VOL.209 NOVEMBER 2025
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縁起だるま発祥の寺の「七草大祭だるま市」
「七草大祭だるま市」では寺の境内に縁起だるまの露店が軒を連ねる。
Photo: 少林山達磨寺
群馬県高崎市の少林山達磨寺で毎年行われる「七草大祭だるま市」。星への祈りと縁起だるまの願掛けが結びついた伝統行事として、多くの参拝者で賑わいを見せている。
JR東京駅から新幹線で約1時間の距離にある群馬県高崎市は、縁起だるま1 の生産が盛んな地として知られている。その象徴となるのが少林山達磨寺である。この寺は縁起だるま発祥の地とされ、毎年1月6日から7日にかけて「七草2大祭だるま市」が行われている。
副住職の廣瀬 一真さんは、「寺の中心に祀られる御本尊は北辰鎮宅霊符尊で、北極星と北斗七星を神格化した存在です。星の力が最も強まるとされる1月7日午前2時に大祈祷を行い、古くからの星祭の縁日に由来する行事として七草大祭が行われ、今日まで信仰を集めています」と語る。
「七草大祭だるま市」は18世紀末の飢饉3 に端を発する。当時の9代目住職・東嶽和尚は、農民救済のため自ら木型を彫って張り子4のだるま作りを伝えた。そのだるまを大祭の縁日5で販売させたことが評判となり、やがて「だるま市」として発展した。このことから、少林山達磨寺は縁起だるま発祥の寺とされ、今日の賑わいにつながっている。廣瀬さんは、「だるま作りは当時の人々を救った知恵であり、今も困難を乗り越える象徴として受け継がれています」と語る。
大祭は1月6日の夕方に始まり、1月7日の夕方まで、夜を徹して続く。境内には20から30のだるま店や飲食の露店が並び、参拝者で賑わう。寺へと続く230段の石段が灯籠で照らされ、参拝者の足元を導く幻想的な光景が広がる。
「夜を徹して人々が祈る姿は、この大祭ならではの光景です。境内全体が祈りの雰囲気に包まれ、特別な時間を感じていただけます」
縁起だるまは、この大祭の象徴的な存在である。廣瀬さんは「まゆ毛は向かい合う鶴を、鼻から口ひげは向かい合う亀を表しています。顔の両側には家内安全や商売繁盛などの願いが記され、お腹に大きく「福入り」と書かれているのが一般的なもので、参拝者の名前を書き入れる場合もあります」と説明する。
少林山達磨寺では、まず寺で僧侶が縁起だるまの片目に小さく点を入れて魂を込め祈願をする「開眼」を行う。参拝者は持ち帰っただるまに願いを込めながらその片目を大きく書き入れ、無事に一年を過ごせた時や願いが成就した時に、もう一方の目を入れるのが習わしとなっている。
Photo: 少林山達磨寺
この大祭には地域住民のみならず、国内外から参拝者が訪れている。近年は台湾やタイなど東南アジアからの訪問が増えているといい、「以前は団体参拝が多かったですが、最近は個人での参拝が増えています」と廣瀬さんは語る。だるまに願いを託すという習わしは、言葉の壁を越えて海外の人々にも理解しやすく、日本の祈願文化を体感する機会となっている。
七草大祭だるま市は、祈祷と市の賑わいが深く結びついた伝統行事として、今日まで続いている。人々が祈りを込めた縁起だるまを手にするこの体験は、日本の暮らしに根付いた文化を感じさせ、また世代を超えて受け継がれていくだろう。
- 1. 仏教僧である達磨の坐禅姿を模した紙製の人形。子孫繁栄や災難除けの縁起物。
- 2. 春に芽吹く7種の若草(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)を指し、古くから邪気を払うものとされる。日本では1月7日に、これらを刻んで米を水で柔らかく煮た料理「七草粥」に入れて食べ、一年の無病息災を願う習慣がある。
- 3. 1780年代に日本で起きた「天明の飢饉」のこと。噴火や冷害で農作物が不作となり、多くの人々が飢餓に苦しんだ。
- 4. 竹や木の型に和紙を何枚も貼り重ねて形を作る日本の伝統技法。人形や玩具などに広く用いられた。
- 5. 神仏と縁を結ぶ日。この日に参拝すると特に御利益があるとされ、寺社では市が立ち祈りと賑わいが結びついた。
By KUROSAWA Akane
Photo: Shorinzan Daruma-ji Temple; PIXTA