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VOL.201 MARCH 2025
Traditional knowledge and skills of sake-making with koji mold in Japan ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の「伝統的酒造り」のわざと魅力


日本酒の一例。米を主原料とし、こうじを用いて造られる。

伝統的酒造りの工程であるもろみつくり(コラム参照)の一例。こうじ、蒸米、水に酵母菌を加えて発酵させる。
写真提供: 文化庁

日本の「伝統的な酒造り」のわざでかもされる酒は、古くから儀礼や祭礼行事など、日本の社会習慣・文化行事の中で不可欠な役割を果たしてきている。昨年(2024年)12月には日本政府がユネスコに提案したその「伝統的酒造り」が人類の無形文化遺産として登録された。登録に至る経緯や、「伝統的酒造り」の魅力、日本国内や世界への展開に向けた今後の取組について都倉とくら 俊一しゅんいち文化庁長官に語っていただいた。


都倉 俊一 文化庁長官
作曲家・編曲家・プロデューサーとして活躍し、日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、文部科学省文化審議会委員を歴任し、2021年4月に文化庁長官に就任。

2024年12月、日本政府が提案した日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産として登録されました。今回のこの登録について、政府の提案の概要、そして登録に至る経緯を教えていただけますでしょうか。

酒造りは古くから日本に根差してきた食文化のひとつです。500年以上前に原型が確立した「伝統的酒造り」のわざは、「こうじ1」の使用という共通の特色を持ちながら、日本各地においてそれぞれの気候風土に応じて発展し、日本酒、焼酎しょうちゅう泡盛あわもり、みりん(コラム参照)などの製造に受け継がれてきました。

「伝統的酒造り」は、伝統的なこうじ菌を用いて、杜氏とうじ2蔵人くらびと3等が経験に基づき築き上げてきた酒造りの技術であり、長い歴史の中で、しなやかな感性と優れた技術で磨き上げられてきた日本が誇る文化です。日本各地の自然の特徴や気候風土を反映する形で発展を遂げてきました。

「伝統的酒造り」のわざで醸される酒は、儀礼や祭礼行事など、日本の社会的・文化的行事の中で不可欠な役割を果たします。例えば、日本には、結婚式における三々九度さんさんくど4地鎮祭じちんさい5で神様に酒をささげる「奉献酒」といった風習が古くから存在し、酒は日本の人々の人生の様々な節目に欠くことのできないものとして、日本社会に根付いてきました。


伝統的酒造りの工程の一例。状態を見極めながら、手作業によって蒸した米にこうじ菌をふりかけているところ。
写真提供: 文化庁

建物の建築工事などの安全を祈る地鎮祭じちんさいの一例。作物などとともに酒(中央の白い器)が捧げられる。

このような「伝統的酒造り」に関わる歴史や文化の豊かさについて国内外の多くのかたに知っていただくことや、他の文化との交流や対話を促進する契機となることを期待し、2022年から、ユネスコ無形文化遺産への登録を日本政府として提案しておりました。「伝統的酒造り」が2024年12月に登録されたことにより、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に登録された日本の無形文化遺産は23件目となり、日本の食文化としては、2013年12月に登録された「和食;日本人の伝統的な食文化」に次いで2件目となりました。

ユネスコの政府間委員会において日本の「伝統的酒造り」が無形文化遺産に登録された際、評価されたポイントをいくつかお話しいただいてよろしいでしょうか。

日本の食文化の中でも、長い歴史を経て成立した「伝統的酒造り」は、日本全国津々浦々に根付いている酒蔵によって支えられています。そして、多くの酒蔵が老舗しにせと呼ばれるに相応ふさわしい長い歴史を持っています。当主が代替わりしても、それぞれの土地の自然の特徴や気候風土に合わせて、最良の酒造りに徹するという理念が代々と引き継がれ、連綿と守り続けられています。

「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産への登録を決定した政府間委員会において、実は、このような全国各地の酒蔵での取組が、国連で採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」6に対して貢献するとして四つの点が評価されました。

一つ目は、酒造りに不可欠な米をはじめとする穀物の生産や清廉な水の確保のために酒蔵が取り組んでいる環境保全は、「食糧安全保障」や「環境の持続可能性」につながるということです。

二つ目は、酒蔵の杜氏とうじ蔵人くらびとといった酒造りの担い手に性別の制限を設けていないことは、「ジェンダー平等」につながるということです。

三つ目は、酒蔵の酒造りに原料を提供する農家をはじめとする多くの地元住民の参画、それに伴うコミュニティの結束は、「平和と社会の結束」につながるということです。

そして、四つ目が、酒粕7などの酒造りの副産物をみりんなどの2次製品に再利用する効率的な資源活用は、「責任ある消費と生産」につながるということです。

また、近年においては、多くの酒蔵が環境問題に適応した酒造りを行うようになっています。地域の環境に配慮しつつ、地域の基幹産業である農業との連携や森林保全など、地域循環型の社会や経済を成立させるため、伝統的な酒造りへの期待はますます高まっています。


酒造りに不可欠な清廉な水を確保するための環境保全は「環境の持続可能性」につながる。

ユネスコ無形文化遺産への登録を契機として、日本政府として、あるいは文化庁として今後展開していく取組がありましたらご紹介ください。

「日本四大杜氏」と言われている、岩手県の南部杜氏、新潟県の越後杜氏、兵庫県の但馬たじま杜氏、そして石川県の能登のと杜氏をはじめ、「伝統的酒造り」を支える杜氏の集団は、全国各地にあり、いずれも日本の酒造りにおいて重要な地域となっています。

しかしながら、昨年(2024年)の1月1日に能登半島地震が発生し、その後の大雨もあり、日本の有数の文化芸術資源の宝庫である石川県は甚大な被害を受け、その被害は、能登半島を中心に、数多くの酒蔵にも及びました。能登においては、多くの酒蔵が全壊または半壊する甚大な被害を受け、現在も、酒造りの再開に向けた復旧に取り組んでいますが、被災した「能登の酒」を絶やさないよう、各地から義援金が集まるほか、日本全国の酒蔵が共同で酒造りをしたり、製造場所の一画を提供したりする支援が広がっています。

そこで、文化庁としては、「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録された機会を捉えて、能登の復旧・復興を後押しするため、石川県の魅力を国内外に発信するためのイベントを今年(2025年)1月に開催しました。


2025年1月に石川県で開催されたイベント。(右から6人目が都倉文化庁長官)
写真提供: 文化庁

日本の文化においてかけがえのない「伝統的酒造り」が、これからも確実に 次の世代に継承され、さらに発展していくよう、文化庁としては、今回の登録を契機に、日本国内のみならず海外のかたにも「伝統的酒造り」の魅力を伝えていくために、関係者の取組を支援していきたいと思います。

また、海外市場に目を向けると、日本産酒類は、日本を代表する日本酒などのほかウイスキーなどの酒類も、国際的な評価の高まりを背景に、輸出が年々増加傾向にあります。一方で、世界の酒類マーケット全体から見れば、日本産酒類の輸出金額は僅か0.1%程度にとどまっている現状があり、日本政府としては官民を挙げて日本産酒類の輸出に向け取り組んでおります。

酒類に関係する行政機関は日本政府内でも多岐にわたっています。酒類業は、その発達が酒税と関連性が高いことから、国税庁が所管しています。また、酒類の原料である米や他の穀物などを生産する農業は農林水産省が所管しています。さらに、酒蔵には歴史的な建造物が多く、酒蔵自体が観光資源の側面もありますので、観光業については観光庁が所管しています。文化庁としては、酒造りの文化発信の観点から関わり、日本産酒類の魅力を世界の消費者の皆様に向けて発信していくに当たっては、日本の酒類業者のみならず、関係する行政機関、地方自治体等とも連携しながら取り組んでいるところです。

訪日外国人向けに酒蔵ツアーが人気を博するなど、訪日外国人の日本の伝統的な酒造りに対する関心は高まっている状況にあると思われます。日本を代表する日本酒などの酒類を味わってみることについて、訪日外国人に対して、都倉長官ご自身の思いやメッセージがあればお話しいただいてよろしいでしょうか。

日本に訪れる外国人の皆さんは、何を楽しみにされているでしょうか?自然・景勝地の観光、ショッピング、テーマパークなどかもしれません。アニメ、ゲーム、ファッションなどがきっかけで、日本に興味を持ったかたもいるでしょう。外国の方々の訪日目的は、様々ありますが、その中でも日本の食を訪日目的とされているかたも、数多くいます。

長い歴史を経て伝えられた日本の地域の食文化は、非常に多種多様で、各地の自然環境の中で健康に生きるための知恵が込められています。訪日外国人の方々には、行かれる先々で、名物になっている独自の食を積極的に体験していただくことをおすすめします。 また、日本各地に根付いている酒蔵で醸された酒は、日本では「地酒じざけ」と称されていますが、この地酒は地域の食文化を語る上で欠かすことのできない重要なアイテムです。ぜひとも名物の料理とともにその地域で造られた酒を一緒に味わってください。素晴らしい文化芸術体験として、必ずや忘れることのできない思い出になるでしょう。

また、日本の食文化は、海外から移入された食文化と伝統的な日本の食文化が融合している一面があります。カレーライス、とんかつ、ラーメンなどが例で、外国由来の様々な料理を取り入れ、独自に発展・定着していることも極めて特徴的と言えますので、実際にそれらを日本で食べていただき、その融合を感じとっていただければと思います。

食は、世界中の誰もが日々経験するものであり、食文化は、その理解を通じて、共通する食文化を持つ者同士だけでなく、住む国や地域が違うために異なる食文化を持つ者の間でも、その交流やきずなを深めることに寄与し得るものと考えています。特に、日本を代表する日本酒などの酒類は、お酒そのものを楽しむ飲み方だけでなく、ワインなどと同様「食中酒」として料理との相性を楽しむ飲み方もされており、日本の料理のみならず、世界の様々な料理との相性について、高い可能性を秘めていると言われています。例えば、美食の国フランスのパリのレストランでは日本酒の提供が広がりつつあると聞いています。もし、日本の旅行中気に入った酒がありましたら、お求めいただき、ご自分の国の料理と一緒に飲んでみて、ペアリングを試していただくこともあり得るかと思います。


「食中酒」としても楽しまれる日本の酒

日本には、食文化以外にも魅力的な多様性に富む文化が数多くあります。日本を訪れる皆さんには、日本を代表する日本酒などの酒類も含めて日本の魅力を大いに楽しんでいただくとともに、自分なりの楽しみ方を発見していただけたらと思います。


都倉 俊一 文化庁長官
Photo: ITO Akihiro
  • 1. 米や麦などの穀物に麹菌(カビの一種)を生やしたもので、原料のデンプンを糖分に変える働きがある。
  • 2. 酒を醸造する職人の呼称。技術指導を行い、酒造りの総責任者の場合もある。
  • 3. 杜氏のもとで酒造りを担う職人のこと。
  • 4. 祝儀の際の礼法で、日本の伝統的な結婚式のときに新郎新婦が3組の杯を使用して、それぞれの杯を3回ずつ合計9回やり取りすること。
  • 5. 建築,土木工事の開始に先立ち、土地の霊を鎮め、工事の安全を祈る祭事。
  • 6. Sustainable Development Goalsの略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17のゴール・169のターゲットから構成されている。
  • 7. こうじ、蒸米、水に酵母菌を入れて発酵させた「もろみ」から酒を分離した残りの部分。米のタンパク質や酵母からのアミノ酸などが豊富に含まれており、食品の香味付けや製造原料として用いられる。

コラム:知っていますか? 伝統的酒造り

「伝統的酒造り」に関するわざ

2024年12月、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に登録された日本の「伝統的酒造り」。

この「伝統的酒造り」は、基本となる次の三つのわざを特徴としている。

1. 原料を処理するわざ

「伝統的酒造り」のわざによって造られる日本の酒の主となる原料は、米と水だ。

まず、米をきれいに洗って水を吸わせ、さらに水分調整と蒸す作業を行い、酒造りに適した状態に整える。


原料を処理する作業の一例
写真提供: 文化庁

2. こうじを造るわざ

蒸した米にこうじ菌の胞子をまいて繁殖させて「こうじ」を造る。麹菌は、米などの穀物に含まれているでんぷんを糖に分解する働きをする。

こうじ造りは酒の質を決める重要な工程で、こうじの状態を見極めながら、手作業によって生育を管理している。


こうじ造りの作業の一例
写真提供: 文化庁

3. 発酵を管理するわざ

アルコール発酵させる工程が「もろみつくり」。「もろみ」とは、こうじと蒸米と水、そして、酵母菌(糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する働きをする微生物の一種)を加えたものもろみの状態を見極めながら、並行複発酵*という世界でも珍しい方法によって、水以外の物品を添加することなく目的とする酒の味や香り等を表現する。

*糖化と発酵を同時に進行させる発酵形式。この方法により、ワインやビールなどの醸造酒よりも高いアルコール分(約20%)を得ることができる。


「もろみつくり」の作業の一例
写真提供: 文化庁

「伝統的酒造り」のわざによって造られる日本の酒

500年以上前に原型が確立した「伝統的酒造り」のわざは、こうじの使用という共通の特色を持ちながら、日本各地においてそれぞれの気候風土に応じて発展し、日本酒、焼酎・泡盛、みりんなどの製造に受け継がれてきた。

[画像:日本酒、焼酎、泡盛及びみりんが造られるまでの、それぞれの工程を説明したチャート図。原料処理やこうじつくりは共通であるが、それ以降の工程は差異がある。]

日本酒、焼酎・泡盛、みりんの造り方のイメージ。
写真提供: 文化庁

1. 日本酒

米を主原料とする「醸造酒類」の一つ。

日本酒の原型とも言える米こうじを使った酒造りに関する最初の記載は、8世紀前半にあり、この頃からこうじを用いた酒の造り方が広く知られていたと考えられている。

15世紀後半には現在の日本酒造りの原型とも言える、原料を段階的に投入する「段仕込み」、酒の保存性を高めるために殺菌を行う「火入れ」等の技術が開発された。

現在の日本酒は、吟醸酒、純米酒、本醸造酒*といった製法による品質を消費者へ広報したり、生酒、にごり酒、スパークリング清酒、長期熟成酒といった種類も人気であり、多様化が進んでいる。飲み方も、常温で飲むほか、温める、冷やすといったように様々に楽しめる。

*吟醸酒:精米歩合が60%以下の白米を原料として使用し、通常よりも低い温度で長時間発酵させる「吟醸造り」製法で造られたお酒。
純米酒:米・米こうじ・水のみで造られた日本酒。醸造アルコールを添加せず、米のうまみやコクが強調される。
本醸造酒:精米歩合70%以下の白米、米こうじ、醸造アルコールを原料とし、香味・色沢が良好なもの。醸造アルコールは白米の重量の10%以下と定められている。

2. 焼酎・泡盛

こうじ造りや発酵に加え、蒸留工程を行う「蒸留酒類」の一つ。

蒸留技術は、15世紀頃、現在の沖縄県に、当時交易のあった東南アジアから伝来したという説が定説となっている。今日の焼酎は、使用する蒸留機の違いにより、伝統的な単式蒸留焼酎と、19世紀に開発された連続式蒸留焼酎に大別される。

多くの単式蒸留焼酎において、日本酒と同様にこうじ造りが行わるが、その際使用される麹菌は、日本酒で使用される黄麹菌ではなく、黒麹菌や白麴菌が多く使われる。

3. みりん

もち米、米こうじ、焼酎などを主原料とする「混成酒類」の一つ。

みりんの発生起源については諸説あるが、16世紀後半には、甘い珍酒として上流階層でもてはやされていた。

ただし、文献上、料理する際の調味料としてみりんを使用したという記載が17世紀後半以降に増え、現代の日本でも、みりんは飲用の酒というよりは調味料として使われる場合が多い。

Photo: Agency for Cultural Affairs; ITO Akihiro; PIXTA

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