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VOL.207 SEPTEMBER 2025
THE MUSICAL INSTRUMENTS AND MUSIC CULTURE OF JAPAN 伝統芸能に息づく音、日本の音楽文化の今と昔


しょうを演奏する雅楽ががくの一例。

日本の伝統芸能では、様々な和楽器が用いられており、また地域ごとに特徴的な楽器や演奏様式も存在する。日本独特の音楽文化の歴史や特色について、長年にわたり研究を続けてきた音楽学者・細川 周平さんに話を聴いた。


細川ほそかわ 周平しゅうへいさん
日本伝統音楽研究センター所長・国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽学、日系ブラジル史、日本の音楽文化の変遷など。海外の大学でも日本文化について授業や講演を行い、日本と西洋の音楽文化の出会いや融合を含め、多角的に日本の音楽を研究している。

日本の伝統的な音楽にはどのような種類があり、その魅力とはどのようなものでしょうか。

一般的に「伝統音楽」とは、19世紀に西洋音楽が日本に伝わってくる以前の音楽を指します。古いものでは、約1000年前から宮廷で演奏されてきた雅楽ががく1があり、極めてゆったりとした旋律が特徴です。雅楽では、管楽器のしょう2、弦楽器の琵琶びわ3こと4、打楽器の太鼓たいこ鉦鼓しょうこ5などが使われます。また、14世紀から15世紀に成立したのう6も歌と演奏を伴う古典芸能です。演者は台詞せりふを語りながら静かに舞い、笛、小鼓こつづみ7大鼓おおつづみ8、太鼓などによる伴奏で物語が展開されます。


雅楽の楽器の一例。こと(写真手前)、鉦鼓しょうこ(奥)。

古くから能楽の文化が根付く新潟県佐渡島さどがしまでの能舞台の様子。

その後、三味線しゃみせん9という弦楽器が発展していきます。16世紀中頃に、琉球(現在の沖縄県地方)から大阪地方に伝わったという三線さんしん10を、日本人が使いやすく改良したことで生まれた三味線は、身近な楽器として庶民のたしなみから伝統芸能に至るまで、広く普及していきました。特に歌舞伎かぶき11人形浄瑠璃にんぎょうじょうるり12と結びつき、劇場音楽の中心的な存在として広く親しまれました。同じ時期には琵琶びわが登場します。もとは雅楽由来の高貴な弦楽器で、滋賀県にある日本最大の湖、琵琶湖(参照:国内最大の淡水湖「びわ湖」の魅力が詰まった滋賀県ブース | JULY 2025 | HIGHLIGHTING Japan)の形に似ていることからその名がつきました。琵琶は、平家へいけ物語13を歌い語って街道を回る盲人僧の手に渡り、迫力の語りと強いばちさばきの協調した独自の表現が編み出されました。継承者は少ないのですが、是非録音や録画、演奏会で聴いてご覧ください。


能の舞台で演奏される小鼓こつづみの一例。

これらの日本の伝統音楽と楽器のルーツをたどってみると、日本で一から独自に生み出されたものではなく、中国大陸や朝鮮半島から伝来したものであることが分かります。それでも、日本列島に渡ると歌も楽器も独自の形に変容しました。日本が独自の信仰と言語を持っていたことは大きく、寺社仏閣や日本語の原型が6世紀から7世紀にはあったのです。その頃より生活の場で、列島ならではの歌と楽器が楽しまれてきました。独自の手ぶりや足さばきの舞や踊りも、今に通じる恋唄や話の語り物もありました。

日本の代表的な伝統楽器である「三味線」や「三味線音楽」の魅力はどのようなところにありますか。

三味線は16世紀後半から17世紀初頭に発明された楽器で、その最大の魅力は、舞台で繰り広げられる物語の伴奏として、物語の進行に重要な役割を果たしている点です。特に歌舞伎や人形浄瑠璃などの伝統芸能においては、物語を盛り上げ、登場人物の感情を際立たせる役割を担っています。三味線の音色と、緩急を巧みに使い分ける迫力ある演奏技術には、物語の展開を音で語る力があり、その表現力が非常に魅力的だと感じています。数分間の軽いお座敷歌14の伴奏にも欠かせない存在で、今日のポップスの大元と言えるかもしれません。

また、三味線は19世紀以降に確立した、さんきょくという合奏の形でも演奏されます。三曲は、三味線と琴、尺八しゃくはち15の三つの楽器で構成されており、西洋音楽に例えるなら、ピアノ・バイオリン・チェロによる室内楽のような合奏形式で、日本独自と言えます。ここでの三味線は、劇場音楽での迫力ある伴奏とは異なり、琴や尺八と繊細に呼応しながら旋律を担い、全体に抑揚や流れを与える役割を果たしています。場面に応じて音の表情を変えることができる点も、三味線の奥深さだと思います。


三味線しゃみせんを演奏する様子。

尺八しゃくはちの一例。

日本の伝統音楽の中で、地域特有の音楽や楽器などについて教えてください。

地域特有の音楽の一つに、津軽つがる三味線16があります。青森県西部を中心に伝わるこの三味線音楽は、地元の人々にとって誇りであり、多くの方が演奏に取り組み、県内各地で演奏会などが開かれています。津軽三味線は、三味線の中でも棹が太く、歌舞伎などの劇場で聴かれるしなやかで情緒的な三味線とは異なり、民謡や祭りの場でも使われることの多い、激しいばちさばきと豊かな音量が特徴です。力強く迫力のある音色によって、楽しさや高揚感を演出できる点が魅力です。演奏者の発表会や動画投稿サイトなどで、是非一度聴いてみていただければと思います。

こうした日本の伝統音楽はどこで楽しむことができますか。

日本の伝統音楽を楽しむ方法として、まず挙げられるのが専門の劇場での鑑賞です。例えば、人形浄瑠璃は大阪府大阪市の国立文楽劇場で定期的に上演されています。歌舞伎は、東京都中央区の歌舞伎座かぶきざ17をはじめ大阪府、京都府などの劇場でも継続的に公演が行われています。また、その土地ならではの音楽に触れたい場合には、沖縄県を訪れるのもよいかもしれません。沖縄文化を象徴する三線のやさしい音色は、喫茶店から民謡酒場など、地元の飲食店でも身近に楽しむことができます。

そして、もう一つの楽しみ方として、全国各地で行われる祭り18も、日本の伝統楽器や音楽に触れられる絶好の機会です。元々は神社の祭礼で演奏されていたお囃子はやし(笛や太鼓で合奏するにぎやかな伴奏音楽)などが、地域ごとの特色を加えながら、現代では各地の人々によって楽しく演奏・披露されています。

特に太鼓などの打楽器は、屋外に響く大きな音が特徴で、遠くからでも祭りの始まりを知らせる合図として親しまれてきました。アフリカや南米の音楽にも、太鼓の音が人々を呼び寄せる役割を果たしてきた例があります。私の暮らす京都でも、祇園祭ぎおんまつり19の時期になると、町のあちこちで太鼓や笛の練習の音が聞こえてきて、「祭りが近づいてきている」と気持ちが高まります。俗説では、太鼓の音が心臓の鼓動に似ていることから心を揺さぶるとも言われていますが、確かに単純で力強い音は、直接脳や身体に響いてくるように感じます。


祇園祭(京都府京都市)の棒振り囃子はやしと呼ばれる太鼓の様子。

三味線や雅楽などの代表的なジャンルのほかに、先生が親しんでこられた、または特に魅力を感じている伝統音楽はありますか。

私は特に、人形浄瑠璃が好きです。大阪にある国立文楽劇場へは頻繁に足を運んでいますが、物語の語り手、太夫たゆうによる語りと三味線の掛け合い、人形の巧みな動きが一体となった舞台には、何度見ても引き込まれるものがあります。また、三味線を用いた語り芸の一つ、新内しんないぶし20も好んで聴いています。江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)に成立し、情緒豊かな節回しで街を演奏しながら歩く「流し」の形でも親しまれてきた音楽です。更に私が惹かれるのが、「チンドン屋」の音楽です。20世紀初頭から登場した街頭の音楽隊で、三味線やチンドン太鼓21に加えてクラリネットやギターといった西洋楽器を組み合わせ、民謡や流行歌など幅広い曲目を演奏します。

こうした「語り」や「移動」と結びついた音楽に、私は心を動かされます。チンドン屋はいくつかの保存団体が活動を続けていますので、機会があれば是非ご覧いただきたいと思います。


チンドン屋を今に伝える団体の活動の様子。
Photo: 上間 アキヒコ

日本の伝統音楽の継承と発展における課題を教えてください。 ‎

日本の伝統音楽は、現在、西洋音楽に押されてしまっている側面があります。そのため、若い世代が伝統楽器をポップスなどと融合させて演奏するような、ジャンルを越えた取組がもっと広がってほしいと思っています。私自身の体験ですが、30年ほど前に「上々しゃんしゃん颱風たいふーん22という音楽グループの音に出会い、大きな衝撃を受けました。三味線や太鼓を取り入れたその音楽は、私にとってまさに伝統楽器を使った新しいロック音楽のように感じられたからです。

また、伝統の音を未来へつないでいくためには、プロだけでなく、アマチュアを含めた演奏者がもっと増え、演奏や発表の機会を広げていくことが重要です。中学校や高校、大学のクラブ活動などを通じて、若い人たちがもっと気軽に伝統楽器に触れる機会を作ることも有効だと思います。かつては大衆音楽だったものが、長い時を経て「伝統音楽」と呼ばれるようになったように、まずは難しく考えず、気軽に聴いてもらうことが、次の世代へとつなぐ第一歩だと考えています。

  • 1. 5世紀ごろからアジア大陸から伝わった音楽や舞に日本古来の貴族、宮廷の儀式音楽や舞踊が融合したもの。10世紀ごろに形態が成立。
  • 2. 17本の長短の竹管を並べたものに、お椀型の吹き口をつけた管楽器の一つ。
  • 3. 中国から伝来の下膨れした形の弦楽器。弾き語り用の楽器としても用いられた。
  • 4. 木製の長い胴に13本の弦を張り、それぞれの弦に筝柱ことじを立て音階を調節しながら右手の指にはめた爪で演奏するもの。
  • 5. 円形や火の揺らめく形状を模した火焔かえん形の枠内に吊り下げた金属製の容器の内側をばちで叩くようにして打ち鳴らす打楽器。
  • 6. 14世紀に成立した古典的な歌舞劇の一つ。演者は能面と呼ばれる面を付け、声楽と楽器演奏にあわせ舞いながら物語を進める。2008年ユネスコの無形文化遺産に登録。
  • 7. 砂時計型の木製の胴を持つ枠付きの太鼓。左手で持って右肩に乗せて右手で演奏する。
  • 8. 小鼓と対になる楽器。左膝の上に置いて右手で演奏する。
  • 9. 三本の糸を扇形のばちで弾く楽器。弦の振動が太鼓のような構造の胴に共鳴して音が響く。
  • 10. 参照:沖縄の伝統楽器「三線さんしん」と古典芸能「組踊くみおどり」の響き合う音文化 | September 2025 | HIGHLIGHTING Japan
  • 11. 歌と舞と技が融合した庶民的な総合演劇。17世紀に始まって以降、現在まで日本を代表する伝統芸能。(参照:歌舞伎の舞台に迫力を与える音の世界 | September 2025 | HIGHLIGHTING Japan)
  • 12. 太夫たゆうと呼ばれる物語の語り手、三味線弾き、人形遣いによる古典芸能の一つ。
  • 13. 13世紀前半頃に成立した文学作品。平家の興亡を中心に描かれた軍記物語。
  • 14. 宴席で客を楽しませることを職業とする芸者たちが客のために歌ってきた唄。
  • 15. 中国より1000年以上前に伝えられた竹でできた縦笛の一種。
  • 16. 青森あおもり県西部で成立した三味線音楽を指す。現代では独奏を指して呼ぶ場合が多い。ばちを叩くように弾く奏法とテンポが速い楽曲が特徴。
  • 17. 東京都中央区にある歌舞伎専用の劇場。
  • 18. 参照:祭りの雰囲気を盛り上げる伝統の楽器 | September 2025 | HIGHLIGHTING Japan
  • 19. 京都府京都市の八坂やさか神社で毎年7月1日から1か月に渡り行われる祭礼。
  • 20. 三味線の伴奏に合わせて語る音楽劇の一派。18世紀中頃の江戸(現在の東京)で成立した。舞台を離れ、街を演奏しながら歩く芸として発展したのが特徴。
  • 21. かねと太鼓を組み合わせ、背負って一人で演奏できるようにした打楽器。その演奏をしながら商店などの宣伝を行う職業をチンドン屋と呼ぶ。
  • 22. 2人の歌い手と三弦、ドラム、キーボード、ベースからなる6人組のバンド。アジアを中心に世界各国のサウンドを取り入れた無国籍音楽が持ち味。1980年代から活動。

By TANAKA Nozomi
Photo: JOMA Akihiko; PIXTA

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