VOL.202 APRIL 2025
ENJOYING JAPANESE SAKE, NIHONSHU
書・画が融合した日本酒ラベルの美
19世紀初め頃の酒樽の木版ラベル。中央には力強い毛筆体 のデザインで「盛一」とある。「最盛期」という意味。それにちなんだ満開の桜が背景に描かれる。左上には「木のもとに汁も膾も桜かな*」という松尾芭蕉1の俳句 が書かれている。
Photo: 石田 信夫
*大意:桜の下で花を愛でながら酒食を楽しむ「花見」をしていると、花びらがはらはらと散ってきて、料理にも汁椀にも花が咲いたように見事だ。
日本酒のラベルは美しい。銘柄を記した勢いのあるデザイン文字と、伝統的な吉祥意匠が引き立てあって、優美な世界を形作っている。150年前から現在までの2万点以上の酒票を収集している比治山大学名誉教授の石田 信夫さんに、日本酒ラベルの魅力について話を聴いた。
日本酒はもともと四斗樽(72リットル入りの木樽)に詰められて、その包装材に銘柄が型摺りされていた。明治時代になって、樽に直接貼るラベルが登場する。和紙に木版摺りで、手掛けたのは19世紀の浮世絵2の伝統を受け継いだ職人たちだ。やがて機械印刷が導入され、現在のような一升瓶3用のラベルへと変化していった。
「日本酒のラベルの一番の特徴は、美しさが凝縮されていることです。限られたスペースに、書体と絵柄と二つの美が融合し、商業デザインでありながら美術作品ともいえる味わいを持っています」と石田さんは語る。
特に目を引くのが、ラベル中央に配された「ひげ文字」と呼ばれる書体だ。これは毛筆体の文字を基に、かすれや太さを強調したもので、力強さや躍動感を表現している。また、銘柄にちなんでデザインされた伝統的なモチーフも見応えがある。日本の伝統的な詩歌である和歌や俳句4によく詠まれた桜や菊、あるいは長寿の象徴である鶴や亀、めでたさを象徴する松竹梅5などだ。ほかにも銘柄にちなんだ多様なデザインが用いられる。
力強い毛筆体の「島ケ﨑」の銘柄名。長寿を象徴する鶴が波間に優雅に舞う。
Photo: 石田 信夫
「19世紀初めの初期のラベルは、浮世絵の木版多色刷りの技術を活かしたもので、鮮やかな美しい色彩を持っていました。しかし、手間のかかる手摺り物は次第に減り、西洋からもたらされた機械による印刷のラベルへと変わっていきます。一方で伝統的なデザインはより洗練されていき、1955年から1975年頃には、「昭和6クラシック」とも言うべき、銘柄の毛筆体の文字と伝統的なモチーフとが調和した美の極致に至ります」と石田さん。
Photo: 石田 信夫
石田さんが日本酒のラベルの収集を始めたのは、1975年頃。当時の経済情勢から小規模な酒蔵が次々に廃業し、地方の多くの銘柄が姿を消していったことがきっかけだった。「せめて、そこにどんな酒があったのかを現物記録として残しておきたい」という思いから集め始めたという。
「日本酒のラベルは、欧米化が進む日本の商業デザインの中で、伝統意匠の最後の砦とも言える存在でした。だからこそ惹かれたのかもしれません。最初は空き瓶からラベルを剥がしていましたが、次第に酒蔵を訪ねて未使用のものを譲ってもらったり、廃業した蔵で古いラベルを発掘したりするようになりました。今では2万点以上のコレクションになっています」と話す。
Photo: 石田 信夫
海外の人々も、石田さんが収集している日本酒ラベルの美しさに驚くことが多いという。
「特に19世紀の木版の手摺りの樽ラベルを見た方は、その繊細な色彩や大胆なデザインに感嘆の声をあげます」。
近年、ワインのラベルを収集する文化が海外で広まっているように、日本酒のラベルにも新たな価値が見出されつつある。
「今のラベルは文字だけだったり、デザイン性が低かったりするものが増えて残念ですが、日本酒らしいラベルも健在です。飲んだ日本酒のラベルを剥がしてコレクションするだけでなく、オンラインオークションなどでも手に入れることができます。単に飲むだけでなく、日本酒のラベルの伝統的な美にも注目していただけたらうれしいです」
- 1. 17世紀の日本の俳人で、短い詩「俳句」の基礎を築いた。俳句と紀行文で構成される「奥の細道」で知られる。
- 2. 17世紀から19世紀の日本で発展した木版画や絵画の様式。美人や歌舞伎役者、庶民の生活や風景などを描いている。北斎や広重は海外でも有名。
- 3. 1.8リットル容量のガラス瓶で、日本酒の一般的な容器。
- 4. 日本の伝統的な定型の短詩形文学。原則、和歌は5句31文字、俳句は3句17文字でつくる。
- 5. 松は長寿、竹はしなやかさ、梅は生命力を表わす。
- 6. 1926年から1989年までの日本の時代名(元号)。昭和天皇(第124代)が在位した時代であり、先の大戦後の復興や高度経済成長を経た時代。
By KUROSAWA Akane
Photo: ISHIDA Nobuo; PIXTA