涼やかな秋の空の下、10月の16日(木)・17日(金)の2日間にわたり、KEKの物質構造科学研究所主催の国際シンポジウム「物構研シンポジウム'08 〜放射光・中性子・ミュオンを用いた構造物性科学の最前線〜」が開催されました。国内外から120名を超える参加者が集まり、会場のつくば国際会議場では、さまざまな分野における提案や議論が活発に繰り広げられました(図1、2)。
日本物理学会をはじめ、日本放射光学会、日本中間子科学会、日本中性子科学会、日本結晶学会、日本高圧力学会の後援を受けて開催された物構研シンポジウムは、今後は年1回のペースで継続して開催される予定です。今回のニュースでは、その記念すべき第1回の様子をご紹介します。
"ぶっこうけん"とは
KEK は、2つの研究所と加速器研究施設、そしてそれらが円滑に活用されるように支援する共通基盤研究施設などが集まってできている研究機構です。物質構造科学研究所、略して"物構研"(ぶっこうけん)は、素粒子原子核研究所とともに、高エネルギー加速器研究機構の基礎研究推進の一翼を担っています。
素粒子原子核研究所は先代の所長を務められた小林誠名誉教授が本年度のノーベル物理学賞を受賞されたことから、最近メディアの注目を浴びていますが、ここでは、加速器を使った研究からタイムマシンのように、はるか137億年前の宇宙開闢のなぞを探っています。一方、物構研にとって加速器は、今目の前にあるものの奥深くにある極微の世界を知るための、まさに巨大な顕微鏡です。加速器によって造り出すことのできる4種類の量子ビームを物質に照射・入射することにより、原子レベルから高分子、生体分子レベルにいたる幅広いスケールで、物質の構造と機能の総合的な研究を推進しています。
4種類の量子ビームとは、極紫外線からX線領域にいたる強力な電磁波である放射光(すなわち光子)、中性子、ミュオン、そして陽電子のビームのことです(図3)。いずれも日常の生活ではなじみのないものばかりですが、一部のものは目には見えない宇宙線としてそこらじゅうに間断なく降り注いでいます。これらを大量に造り出し、研究に利用できるようなビームの形にするために、加速器が利用されています。
今、物構研の研究環境は大きく変わろうとしています。建設中の大強度陽子加速器施設J-PARCでは、世界最強のビームを使った新たな中性子・ミュオン利用研究がまさに始まろうとしています。また、放射光科学研究施設であるフォトンファクトリーおよびPF-ARでは、加速器の増強や新しい実験設備(ビームライン)の統廃合が戦略的に進められてきています(図4)。これらの流れの中で、日本の物質構造科学研究の中核をなす物構研が今後どのようなサイエンスを極めていくべきか、内外の多くの研究者と議論するために、今回のシンポジウムが企画されました。
探求していくべきサイエンス
物質構造科学が対象とする"物質"とは、それこそすべての"もの"のことであり、非常に広い範囲の分野にわたります。その中で今回のシンポジウムの内容は、来春に設立される予定の物構研の新しい研究施設「構造物性研究センター」で今後探求していくべきサイエンスを中心にアレンジされました(図5)。構造物性研究センターは、物構研が持つさまざまなビームの総合的な利用と、物構研研究者と外部の研究者との密接な研究協力を二本柱とすることにより、独創的かつ先端的な研究を展開し、物性科学分野の世界的研究拠点となることが期待されています。
物構研にはすでに「構造生物学研究センター」が設立され、運営されています。来春からは2つの研究センターが物構研の両輪となり、研究活動を支えていくことになります。第1回物構研シンポジウムは、その両輪が揃って走り出す前に、それらが目指す方向性をあらためて浮かび上がらせる機会でもありました。
語られたこと、語り合われたこと
シンポジウムでは、はじめに「物質構造科学研究所の新展開」と題するセッションが開かれ、物構研を構成する研究施設や研究グループの現状報告と、今後の展開についてのあらましが述べられました。前述の既設・新設の研究センターのほか、放射光科学研究施設が目指す未来の加速器ERLの推進室からの現状報告や、中性子科学研究グループやミュオン科学研究グループによる報告もありました。
物構研では、量子ビームごとに研究グループが運営されており、各々研究や開発を進めています。とはいえ、多くの場合、量子ビームは研究の手段であって、対象ではありません。結晶中の電子状態を見極めたいなら放射光、ナノスケールでの微細な磁場環境を知りたいならミュオン、物質中の水の状態を解明したいなら中性子、というように、研究の対象となる物質や現象、つまり何を見極めたいのかによって利用に適うビームは異なります。そこで「物質構造科学研究所の新展開」の後は、研究対象となっている物質やサイエンスに応じたセッションが設けられ、詳細な発表と議論が進められました。いずれも、数名の研究者による発表の後にディスカッションリーダーによるまとめが行われ、その中では、謎を解明するための新たなビームの導入や併用などについても提案がなされました。
見えてきたもの
そしてシンポジウムの終盤には、名立たるベテラン研究者の方々により、総括と、今後の物質構造科学研究の展開に関する提言がなされました。
短い時間でしたが、研究内容に対する直接的な指摘や意見だけでなく、大型研究施設で微小構造の研究にまい進するための心構えや、後継者育成や研究者・研究機関による社会への働きかけについての言及もありました。さらには物構研ユーザー拡充の重要性、量子ビームごとに分かれている研究グループ間の交流の必要性、他の放射光研究施設や加速器研究施設とのコラボレーションの重要性についても強調されました。その過程で現状の問題点が浮かび上がり、また解決への道しるべが示されました。
国際シンポジウムは決して科学研究についての単なる議論の場・情報交換の場ではなく、加速器を用いた物質構造科学という分野の新しいビジョンが作られる現場であったのです(図6)。
物構研シンポジウムは、今後年1回のペースで継続的に開催される予定です。次回にご期待下さい。
[図1]
物構研シンポジウムの会場内の様子。英語で行われた発表の端々に、研究者の熱意がにじむ。
[図2]
休憩時間には会場外でも議論が続く。重要な情報交換の場だ。
[図3]
物構研が開発を進める4つの量子ビームとそれぞれの得意分野の概念図。
[図4]
物構研の科学研究施設。(a)つくばキャンパスにあるフォトンファクトリー(PF)と、(b)日本原子力研究開発機構と共同で建設を進めている大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)。右はそれぞれの施設の内部構造。
[図5]
構造物性研究センターが研究対象とする分野
[図6]
物構研シンポジウム参加者の面々。初日に、会場のつくば国際会議場で撮影された集合写真。
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