石油は、太古の生物が合成した有機物が、高温・高圧の地下で長い時間をかけて化学的に変化してつくられたと考えられています。
ところが2021年7月、JAMSTEC地球環境部門の原田尚美部門長たちは、北極海で採取した植物プランクトンが、石油と同じ成分をつくり出していることを公表しました。
その特殊能力を利用して高品質のバイオ燃料やバイオプラスチックをつくることができれば、地球温暖化や資源問題の解決に貢献できます。
原田部門長に、今回の発見について聞きました。
どんな生物が石油と同じ成分をつくるの?
──石油と同じ成分をつくっていたのは、どのような生物ですか。
私たちが2013年、北極海のチュクチ海で採取したディクラテリア・ルトゥンダ(Dicrateria rotunda)という植物プランクトンです。ハプト藻の仲間で、動き回るためのべん毛を持っています。
ディクラテリア・ルトゥンダはすでに知られていた種ですが、大繁殖することもなく、とても地味な存在でした。
この光合成生物がつくり出す物質を調べたところ、石油と同じ炭化水素が含まれていたのです。石油と同じ成分をつくり出せる生物は、今まで発見されていません。
──それは、北極海という極寒の海に生息する生物の特殊な能力なのですか?
私たちもはじめは、そう予想していました。しかし、微生物株保存機関に保管されていた同じディクラテリア属のほかの10種を調べてみたところ、その全てが石油と同じ成分をつくり出す能力を持っていました。ディクラテリア属は太平洋や大西洋など北極海以外の海にも広く生息しています。北極海という極限環境に生息する生物の特殊能力ではなかったのです。
ガソリンや軽油、重油と同じ成分を合成
──石油と同じ成分とは?
石油は主に、炭素(C)と水素(H)だけが結び付いた炭化水素からできています。その中でも、直鎖状の「飽和炭化水素」が主成分です。それは下の図のように、炭素が直線状に並んで水素と手をつないでいます。
──「飽和」とは何ですか?
炭素は"4本の手"を持っていますが、飽和炭化水素では炭素が1本の手で炭素や水素とつながっています。このように1本の手による「単結合」のみでつながっている状態を「飽和」といいます。
分子に含まれる炭素の数を炭素数といいます。炭素数が1個の飽和炭化水素はメタン、2個はエタン、3個はプロパンと名付けられています。
石油には、炭素数が2〜40くらいのいろいろな飽和炭化水素が含まれています。ディクラテリア属の植物プランクトンが持つ能力の驚くべきところは、10から38までのさまざまな炭素数の飽和炭化水素をつくり出せることです。
石油に含まれる炭素数10〜15の飽和炭化水素はガソリン、16〜20は軽油、21以上は重油として使われています。ディクラテリア属は、ガソリンや軽油、重油と同じ成分を合成できるのです。
水素をたくさん持ち、炭素と水素以外を含まない優れた燃料
──ディクラテリア属以外の植物プランクトンは、炭化水素をつくらないのですか?
つくりますが、直鎖状や枝状に分岐した「不飽和炭化水素」がほとんどです。炭素がほかの炭素と2本や3本の手でつながった二重結合や三重結合を含む状態を「不飽和」と呼び、1個の炭素が持つことができる水素の数が少なくなってしまいます。
上の図のように、2個の炭素が1本の手でつながったエタンは6個の水素を持つことができます。しかし2本の手で炭素同士がつながったエチレンは水素を4個、3本の手でつながったアセチレンは水素を2個しか持つことができません。
──たくさんの水素を持つことが重要なのですか?
水素の数が多い分子ほど、燃やしたときに水素と酸素の結合がたくさん起きて、高い熱エネルギーが出るのです。つまり、普通の植物プランクトンがつくる不飽和炭化水素に比べて、ディクラテリア属がつくる飽和炭化水素はとても効率の高い燃料となります。
しかもディクラテリア属は、炭素数が10〜38の飽和炭化水素を均等につくるのではなく、10と11をたくさんつくります。同じ質量の飽和炭化水素を比べた場合、炭素数が小さいほど水素の数が多く、たくさんの熱エネルギーを発生させることができます。炭素数10や11の飽和炭化水素は、自動車のガソリンや航空機のジェット燃料として利用できます。
──光合成を行う生物がつくるオイルやエタノールを燃料として利用する研究開発が進められていますね。それらと炭化水素との違いは?
オイルやエタノールには、酸素(O)など炭素と水素以外のものが含まれています。そのため、オイルやエタノールを燃やしたときの熱エネルギーは、飽和炭化水素よりもとても小さいのです。そのままでは燃料としてパワーが足りないので、既存のガソリンやジェット燃料の一部に混ぜて使うことが一般的です。
バイオ燃料やバイオプラスチックの原料に
──光合成を行う生物が合成する物質からつくった燃料を「バイオ燃料」と呼び、今、大きな期待が集まっていますね。
現在、人類が消費するエネルギーの約85%は、石油や天然ガス、石炭などの化石燃料によって生み出されています。化石燃料を燃やすことで発生した二酸化炭素が大気中に蓄積して、地球温暖化が進行しています。そこで、化石燃料に代わるものとしてバイオ燃料が注目されています。
──バイオ燃料を燃やしたときにも二酸化炭素が出るのでは?
出ます。ただし、光合成を行うときに大気中から二酸化炭素を吸収しています。光合成で吸収した量とバイオ燃料を燃やして排出した量の二酸化炭素が同じならば、大気中に蓄積する二酸化炭素は増えないことになると想定されます。
産業革命前と比べて気温上昇を1.5°Cないし2.0°C以下に抑えることが世界の目標となっており、そのために、2050年ごろに二酸化炭素の排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」が、日本を含む各国で目指されています。バイオ燃料はそのための技術の一つとして期待されているのです。
ただし、光合成でつくられた糖を発酵させてエタノールにしたり、生物由来のオイルからバイオ燃料をつくったりするときにもエネルギーが必要です。バイオ燃料の製造に必要なエネルギーを生み出すために化石燃料を燃やしていたら、その分、二酸化炭素が大気中に蓄積してしまいます。
ディクラテリア属がつくる飽和炭化水素は、ほとんどそのままバイオ燃料として使えるので、製造に必要なエネルギーやコストは少なくて済むはずです。ディクラテリア属の能力を利用したバイオ燃料は、カーボンニュートラル実現のための技術として有望です。
石油はプラスチックの原料としても使われています。ディクラテリア属がつくる石油と同等な飽和炭化水素は、質の高いバイオプラスチックの原料としても利用できるでしょう。
──2021年8月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、温暖化研究の最新成果をまとめた「第6次評価報告書」第1作業部会(自然科学的根拠)報告書を発表しました。気温上昇を1.5°Cないし2.0°C以下に抑える二酸化炭素の排出シナリオでは、カーボンニュートラルに加えて、大気中から二酸化炭素を除去することを想定していますね。
バイオ燃料を燃やして発生する二酸化炭素を回収・貯留すれば、植物などが光合成で吸収した分の二酸化炭素が大気から除去されることになります。バイオ燃料と二酸化炭素の回収・貯留を組み合わせたシステムは、大気中から二酸化炭素を除去する技術として期待されています。
ただし、二酸化炭素は大気よりも海にたくさん蓄積されています。大気中からの二酸化炭素除去が進み濃度が下がると、いずれ濃度の高い海から濃度の低くなった大気へ二酸化炭素が放出されてしまいます。ですから、大気中からだけでなく、海中からも二酸化炭素を除去することが必要となります。大気中から二酸化炭素を回収する技術の開発は進められていますが、海中から除去する研究はまだほとんど行われていません。
今回の発見を新しいバイオ燃料の開発につなげる取り組みを進めるとともに、私たちJAMSTEC地球環境部門では、海中から二酸化炭素を除去するための基礎研究を始める準備をしているところです。
──今回の発見をもとに、新しいバイオ燃料をつくって利用するには何が必要ですか。
ディクラテリア属が合成する飽和炭化水素の「質」はバイオ燃料として申し分ありません。しかし細胞当たりの「量」が少ないという課題があります。ディクラテリア属の大量培養は難しいので、飽和炭化水素の合成に関わる遺伝子を突き止め、それらを大量培養が可能な大腸菌などに組み込み、飽和炭化水素を合成させる、といったことが必要でしょう。
ただし、私たちはバイオ燃料の専門家ではありません。実用化につなげるには、専門家との連携が必要です。
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