教育思想のポストモダン 増補改訂版 (紙版)
近代批判のゆくえ
- 形式・仕様:
- 紙版 電子版
ポストモダン思想は近代教育学に何をもたらしたのか。付論、コラム等を新たに加え、教育哲学・教育思想史研究の最前線を描出する。
| 著者 |
下司 晶
著 |
|---|---|
| ジャンル |
教育・心理
|
| シリーズ |
シリーズ教育・心理
> 教育思想双書〈第2期〉 |
| 出版年月 | 2026年05月 |
| ISBN | 978-4-326-29916-4 |
| Cコード | 3337 |
| 判型・ページ数 | 四六・432ページ |
| 定価 | 3,740円(本体3,400円 + 税) |
| 在庫 | 在庫あり |
増補改訂版へのはしがき
初版まえがき
序章 教育思想とポストモダン
一 教育学とポストモダン
二 ポストモダンとポストモダニズム
三 教育学のポストモダン思想
四 本書の対象と範囲
第一章 ポストモダニズムと規範の喪失?――教育哲学のポストモダン思想受容
はじめに――忘却のポストモダニズム
一 スケープ・ゴートとしてのポストモダニズム
二 密教としてのポストモダニズム
三 規範主義の継続
四 パフォーマティヴではなくコンスタティヴに
五 ポストモダニズムの大いなる遺産
結語に代えて――血肉化されたポストモダニズム
第二章 近代批判、未完のプロジェクト――教育哲学は近代をどう論じてきたか
はじめに――教育哲学における近代論の展開
一 アイロニーとしての近代――一九六〇年代
二 近代主義の登場――一九七〇年代
三 近代主義の全盛――一九八〇年代
四 近代批判の展開――一九九〇年代
五 近代批判を超えて――二〇〇〇年代
結語に代えて――近代批判、未完のプロジェクト
コラム1 近代論と近代教育学批判
第三章 近代教育学批判とは何だったのか――教育思想史の課題と方法に寄せて
はじめに――忘却の誘惑に抗して
一 なぜ「近代」の「思想史」なのか?
二 「戦後教育学の近代」批判
三 教育思想史から教育人間学へ?――近代教育学批判の展開
四 近代教育学批判のアクチュアリティ
結語に代えて――省察と対話の近代教育学批判
第四章 言語論的転回以後の教育思想史――あるいは、ポストモダニズムの何がいけないのか
はじめに――ポストモダンを経てなお教育批判は可能か?
一 教育思想は批判の根拠たり得たのか?
二 言語論的転回以後の教育思想史――語られなかったルール
三 「言語論的転回以後の教育思想史」のこれから――再び歴史へ
結語に代えて――〈根源的に失われた何か〉への距離
コラム2 五五年体制と冷戦期教育学
第五章 教育哲学と教育実践、その関係性の転換――見失われた啓蒙のゆくえ
はじめに――啓蒙のゆくえ
一 戦後教育学と教育実践――マルクスの呪縛を離れて
二 モノローグからダイアローグへ――教育哲学の変容
三 新たな関係性のために――場所、テクスト、臨床
結語に代えて――理論‐実践の媒介者を育てる
第六章 国民の教育権論をフーコーで組み替える――道徳の教科化にどう向き合うか
はじめに――「戦後レジームの終焉」と戦後教育学批判
一 戦後教育学パラダイムの形成と継承
二 国民の教育権論の限界とその呪縛
三 統治としての近代教育とその批判
結語に代えて――教育を変革する回路
終章 戦後教育学を超えて
一 戦後教育学から冷戦後教育学へ
二 近代批判のゆくえ
三 教育思想から社会思想へ
終章付論 ガート・ビースタとためらいの消失
補論一 批判の後に何が来るのか
はじめに――「二流の哲学」を超えて
一 実践の主導より真理の究明を――教育哲学会から近代批判へ
二 近代教育学批判――一九九〇年代の転回
三 批判の効力――理論/実践の二元論を超えて
四 教育哲学のパフォーマンス――理論と実践の往還
おわりに――批判的教育哲学の構想に寄せて
補論二 批判の力は連鎖する
補遺 韓国語版への序文
あとがき
増補改訂版あとがき
索引
初出一覧
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増補改訂版へのはしがき
ポストモダン。近代批判。
こうした言葉を聞かなくなってからずいぶんと時間がたった。もちろん、本書の初版を上梓した二〇一六年にもこれらのタームはすでに過去のものとなってはいたが、それでも残り香はあった。だが今や、それすら失われてしまった。私の記憶には、確かにある。しかし一般には、まるで存在すらしなかったかのようだ。
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こうした状況にもかかわらず、あるいはだからこそ、ここに『教育思想のポストモダン』の増補改訂版をお届けできることを、心より嬉しく思う。初版が出版されてから一〇年、本書は幸いにも版を重ねることができた。チェ・スンヒョンさん(忠北大学校)の翻訳によって韓国でも刊行して頂いた(게시 아키라『포스트모던 교육사상 : 일본교육학은 포스트모던을 어떻게 수용했는가』최승현(번역), 박영스토리 , 2020)。存外にも多くの方々にお読み頂き、さまざまなご意見を賜った。その全てには応えられないとしても、月日の経過によって研究動向はもちろん、私の見解も変わった部分があり、いつしか「増補改訂版」を世に問いたいと考えるようになっていた。
そんな折に好機が重なり、幸いにもそのアイディアが実現できるはこびとなった。いちからリライトしたい気持ちがなかったわけではないが、それは到底無理だし、なにより時代の空気感をパッケージした作品なので、本文にはあまり手を加えず、いくつかの文章で補うこととした。副題は、「戦後教育学を超えて」から「近代批判のゆくえ」に変更した。追加した文章はこの「増補改訂版へのはしがき」と「増補改訂版あとがき」をのぞけば以下の通りである。
コラム1 近代論と近代教育学批判
コラム2 五五年体制と冷戦後教育学
終章付論 ガート・ビースタとためらいの消失
補論一 批判の後に何が来るのか
補論二 批判の力は連鎖する
補遺 韓国語版への序文
詳細は本論に譲りたいが、ポストモダニズムや近代批判は、多くの人が考える以上に大きな刻印を教育学に残している。自分はそんなものとは無縁だと考える人ですら、その思考法が無意識の前提となっていることが少なくない。それらはむしろ、日常となってしまったからこそ、みえないのだ。大仰になるが、みえないものをみえるようにすることが学問の仕事だとするならば、本書はまさにそれを目指して書かれたし、いびつなレンズだったとしても、それまでは気づかなかったが確かにそこにあったものを浮かび上がらせる役割をはたしうるのであれば、著者としてこれ以上の喜びはない。
いずれにしても、初版と同じく読者の批判を待ちたい。
勁草書房刊行のいろいろな書籍を、編集部サイト「けいそうビブリオフィル」の「あとがきたちよみ」コーナーにて一部公開しています。あわせてご利用ください。
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