VOL.204 JUNE 2025
JAPAN’S RELATIONSHIP WITH WATER
能登の空と海を幻想的に映し出す「白米千枚田」
日本海に面して広がる美しい棚田
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
山が多く平地の少ない日本では、古くから山や谷の斜面を利用して階段状に水田を設ける「棚田」が作られてきた。海を見下ろす傾斜地に約1,000枚もの小さな水田が連なる石川県・能登半島の白米千枚田。夕暮れには水面が空と海を映し出し、幻想的な風景を生み出す。
石川県輪島市白米町にある「白米千枚田」は、日本海に面して1,004枚もの小さな田が連なり海岸まで続く。のどかさとたくましさを感じさせるこの絶景は、奥能登1を代表する観光スポットとしても親しまれている。輪島市観光課の空林 聖さんによると、白米千枚田の特徴は一枚一枚の田んぼの面積の小ささにあるという。
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
「海に流れ込むようにして幾何学模様の細かい田が連なる白米千枚田は、一枚一枚が小さな田んぼで構成されています。多くの田んぼは約20m2ですが、中には1m2程度の田んぼも多くあり、一番小さい田んぼは50センチメートル四方で、稲二株しか植えられません。そのため小さな小型耕運機を使用する以外は、畦塗り2や枠転がし3、田植え、草取り、稲刈りなどすべての作業を人の手で行う「昔ながらの農法」が今も息づいている稀有な棚田です。先人の知恵や技術、古くからの文化を継承する大切な場所という側面も強いです」
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
手作業が中心で重労働ではあるものの、収穫したお米のおいしさは格別だそう。
「海に面しているため、常に風通しが良く、害虫がつきにくいため、白米千枚田では除草剤以外の農薬は使用していません。さらに、稲穂に育つ時期には海に太陽が沈むため、陽が上ってから日没まで日当たりが良いのも米づくりの環境には最適です」
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
能登半島は急傾斜地が多く、昔から地すべりに悩まされてきた。棚田は、田起こしや代かき4などの作業によって耕盤5と呼ばれる土層を作り、地下への浸透水を減らすため、こうした地すべりの起きやすい地域においては、棚田を拓くことが土地の安定化に寄与してきた。
「白米千枚田の歴史は、約400年前に始まります。水路の整備を行った、金沢の辰巳用水6技術者である板屋 兵四郎7が輪島に谷山用水を築き、その水を引いて千枚田を切り開いたのが始まりとされ、1879年には田の数が約8,000枚にものぼったという文書が残されています。一度は耕作者の高齢化と後継者不足で休耕田が増えたものの、「後世に美しい棚田を残そう」という動きが活発になり「公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会」8が設立され、耕作費用の補助などを活用することで棚田の維持に努めてきました。また、2011年に石川県の「能登の里山里海」が国連食糧農業機関により世界農業遺産9に認定されたことで、そのシンボル的な存在として近年更に注目を集めています」
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
地元の有志団体でつくる「白米千枚田愛耕会」の保全活動や、「棚田オーナー制度」10など、現在もさまざまな取組が行われていると空林さんは語る。農閑期の棚田をイルミネーションで照らす「あぜのきらめき」など、観光の面からもアプローチすることで棚田の維持を実現しているそうだ。2024年に発生した能登半島地震により、棚田全体の約8割に亀裂が生じ、水路も損壊するなどの被害を受けたが、現在は住民が中心となって復旧作業を進めている。ぜひ現地へと赴き、地元の人々が大切にしている美しい棚田の風景を楽しんでみてほしい。
Photo: 公益財団法人 白米千枚田景勝保存協議会
- 1. 能登半島先端部にあたる北部の地域。珠洲市・輪島市・能登町・穴水町がある。
- 2. 畦塗りは、田んぼを取り囲んでいる土の壁に田んぼの土を塗り付けて、割れ目や穴を塞ぎ、防水加工をすること。通常はトラクターという専用機で行う。
- 3. 稲を植える際に株の間隔が揃うように、六角から八角形の転枠で印をつけていく作業のこと。現在では田植機で均等に植えることができるため、ほとんど使用されていない。
- 4. 春頃に行う稲作の準備を指す。田んぼの土をなるべく乾燥させ、肥料を混ぜる作業を「田起こし」、田んぼに水を入れ、土を砕いて均平にしていく作業を「代かき」と呼ぶ。
- 5. 農作業に伴う人や牛馬、農業機械などによる荷重のために、作土直下に発達する圧密された土層。鋤床ともいう。
- 6. 1632年、石川県金沢市につくられた手掘りの用水路。上水として金沢城に引かれ、現在も兼六園の霞ヶ池をはじめとする泉水やまちなかの用水を潤す水源として、金沢の景観を織りなす重要な歴史遺産となっている。
- 7. 江戸時代前期の治水家。算術や測量の才能が高く金沢藩主に登用され、1632年に辰巳用水を完成させた。のちに富山の用水路開削などに従事した。
- 8. 千枚田の観光振興や地元の千枚田景勝保存会への耕作支援、オーナー制度の管理運営など白米千枚田の景勝保存を目的として設立された。
- 9. 伝統的な農業や自然と共に暮らす知恵、文化的景観などを守り伝えるため、国連食糧農業機関(FAO)が2002年に創設した制度。「GIAHS」とも呼ばれる。
- 10. 年会費を払うと自分の田んぼを持ちながら、耕作イベントへの参加や収穫米がもらえる制度。
By MOROHASHI Kumiko
Photo: Shiroyone Senmaida Scenic Preservation Council