「万博効果を一過性で終わらせない」〜"ひょうごフィールドパビリオン"を通した観光インバウンドの地方誘致への取り組み〜
兵庫県では、2025年の大阪・関西万博を契機に、県内の企業や団体と連携し、地域の産業や文化、暮らしを体験できる観光プログラム「ひょうごフィールドパビリオン」を展開しています。伝統工芸や酒蔵見学、農作業体験など、地域の魅力を生かした約270のプログラム(2025年9月時点)を通じて、国内外の旅行者を地方に誘致する取り組みです。特徴的なのは、これを万博期間に限った一過性の事業ではなく、地域の持続的な価値創出につなげる息の長い取り組みとして位置づけている点です。今回は、これまでの取り組みや成果、万博後を見据えた展望について、兵庫県万博推進局の三宅隆之局長をはじめ、兵庫県庁で事業を担当されているみなさまに伺いました。
万博を契機に展開、地域の魅力を伝える体験型プログラム
―ひょうごフィールドパビリオンとは、どのようなコンセプトに基づいたどのような取り組みでしょうか。
ひょうごフィールドパビリオンは、兵庫県内の地域資源を生かした体験型の観光プログラムです。県内の企業や団体が、地域の産業、文化、自然、暮らしの現場などを「パビリオン」として見立て、来訪者にその魅力を体感してもらうことを目的としています。2022年から準備を始め、2025年の大阪・関西万博(以下「万博」)に向けて本格的に展開してきました。2025年9月時点では、伝統工芸や酒蔵見学、農作業体験、まちあるきなど、地域の個性を生かした約270のプログラムが県内各地で提供されています。
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▲さんかく出典:ひょうごフィールドパビリオンSDGs体験型地域プログラム
―万博のテーマやコンセプトを受けて、どのような考え方をもとにひょうごフィールドパビリオンを企画されたのですか。
ひょうごフィールドパビリオンは、万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」に呼応する形で企画されました。このテーマには、持続可能な社会の実現、すなわちSDGsの視点が含まれていますが、これを受けて、兵庫県では、地域に根づいた持続可能な文化や産業を次世代につなげていくためのプログラムとして本事業を位置づけました。観光を通じて、地域の人々の知恵や思い、環境との共生といった「未来につながる価値」を体験できる内容になっています。
―ひょうごフィールドパビリオンのプログラムは全部で270ということですが、具体的には、どのようなプログラムがあるのか、いくつか例を挙げて教えてください。
たとえば、200年以上の歴史を持つ播州織の産地・西脇市では、綿花の栽培から製品化までを一貫して行っている「tamaki niime(タマキニイメ)」というブランドの工房で、生産工程の見学やワークショップに参加できます。
また、万葉集にも登場する淡路島・慶野松原では、地元の方々と一緒に松林の清掃や苗の植樹、ビーチクリーンを体験するプログラムがあります。どちらも、地域の背景や価値を理解しながら、「本物」に触れることができる内容です。
▲さんかく「tamaki niime」の店舗兼工場
補助金に頼らず、事業者主導で持続可能な仕組みづくり
―ひょうごフィールドパビリオンの各プログラムは、地域の事業者が運営しているとのことですが、兵庫県としてどのような支援を行ってきたのですか?
2022年にプログラムの募集を開始し、翌年には第1次として113件を認定。その後、造成や磨き上げの伴走支援、プロモーション支援、相互訪問を含む研修などを通じて、継続的な質の向上を図ってきました。
特に兵庫県では、取り組みが一過性で終わることがないよう、補助金を出さず、事業者の自主性を尊重した支援を重視しています。たとえば、県内3カ所で同一内容の研修を開催した際は、地域を越えて参加できる形にしました。その結果、事業者同士の交流が生まれ、お互いに訪問し合い、学び合う関係が築かれています。また、淡路島では事業者が自発的にチームを組み、民間主導でプロモーションや商品開発に取り組む動きも広がっています。こうした横のつながりや主体的な活動が、持続可能な観光地域づくりの基盤になることを期待しています。
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▲さんかくパビリオンに認定された事業者らを対象にした研修の様子
現地との接点を強化、海外には「日本一」「世界一」で発信
―海外向けのプロモーションは、どのように展開してきたのですか?
兵庫県では、海外での発信にあたって、アメリカ(ワシントン)、フランス(パリ)、香港にある県の海外事務所とも連携し、現地で開かれる旅行博や商談会に積極的に出展してきました。たとえば、アメリカの「Japan Showcase」や「Los Angeles Travel & Adventure Show(LATAS)」、フランスの「IFTM Top Resa」「Japan Expo Paris」、香港の「香港ブックフェア」、台湾の「台北国際旅行博(ITF)」などに参加しています。こうした国際的な場で、兵庫県が持つ多様な体験プログラムを広く紹介することで、海外からの関心を高めることを目指しています。
―海外の方に向けて伝える際、どのような工夫をしているのですか?
海外向けの情報発信では、内容の「見せ方」に工夫を加えています。国内では、兵庫県を「摂津」、「播磨」、「但馬」、「丹波」、「淡路」という5つの地域(いわゆる"兵庫五国")に分けて地域ごとの多様性を紹介していますが、海外の方にとっては細かな地域名がわかりづらいこともあります。
そのため、「日本一」「世界一」「歴史的な起源」といったキャッチーな表現を前面に出すようにしました。たとえば、「但馬牛は日本の和牛の99.9%の祖先」「明石海峡大橋は世界一長い吊り橋(2021年まで)」「日本酒の生産量が全国一位」など、明確で印象に残りやすい情報で興味を引く工夫をしています。そのうえで、現地のプログラムを運営する事業者の声や想いを紹介すると、より深い共感を得られることが多いと感じています。
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▲さんかく海外の旅行博では、積極的にパビリオンをPRした
―海外でのプロモーションを通じて、どのような反応がありましたか?
たとえば、2025年7月にフランスで開かれた「Japan Expo Paris」では、日本政府観光局(JNTO)のブースに出展し、兵庫県の観光資源や体験プログラムを紹介しました。初めて日本を訪れる方には、姫路城や城崎温泉といった代表的な観光地が人気でしたが、2回目・3回目のリピーターからは、淡路島や丹波といった地方で、よりゆっくりと過ごしたいという声も多く聞かれました。兵庫県の幅広い魅力が、リピーター層にも届き始めていると実感しています。
―体験プログラムと組み合わせて、海外からの招請、視察も行っているとのことですが、どのような内容でしょうか。
兵庫県では、特にガストロノミーツアーに力を入れており、英字メディアや海外のインフルエンサー、シェフやソムリエらを対象にファムトリップを実施しています。一例として、2023年にはフランスから料理関係者を招き、5日間のツアーを展開しました。丹波市の西山酒造場では、日本酒の仕込み現場を見学し、酒米・山田錦の魅力を体感。丹波篠山市では、800年の歴史を持つ丹波焼の窯元で器の背景に理解を深めました。神戸では、地元食材を使った料理を提供する「神戸北野ホテル」での食文化の魅力レクチャー体験を通じて、兵庫の多様な食文化を紹介。三木市では、伝統の鍛造技術による包丁づくりを見学しました。こうした取り組みは、地域事業者との連携や海外展開にもつながり、食を軸とした継続的な交流を生み出しています。
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▲さんかくガストロノミーツアーでは食を起点に様々な切り口での体験を用意した
アクセス困難な地域にも広がる、個人の訪日外国人旅行者の関心
―万博が開幕してから、兵庫県を訪れるインバウンドの状況にどのような変化が見られますか?
万博開幕と並行して、2025年4月から神戸空港で国際チャーター便の運航が始まったことも相まって、インバウンドの受け入れが広がり、県内の宿泊客数も増加傾向にあります。
一方で、個人旅行者(FIT)を中心とした新たな動きとして、都市部だけでなく地方部を訪れる傾向もはっきりと見られるようになってきました。
たとえば、ひょうごフィールドパビリオンのプログラムでは、相生市の桔梗隼光鍛刀場(ききょうはやみつたんとうじょう)で週3回程度開催される小刀づくり体験に、日本人だけでなく、欧米やアジアからの旅行者も訪れています。山あいにあるためアクセスは容易ではありませんが、本格的な鍛刀場の雰囲気と、職人の丁寧な対応に引かれて参加する方が増えています。
また、丹波篠山市の「陶の郷」でも、従来の団体旅行客に加え、丹波焼の魅力に触れたいと訪れる欧米やアジアの個人旅行者が増えています。丹波焼は、時代の変化に応じて形を変え、日常生活に必要な器として現在まで続いてきました。現在は、約50の窯元が各自工房の見学や体験プログラムを実施しており、気さくに接してくれる作家さんもいます。「ホンモノ」に触れることができるとして、人気を集めています。
万博のその先を見据えて、地域連携と観光の未来づくり
―今後の展望や課題について、どのように考えていますか?
プログラムの造成段階から、万博を一過性で終わらせず、継続的な取り組みにしていこうという意識は、県側だけでなく事業者側にも共有されています。補助金に頼らず、自発的な参加で始まった分、事業者一人ひとりの主体性や地域への思いが強く、それが事業の強みでもあります。
一方で、これまで築いてきたネットワークや、事業者のモチベーションをどう維持・発展させていくかが今後の課題です。そのため、アンケートやヒアリングを通じてニーズを把握しながら、共通の目標や次のステップを明確にしていく必要があります。また、県全体の連携に加え、他府県やより広域での連携によって、新たな展開につなげていくことも重要です。たとえば、淡路島は関西国際空港から四国へ向かう通り道にあります。神戸を起点と考えるだけでなく、訪日外国人旅行者の動向を広い視野で捉え、他地域とも連携していきたいと考えています。
―万博後の観光戦略を考える他の自治体やDMOに向けて、メッセージをお願いします。
万博によって世界から注目が集まるこの機会を、ただの通過点ではなく「次につながる起点」として生かすことが重要だと考えています。個々の地域が点で発信するのではなく、面としてつながり、想像を超えたネットワークを生み出すことが、今後の観光における競争力になります。兵庫県としても、県内だけでなく他府県や広域エリアとの連携を模索しながら、訪日外国人旅行者を「地域全体で迎える」観光のあり方をつくっていきたいと考えています。同じ志を持つ自治体や事業者とともに、持続可能で魅力的な地域づくりに取り組んでいければと願っています。
<参考サイト>