていく必要があります。


また、昨今、選挙運動に関連してSNSが活用されるようになり、特定の者に対する誹謗中傷に発展した事案も見られました。今後、SNS規制の在り方についても議論を重ねていく必要があります。


15 犯罪加害者家族支援

近時、ある者が罪を犯したことに起因して、その家族が社会的・経済的・精神的に深刻なダメージを受けることが知られるようになってきていますが、そのような犯罪加害者家族に対する支援のための制度は未整備のままです。日弁連は、先行してこの問題に取り組む関係諸団体の知見等も踏まえつつ、関連委員会等の意見を集約し、犯罪加害者家族への法的支援制度等の構築に向けた検討を進めていきます。


16 ビジネスと人権

今日、労働問題、公益通報に関する問題等、日本国内にとどまらず国境を越える経済活動・企業活動によって労働者、地域住民、消費者等に様々な人権侵害が生じており、ビジネスと人権に関連する国際的な取組が求められています。国連人権理事会が全会一致で支持した「ビジネスと人権に関する指導原則」を受けて、日本では2020年に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)が策定され、2022年には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が発表されています。日弁連では2025年に予定されているNAPの改定に向けた意見書を取りまとめたほか、今後もビジネスと人権に関する取組を強化してまいります。


17 個人通報制度の導入と政府から独立した人権機関の設置

日本には、国際人権条約で保障される権利を侵害された者が、国内で裁判等の救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、人権条約機関に直接救済の申立てができる個人通報制度がありません。また、人権の促進及び擁護のための「国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)」に則った国内人権機関は、日本ではいまだに設置されていません。


個人通報制度の導入及び政府から独立した人権機関の設置について、日本政府は、これまでも複数回にわたり、国連から勧告を受けているところ、直近では2024年10月の国連女性差別撤廃委員会による勧告で指摘されています。日弁連では、2024年6月にシンポジウム「なぜ、国際人権保障が重要か〜国際人権の誕生から個人通報制度まで〜」を開催し、市民に向けてその重要性を訴えました。また、2025年2月には、「ビジネスと人権の観点から「政府から独立した人権機関」の意義を考える〜ステークホルダー勉強会〜」と題した院内勉強会を開催し、多くの国会議員、会員の参加を得て、知見を深める有意義な機会となりました。日弁連は引き続き、個人通報制度の導入及びパリ原則に基づく政府から独立した人権機関(国内人権機関)の設置を強く求めていきます。


第3 法の支配を社会のすみずみに

1 法律扶助制度の改革及び法テラス手続のデジタル化

日弁連は、法律扶助制度に関し、2023年3月の臨時総会において、立替・償還制から原則給付制にすること、法律援助事業を国費・公費化するなど民事法律扶助の範囲を拡大すること、弁護士報酬の適正化を図ることを改めて決議しました。ここ20年の間に事件の内容が複雑化し、弁護士の業務量は多くなっているにもかかわらず、弁護士報酬はほとんど増額されていません。昨今の物価高や人件費の高騰も加わり、現行の制度は民事法律扶助制度の担い手となる弁護士に大きな経済的負担を強いており、担い手確保に困難を来している状況にあります。特に離婚関連事件の件数増加が見込まれることもあり、本制度が持続可能な制度となるよう、報酬を適正化することは急務です。


また、法テラスでは2028年度にシステム更改が予定されており、各種手続の原則オンライン化のための準備が進められています。民事法律扶助だけでなく法律援助(委託援助)等の法テラスの各事業のオンライン化により弁護士の利便性が高まるように、法テラスと協議を進めていく必要があります。


2 弁護士費用保険(権利擁護保険)制度

市民の中には、弁護士費用の負担が理由で弁護士への依頼を躊躇する方々もいます。そのような方々の事案に対処すべく、日弁連は、市民の裁判を受ける権利を実質的に保障する目的から、保険会社と協力し、法律相談費用や弁護士費用等が保険金として支払われる弁護士費用保険制度を2000年に発足させ、以後、同制度を適切に運用してきました。同制度に基づく取扱件数は年間4万件程度で推移しており、2025年2月時点での協定保険会社等は22社となっています。さらに、交通事故以外の新たな分野における同様の保険商品の開発も進んでいます。日弁連は、これからも市民の弁護士に対するアクセス障害を軽減させるべく、弁護士費用保険制度の推進及び信頼向上とともに、適正な報酬の確保等に向けた取組を続けます。


3 司法過疎・弁護士偏在問題

日弁連公設事務所・法律相談センターは、三次にわたる行動計画を策定して司法過疎・弁護士偏在問題に取り組んできました。その結果、2025年3月1日現在、弁護士ワン支部は2か所にまで減少しています。


しかし、他方ではひまわり基金法律事務所(公設事務所)の所長の就任希望者が減少しているという問題も生じています。そこで、日弁連では、公設事務所を適切に配置して所長就任希望者を確保すべく、設置基準や赴任弁護士の養成制度に関する改革に着手しています。


また、女性弁護士ゼロ支部がいまだに全国で約60か所もあります。日弁連では女性弁護士過疎偏在支援策を設けたものの、現在までの活用例は2件にとどまっており、広報等、更なる対応が必要です。同時に、この支援策が女性弁護士に過大な負担を強いることのないように留意することも必要です。


さらに、ひまわり基金の適切かつ効果的な活用という観点から、法律相談センター援助制度における援助基準を見直すことについても検討を始めています。あわせて、公設事務所に対する行政によるサポートを得るべく、行政に対して弁護士がその地域に存在することの意義を伝え、浸透させていきます。


4 法曹養成

日弁連は、社会の様々な要請に応えることができる質の高い法曹を輩出するべく、法曹養成制度の改革に主体的に取り組んでいます。


法科大学院制度が改革され、法科大学院への志願者数は減少傾向から脱し、回復傾向にあります。また、大学での3年間(法曹コースによる早期卒業制度)+法科大学院での2年間(既修者コース)という新たな法曹養成ルートに加えて、法科大学院在学中に受験資格を取得した学生が司法試験を受験できるという、いわゆる在学中受験制度が2023年に開始し、2024年はその2年目でした(2024年度の司法試験受験者数は3,779人、合格者は1,592人)。


基本的人権の尊重や法の支配の理念を深く理解している法曹人材が市民の期待に応えて社会のあらゆる分野で活躍するためには、法曹制度の維持・発展に向けた法曹志望者増加のための取組が必要です。


そこで、日弁連は、法曹志望者増加のため、法曹の魅力発信等の様々な取組を継続して行っています。有為で多様な人材を確保するため、社会人経験者や女性の法曹志望者の増加に向けた積極的な取組を行うほか、各地の弁護士会が行う中学生、高校生、大学生らを対象とする出前授業・講義やイベントの実施等への支援、関係諸機関との連携やマスコミへの働きかけなどについて、一層の取組を強化します。


さらに、近年は、弁護士の新規登録が大都市の弁護士会に集中する一方、新規登録が0ないし1人という弁護士会が増えているという問題が発生しています。地方の司法の担い手となる弁護士の確保のためにも、日弁連は地方における弁護士業務や弁護士会の活動の魅力の発信にも取り組みます。


5 若手支援

司法の未来を担う若手弁護士は、拡大しつつある活動領域の中においても確実な業務基盤を求めています。


若手弁護士が新たな時代に即応できるように、若手弁護士カンファレンス等を通じて若手弁護士の声に耳を傾け、業務の利便性向上や業務の拡大に資するアイデアを集約し、日弁連としてその実現を目指す必要があります。そこで、日弁連は、若手弁護士カンファレンスを始めとした「若手弁護士と執行部を繋ぐ場」を充実させ、若手の声を具体的な施策に結び付ける活動を2024年度から更に強化し、登録換えのための情報提供等の具体的な施策を実施しています。


また、若手チャレンジ基金など日弁連が用意している様々な若手支援策についても、これまで以上に充実させ、あわせて広報・周知を進めていく必要があります。


谷間世代(司法修習65期から70期)の救済に関しては、いわゆる骨太方針2024に「法曹人材の確保及び法教育の推進等の人的・物的基盤の整備を進める」などと明記されました。日弁連は、谷間世代を中心とする若手弁護士の公益的活動、スタートアップ・事業承継・国際業務等の中小企業支援等の業務や研修学習を支援するために、国から交付金を得て基金を作り支援金を支給する制度を検討しています。法曹人材を確保し、谷間世代が受けた経済的負担や不公平感を軽減するために、谷間世代を中心とした若手法曹が社会を支える法曹人材として活躍できる制度の実現を目指します。


6 活動領域の拡充の更なる推進

近時、弁護士の活動領域は、国際業務、中小企業支援、行政連携、組織内弁護士等、質・量ともに拡大を続けています。


既に拡大した分野を弁護士の活動領域として確実に定着させ、更なる拡大を推し進めていくためにも、個々の課題に応じた対策を講じる必要があります。


(1)中小企業支援

日弁連中小企業法律支援センターは、ひまわりほっとダイヤル(中小企業向けの全国共通電話番号による弁護士紹介制度)、事業承継・引継ぎ支援センターとの連携(意見交換会・勉強会の実施)、パイロット事業(中小企業の事業承継に精通した担当弁護士が若手弁護士を共同関与させる制度)等を進めてきました。


創業、事業承継、事業再生、再チャレンジ、海外展開等の各局面における弁護士の活用が徐々に浸透していますが、コロナ禍や経営者の高齢化等、社会環境の変化に応じて、弁護士が質的により踏み込んで中小企業を支援していくことが求められています。そこで、弁護士が企業戦略にコミットし、経営者や社員に伴走する形での支援を進めるべく、同センターと他の委員会との連携を深めつつ、中小企業関連団体や金融機関、士業団体等との情報・意見交換の場を設けたり、外部有識者や各分野に精通した弁護士を派遣して実践的な研修を開催するなどの活動を展開していきます。


(2)組織内弁護士

任期付公務員や企業内弁護士を含む組織内弁護士に対する需要は年々高まっており、2024年6月現在、組織内弁護士は全国で合計3,500人を超える状況になっています。日弁連は、組織内弁護士が積極的に会務に参加できる環境を検討するとともに、意見交換会など組織内弁護士同士の交流を深める機会を設けたり、組織内で働くために必要なスキルを学ぶセミナーを実施したりしています。今後も、組織内弁護士の求めるニーズに応え、日弁連と組織内弁護士の相互の連携を深めていく必要があります。


(3)自治体連携

社会経済情勢の変化や住民福祉のニーズの多様化により、社会正義や人権尊重の感覚に優れた弁護士が自治体と連携することが求められており、日弁連はこの連携作りを積極的に後押ししていく必要があります。具体的には、各地の弁護士会が包括外部監査人の推薦、自治体内職員の募集等の情報提供、行政連携の「お品書き」の作成等に取り組んでいるところですが、日弁連は、自治体等向けの窓口を設置するとともに、各地の弁護士会が窓口を設置することを支援していきます。


(4)国際業務

全国の中小企業において、国際事業活動のニーズが高まっています。弁護士は国際業務の面においても中小企業への法的支援を拡充すべきであり、日弁連としては、実践的な研修等を実施し、弁護士による中小企業の国際業務への支援の取組を容易にしていく必要があります。既にJETRO等の中小企業支援機関と連携した「中小企業国際業務支援弁護士紹介制度」があり、現在、16の弁護士会で実施されています。日弁連としては、中小企業の国際業務の法的支援に関するワーキンググループだけでなく、国際業務推進センターや日弁連中小企業法律支援センター等が協働して、国際展開を希望する中小企業経営者に弁護士を活用することのメリットを伝えていくことが重要だと考えています。また、このような国際業務の拡大を全国の若手弁護士の活躍の場として広げていくことも重要だと考えます。


7 国際活動

日弁連は、国際交流活動(友好協定締結等の交流事業、表敬訪問対応、国際会議への出席)、人材育成・会員向け支援制度(日弁連海外ロースクール推薦留学制度、国際会議若手会員参加補助制度)の実施、情報収集・発信(JFBA国際メールマガジン、マンスリーレポート)、諸外国に対する法整備支援活動、国際人権活動、国際仲裁・調停の普及等、様々な国際活動を行っています。


特に2024年度は、コロナ禍が収束したことを受け、国際交流が活発になった年でした。2025年度も引き続き、多くの国際会議への参加や様々な国の弁護士会等からの表敬訪問の受入れが予定されており、日弁連はこれらの活動を積極的に進めていきます。


第4 司法の未来―裁判手続を中心に

1 民事訴訟手続等の未来

(1)裁判手続等のデジタル化

民事訴訟手続については、2026年5月までにフェーズ3が全面施行され、訴訟代理人は訴状提出等のオンライン申立てや電子送達等が義務化されます。2025年1月には裁判所内の事件管理システムであるRoootSの全庁における導入が完了しました。また、RoootSの導入によりシステム入力の可能な文字が制限されることを契機として、民事・家事分野の裁判手続における文字は字体を区別しないという取扱いになりました。


このように、裁判所におけるデジタル化の準備は着実に進んでいるものの、オンライン申立てなどの新システムであるTreeeSが未完成であることから、最高裁判所は、システムの習熟期間を確保するため、書類提出システムであるmintsを改修してオンライン申立てや電子送達等に対応することを決定しました。日弁連は、弁護士が改修後のmintsを使いこなせることはもちろん、いずれTreeeSに移行した際にもスムーズに対応できるよう、タイムリーな情報提供と十分な研修を行います。


民事訴訟手続のみならず、家事手続、倒産手続、強制執行手続等の改正も行われ、デジタル化による裁判事務の効率化が図られます。市民に寄り添うべき弁護士が急激なデジタル化等の技術革新に取り残されることのないよう、日弁連は、全面施行に向けて会員への情報提供や研修を実施します。


同時に、IT技術に必ずしも慣れていない市民のために、弁護士が一定の役割を担うことが期待されています。本人サポートをしようとする弁護士が利用者のために適切な対応ができるように、日弁連が支援することも検討しています。


また、デジタル化に伴い事務効率化が図られる裁判実務において、高額な提訴手数料は、市民の裁判を受ける権利の保障の観点から見直されるべき段階に来ています。市民にとって利用しやすい司法制度のためにも、提訴手数料の見直しを求めていきます。


(2)情報・証拠収集制度の拡充

民事訴訟手続を真に実効あるものにするためには、訴訟に必要な証拠や情報の開示を更に促進させるための新しい制度の導入、及び現行法における情報・証拠収集制度の拡充が必要です。


日弁連は当事者照会制度の実効化、文書提出命令制度の拡充、情報・証拠の早期開示命令制度の新設、秘密保持命令制度の拡充、依頼者・弁護士間の通信秘密保護制度等の具体的制度設計の検討を求めてきたところであり、今後も更にその動きを進めていきます。


(3)慰謝料額算定の適正化や違法収益移転制度の創設

諸外国と比較すると、日本における損害賠償額、特に慰謝料額等は極めて低廉な金額で認定されていると言えます。


十全な被害者救済を図り、違法行為を効果的に抑止するためには、慰謝料額の算定を適正なものとする規定を創設・実現することが必要です。また、違法収益移転制度の創設についても、日弁連内での議論を深めながら進めていきます。


2 刑事訴訟手続の未来

(1)刑事手続のIT化

2024年2月、法制審議会総会は、2023年12月の法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会の取りまとめに基づき、要綱(骨子)を採択しました。そして、この要綱を基に刑事訴訟法等改正案(刑事デジタル法案)が2025年通常国会に提出され、同年3月に審議入りしました。


この刑事デジタル法案では、訴訟に関する書類を電子化し、令状手続や証拠開示のほか、弁解録取手続や勾留質問をオンラインで実施する規定を新設する一方で、全国の弁護士会から強い要望のあるオンライン接見については触れていないなど、不十分な内容となっています。そのため、次の問題点を指摘してよりよい改正が実現するよう働きかけます。


罰則を伴う電磁的記録提供命令は、刑事罰で威圧して電磁的記録の提供を強制するものであり、自己負罪拒否特権との関係で問題を内包しています。スマートフォンやクラウド全盛の今の時代に、捜査機関による膨大な電磁的記録の収集・蓄積を可能にすることは、被疑者及び被疑者以外の家族・友人・知人・所属組織等の情報が犯罪に無関係なものも含めて捜査機関に取得される事態を引き起こしかねず、プライバシー権を始めとする憲法上の権利を著しく侵害する危険を伴います。


証拠開示が電子化されるのであれば、当事者である被告人が、身体拘束下であっても電子化された証拠を受領し、検討することができなければなりません。また、弁護人とのオンライン接見を可能とし、弁護人の援助を受ける権利の内容をIT技術の発展に合わせて実質化していく必要があります。仮に財政的な理由でオンライン接見を直ちに全面的に実現することが困難だとしても、権利化の実現に向けて、一部で試行されている非対面外部交通を拡大するための取組を着実に推進していく必要があります。


(2)改正刑訴法施行3年後見直し

2016年に刑訴法が改正され、取調べの録音・録画制度や法定の証拠開示制度が一部の事件で導入されました。改正刑訴法の全面施行から3年が経過した2022年7月からは、いわゆる3年後見直しに向けて「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」が始まりましたが、意見の対立が顕著で、約3年が経過した現在も議論が続いています。


日弁連は、改正刑訴法の施行状況に関する情報を収集してきましたが、一部可視化が実現した今もなお不適正な取調べが行われ、取調べの方法や供述証拠への過度な依存は改められていません。また、無実を主張し、あるいは黙秘権を行使している被疑者・被告人を殊更に長期間身体拘束するいわゆる「人質司法」の運用は、国際的にも批判を受けています。大川原化工機事件やプレサンス事件、参院選大規模買収事件といった事件では警察・検察の不適正な取調べや捜査手法が改めて明らかとなり、この問題に対する社会の関心も高まりつつあります。捜査や取調べの適正化のために、在宅被疑者・参考人の取調べを含む全ての取調べについて全過程の録音・録画をすることの義務付け、取調べに弁護人を立ち会わせる権利の確立、保釈の運用の適正化等による「人質司法」の解消、証拠開示制度の改善等の実現を目指し、今後も世論喚起を含めた運動を続けていきます。


(3)国選弁護制度

日弁連は、従前から逮捕段階の国選弁護制度の創設を求めており、その実現のため、各地における対応態勢の確立に万全を期すとともに、実務上の具体的な論点について国と協議を行っていく必要があります。また、国選弁護報酬については、弁護人の労力に見合った適正な報酬が支払われることが必要であり、現行の不合理な報酬基準の見直しのほか、報酬基準全体の引上げに向けた取組を引き続き行うとともに、弁護人の活動について更なる質の向上を図ります。


(4)死刑制度の廃止等

死刑判決が確定していた袴田巖氏に対して再審無罪判決が出され、2024年10月に確定しました。しかし、仮に誤った判決に基づいて死刑が執行されていたとすれば、取り返しのつかない、決して許されることのない結果となっていました。そもそも、世界の7割を超える国々が法律上又は事実上死刑を廃止しており、死刑制度の廃止は国際的な潮流です。日弁連は死刑廃止の基本方針を掲げ、これまでも全国の弁護士会と連携して、市民とともに死刑廃止について考えるシンポジウムや勉強会を多数開催してきました。


また、2024年2月に設立され、日弁連がその事務局を担った「日本の死刑制度について考える懇話会」において、各界・各分野から参加した委員により充実した議論がなされ、その結果を踏まえて同年11月には同懇話会が報告書を公表しました。同報告書では、「現行の日本の死刑制度とその現在の運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のままに存続させてはならない」などの基本的な認識を示すとともに、早急に国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置することを提言しています。


日弁連としても、このような提言を実現するとともに、関係諸団体と連携し、更なる国民の理解を求めながら、死刑廃止の実現に向けてなお一層の取組を行います。


(5)罪に問われた障がい者等に対する更生支援・再犯防止の取組

2023年3月の臨時総会において、罪に問われた障がい者等に対する福祉的支援活動に伴う費用について、少年・刑事財政基金による援助制度が創設されました。今後は、公費化に向けて全国で着実に実績を積み重ね、立法化につなげていく必要があります。


2025年6月1日からは、懲役刑と禁錮刑を統合した拘禁刑の導入が始まり、受刑者の特性に基づいた柔軟な処遇が行われます。日弁連は、拘禁刑の導入により、受刑者の真の改善更生と円滑な社会復帰が促進されるよう、刑事手続段階(入口支援)と刑事施設収容中及び出所後(出口支援)における切れ目のない支援のために、法務省や地域生活定着支援センターを管轄する厚生労働省との連携を図っていきます。


(6)再審法改正

日弁連は、2022年6月に再審法改正実現本部を設置して以降、再審法改正への取組を強化し、積極的な活動を展開しています。


2024年までに、52弁護士会と8弁護士会連合会の全てで再審法改正を求める総会決議・大会決議等が採択されました。また、日弁連の粘り強い働きかけにより、同年3月には超党派の国会議員による「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(議連)が設立されました。


さらに、同年10月の袴田巖氏に対する再審無罪判決確定により、再審法改正への社会的な機運は更なる高まりを見せています。日弁連でも、各理事による議員要請や、各地の首長や地方議会への働きかけによる賛同決議の採択等、再審法改正に向けて注力して取り組みました。


議連の入会議員数は2025年3月12日時点で379名を数え、全議員の過半数に達しています。再審制度に関する論点は多数に上りますが、緊急に改正を要する論点は、1再審請求審における証拠の開示命令、2再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、3再審請求審等における裁判官の除斥及び忌避、4再審請求審における手続規定の整備の4点に絞られており、日弁連としては、少なくともこれらの点については迅速な法改正が実現するよう、全力を尽くしていきます。


3 家事事件の未来

(1)家庭裁判所の充実など民法等改正法への対応

価値観の多様化、家族の在り方の変化、少子化等によって、面会交流など子どもをめぐる紛争が深刻化しています。また、高齢化社会の到来により、成年後見事件や高齢者の保有していた財産をめぐる相続事件も増えてきています。


さらに、離婚後の共同親権の規律を含む民法等改正法が2026年5月までに施行されます。この改正法は、共同親権、単独親権のどちらも原則とせず、親権者は子どもの利益の観点から総合的に判断するとした上で、DV・虐待事案については単独親権としなければならないとするなど、家庭裁判所の役割が非常に重要となる改正であり、家事事件の増加に拍車がかかることが予想されます。


しかしながら、各地の家庭裁判所は、裁判官や家庭裁判所調査官等の配置が万全とは言えず、事件数に見合った調停室の確保もできていないなど、人的・物的基盤が十分ではありません。家事事件の増加が見込まれる中、日弁連は、家庭裁判所における司法手続が実質的に保障されるよう、引き続き求めていきます。


同時に、否応なく紛争に巻き込まれてしまう子どもの意思を適切に尊重するため、子どもの手続代理人制度の積極的な活用を可能とする施策も必要です。また、既存の税制・社会保障制度におけるひとり親支援については、離婚後の共同親権の導入により改悪され、結果的に子どもに不利益が生じることがあってはなりません。日弁連は、子どもの最善の利益を図るための施策や立法手当を引き続き提言していきます。


(2)家事手続のデジタル化

2024年1月からは家庭裁判所調査官の調査についてウェブ会議の利用が検討されており、2025年3月からは、人事訴訟においてウェブ会議による口頭弁論が可能となったほか、家庭裁判所における離婚・離縁の和解・調停をウェブ会議により成立させることが可能となりました。


もっとも、家事事件のデジタル化において先行して施行されたオンライン方式による調停は、例えば相手方がDV加害者である事案等では有用な場合もありますが、オンライン方式では十分な協議ができないなど支障が生じる事案もあることから、当事者の権利保護が十分に果たされるように運用面における配慮を不断に続けていくことが不可欠です。


日弁連としては、事例を収集・分析して提言をするなどの対応を進めていきます。


(3)家事ADRの検討

今後増加していく家事事件に対して家庭裁判所が対応困難となることも懸念されることから、家事事件を適切に解決する手段の選択肢を増やすことも必要になってきます。


日弁連は、弁護士会が家事事件に関する裁判外紛争解決手続(家事ADR)を適切に実施できるような枠組みや日弁連による経済的支援、市民に対する広報等について積極的に検討・提案していきます。


4 裁判外紛争解決手続(ADR)の未来

裁判外紛争解決手続(ADR)については、簡易・迅速かつ比較的低廉な費用で実施でき、また機密性等の保持の点でも裁判手続に比して当事者に有利な手続であることを広くアピールして、利用の活性化を図ります。


現在、全国で36の弁護士会・39のセンターがADRを実施しています。現時点では医療、金融、国際家事、災害等の専門分野のADRが設けられていますが、他分野にも拡大していく可能性があり、新たなADRの創設を検討する必要があります。特に家事分野において、離婚後の共同親権の規律を含む民法等改正法の下で適切な紛争解決手段としてADRを実施できるよう、全国の弁護士会がこれに対応できるようにすることが必要です。


日弁連は、デジタル技術を活用して調停等の紛争解決手続をオンライン上で実施するODR(Online Dispute Resolution)について、法務省が取りまとめた「ODRの推進に関する基本方針〜ODRを国民に身近なものとするためのアクション・プラン〜」に対する意見書を公表しています。ODRはADRの技術革新の延長線上にあり、その有用性が認められる一方、安易な運用がされないように紛争解決基準の適正さ、公正さが担保されることが求められます。日弁連は、ODRの将来像について、弁護士が手続に関与することを含め、積極的な提言や問題提起を行っていきます。


5 国際仲裁・調停の振興

国際仲裁・調停は、国際紛争の解決のための公平・公正なフォーラムを提供するもので、一国の裁判制度に縛られない紛争解決手段であること、世界各地における日本企業や日本における外国企業の経済活動を支えるものであることなどの特徴があり、その振興を図ることは、国際関係における「法の支配」の実現に寄与するという公益的側面からも強く求められます。


日弁連は、国際仲裁・調停の公的事業としての意義を確認した上で、国際仲裁・調停の更なる振興を図るために、政府及び仲裁・調停関係諸団体を含む関係各方面に向けて、諸課題の実現及び相互の協力・連携を強く求めるとともに、日弁連自身もこれらの実現に向けて引き続き尽力していきます。


6 新技術(生成AI)に対する司法の未来

生成AIを活用した新技術が急激な発展を遂げている一方で、プライバシー等の人権侵害や個人情報の取扱いに関する問題、著作権等の知的財産権の侵害等の危険性が指摘されています。


日弁連は、2023年6月にAI戦略ワーキンググループを設置し、関連情報の収集のほか、弁護士業務への影響、弁護士法72条との関係、司法への影響、基本的人権を始めとする諸権利へ及ぼす影響等、多岐にわたる問題への対応及び採るべき方針を検討し、AIに関する論点整理を行うなどしています。また、生成AIの利活用等に関する弁護士向けガイドラインの作成も検討しています。


一方、政府のAI戦略会議・AI制度研究会が2025年2月に公表した中間取りまとめによれば、政府のAI戦略に関する司令塔機能を強化し、AIの利活用における安全性の向上等のために法整備が必要とされています。2025年の通常国会においてその観点を踏まえたAIに関する法案が審議される見込みであることから、日弁連としても引き続き注視していきます。


第5 弁護士自治を守り、新たな弁護士会の未来を築く

1 弁護士自治を守る

弁護士は、他の権力から独立した存在でなければならず、綱紀・懲戒制度を適切に運用することは弁護士自治の根幹です。


弁護士倫理研修を一層充実させることはもとより、弁護士による不祥事が起きたときには、迅速かつ厳正に弁護士会の綱紀・懲戒手続によって対処する必要があります。また、いわゆる国際ロマンス詐欺や投資詐欺事案等に関するインターネット等を利用した業務広告に関連して、弁護士が依頼者に対して二次被害を与える類型の不祥事が見られます。弁護士の業務広告を適正なものにし、違反広告に対しては弁護士会が適切に対処できるよう、2024年2月の業務広告に関する指針の改正に続き、関連規定を早急に整備する必要があります。さらに、預り金の流用事案に関しても、預り金の適正管理や弁護士会が適切に対処できるように関連規定を整備する必要があります。


加えて、弁護士がマネー・ローンダリングに巻き込まれることを防ぐため、日弁連及び各弁護士会において引き続き取組を進めるとともに、FATF(金融活動作業部会)対応において弁護士の独立性が害されることのないよう十分に注意していかなければなりません。


2 多様性・公正性を尊重する日弁連・弁護士会を

男女共同参画を含むダイバーシティ&インクルージョンは、国の未来につながる施策として一層推し進めていく必要があります。あわせて、ダイバーシティ(多様性)を真に活かすためにはエクイティ(公正性)の観点も不可欠です。社会やコミュニティ、それぞれの組織の内外において、様々な属性を持ち、多様な環境にある人々がありのままで受容され、その個性を活かして能力を発揮し、互いに理解し共存しつつ、公正で公平な社会を発展させていかなければなりません。


中でも日弁連・弁護士会における男女共同参画の更なる推進は、喫緊の課題です。弁護士の女性比率はようやく20%を超えたものの、いまだに少数者としての位置付けであり、30%以上を目指していかなければなりません。また、女性の収入・所得の平均値は男性の約3分の2という状況であり、弁護士の女性比率の向上及び収入・所得の格差解消に向けた取組が不可欠です。日弁連では、副会長・理事のクオータ制により、会務への男女共同参画が進みつつありますが、女性が責任のある立場から多様な意見を述べ、それを具体的な施策に反映させることは極めて重要です。各業界・有識者の取組や知見等も参考にしつつ、女性会員の負担軽減を視野に入れながら、関連する委員会等の諸活動とも連携して、多様な意見を会務に反映させる取組を広げていきます。


3 業際・非弁・非弁提携問題

隣接する士業は権限拡大の法律改正に取り組んでいるところですが、市民の利益を守るためには、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士こそが法律事務を担わなければなりません。安易な法律改正には厳しい姿勢で臨む必要があり、また、既に行われている権限逸脱行為に対しては毅然とした姿勢で対応していくことが重要です。


非弁行為及び非弁提携の取締りは全国の弁護士会が連携して取り組むことが不可欠であり、日弁連はこれをサポートしていかなければなりません。弁護士会のみならず、取締りを行う関係機関との情報共有・意見交換の場を設けることも役割の一つと考えています。2025年2月には、業際・非弁・非弁提携問題等対策本部内に、違反広告に関する案件について弁護士会からの相談を受ける窓口を設けることとし、全国から情報を収集し、有用な対応策を提供する体制としたのもその一環です。


4 弁護士業務妨害対策

弁護士への業務妨害の類型として、離婚事件(面会交流を含む)、成年後見等事件や、国選事件を含む刑事事件に関連するものが増加しているのが最近の傾向です。弁護士名を騙る詐欺等による被害者から無関係の弁護士に対する問合せやクレームがなされ、同弁護士の業務に支障が生じたという報告もなされています。また、妨害の手段としても、SNSを利用した誹謗中傷等、影響が広範囲に及び、かつ被害回復が困難な事案が増えており、その被害は深刻です。特に、離婚・男女問題に関する事件では女性弁護士の被害が一層深刻です。


このような業務妨害は、弁護士のみならず、背後にいる依頼者である市民への攻撃でもあり、到底許すことはできません。日弁連は、2024年12月に「弁護士に対する業務妨害、特に離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害に関する会長声明」を公表し、このような業務妨害に対して今後も毅然として対応することを明らかにしています。


5 広報の充実

2024年度、日弁連で初の女性会長が誕生しました。同時期にNHKの連続テレビ小説「虎に翼」で日本初の女性弁護士が取り上げられたことから、これら2つのトピックが相まって弁護士や弁護士会の役割がメディアに取り上げられる機会が増え、人権擁護活動を始めとする日弁連の活動を市民にアピールする良い機会となりました。


これを一過性のブームに終わらせることなく、メディアが日弁連の情報をより発信しやすいように工夫し、司法手続の究極の受益者である市民が日弁連の活動を知る機会を増やすために、積極的な「伝わる広報」を展開していく必要があります。


また、会員向けの広報についても更なる充実を目指し、即時に必要な情報を発信していきます。


日弁連の広報の重要性が高まる中、その継続性にも留意しながら、長期的な視野に立って、日弁連や弁護士の活動内容を広く内外に周知するよう尽力していきます。


6 日弁連の財務・デジタル化の取組

日弁連がその活動を将来にわたって発展させていくため、引き続き収入の大部分が会費によって賄われている予算の執行を適正に行うとともに、会務の合理化・スリム化を一層推進して支出の削減に努め、財政基盤を確固たるものにしていきます。


また、会員サービスの向上と、日弁連・弁護士会連合会・弁護士会の更なる業務の合理化・効率化を図るため、一層のデジタル化を推進します。


弁護士会照会制度のオンライン手続システムは2025年3月現在で試験導入を含めて4つの弁護士会が導入しているところ、更なる普及に努めるとともに、導入した会のサポートを行っていきます。


さらに、2024年12月の臨時総会において、オンラインによる登録事項変更届出等を可能とし、登録料等を無償化するための会則等改正を行いました。2025年9月1日の施行に向けて各種整備を進めます。


日々進むIT技術の活用の可能性は常に検討しておく必要があります。社会の変化の中で、会務や会員サービスのあるべき姿を不断に模索し、それらを会員や社会に還元していくことは、日弁連の大きな役割の一つであることを念頭において検討を進めていく必要があります。


7 小規模弁護士会支援

新規登録者が年間1名に満たない小規模弁護士会が増加傾向にある反面、弁護士会が担うべき業務はますます増加し、小規模弁護士会及びその会員の負担は増大しています。小規模弁護士会と中・大規模弁護士会との間の会費負担の差も存在します。これらを少しでも解消すべく、2024年12月の臨時総会において小規模弁護士会助成に関する規程を改正し、小規模弁護士会への支援を拡充しました。また、2025年2月の理事会において、弁護士会に対する補助金の支給対象に弁護士会館の購入・維持管理費用等を加える規則改正も行いました。このような一連の支援拡充について、今後の推移を見守ることになります。


これらとあわせて、日弁連が行う意見照会、アンケートの依頼等の際に弁護士会の負担にならないよう配慮するなどの対応も検討していく必要があります。人手不足の小規模弁護士会の職員へのサポートも提案し、小規模弁護士会が働きやすい職場になるよう支援してくことも欠かせません。


おわりに

以上、様々な分野について日弁連の課題とその対応方針を述べてまいりました。これらの優先順位を見定め、早期に実現の可能性があるものについてはなお一層注力し、長期的に市民や関係機関の理解を求める必要のある課題は実証研究を重ねて、その成果を発信して実現に向けて尽力していきたいと思います。


日弁連は、日本最大の人権擁護団体、法律家団体として、社会の変化に伴う新たな人権侵害問題や法制度に対して適確な意見を述べる責任と役割を負っています。また、司法の一翼を担う弁護士の団体として、司法制度の発展に資する改善提言を行っていかなければなりません。


他方、会員に対してはデジタル社会の進展に即応した業務手法について研鑽の機会を設け、様々な分野に進出するための情報やノウハウを提供していくことなどが必要です。その上で、市民や社会が直面する課題や困難に対し、日弁連の全ての会員が関心をもって解決に取り組めるようにすることが重要であると考えます。


私たちは、執行部一丸となって日弁連の諸課題に精一杯取り組む覚悟です。皆様のご理解とお力添えをいただきますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。


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