第7回理学部学生選抜国際派遣プログラム実施
五所 恵実子(東京大学国際センター 講師)※(注記)
UCSBのStorke Tower前で
理学部では,将来世界で活躍できる優秀な理学部生に広い世界を経験させることを 目的に2006年から学生選抜国際派遣プログラム (Elite Science Student Visit Abroad Program:ESSVAP) を実施している。第7回となる今回は2014年3月5日(水)から14日(金)までの10日間, 11名の学部3, 4年生が米国西海岸のカリフォルニア州立大学サンタバーバラ校(Univ. California, Santa Barbara:UCSB),カリフォルニア工科大学 (California Institute of Technology: Caltech),カリフォルニア州立大学ロスアンゼルス校 (Univ.California, Los Angeles:UCLA) を訪問した。
UCSBは学部生18,000人,院生3,000人,キャンパスはロスアンゼルス国際空港からバスで北へ1時間半のサンタバーバラからバスで20分の所にある。温暖な気候の中,海沿いの高台からの景色が素晴らしい,環境に配慮したキャンパスには,自転車とスケートボードの専用レーンがあり, 10分間の休憩時間中は移動する学生達の波で埋まっていた。研究に力を入れている大学らしく, カリフォルニア・ナノシステム研究所 (California NanoSystems Institute:CNSI) のような,民間との協力関係や学際的研究を促進する環境が整っていると感じた。また,授業料を積み立てて建てたという学生情報提供棟 (Student Resource Building) には3階まですべて学生サービス関係のオフィスが入っており,学生をアルバイトとして雇用していた。
今年も3年連続で世界のトップ校に選ばれたCaltechは学部生900人,院生1,200人の大学で,ダウンタウンロスアンゼルスから地下鉄で30分のデルマール駅から徒歩30-40分,パサディナという町にある。天文学専攻長のシュリニヴァス・クルカルニ先生 (Shrinivas Kulkarni) にお話を伺い,また,物理学専攻長補佐の大栗博司先生(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)併任)にCaltechの学生と一緒の昼食会を開催いただいた。さすがにトップ校らしく学部生の研究環境は院生並みで学生の質も高い。学生同士の勉学や研究の話を聞くことができ,たいへん充実した時間を過ごした。午後にはクルカルニ先生のご自宅でのお茶に誘っていいただいた。そして,研究者でいらっしゃった奥様の小宮浩美さんと,日本に交換留学経験のある上のお嬢さんと共に,皆でパサディナの町のレストランで夕食を取り,アメリカの大学・大学院について話を聞くことができた。
UCLAは学部生28,000人,院生12,000人,留学生は学生総数の10%を占める4,000人で,UCの中では今1番人気の大学である。 キャンパス内に学部生用の宿舎を増やすことで,通学する時間分を学生の勉学にあてさせる効果があり,ラッシュアワーの緩和と環境にも優しいそうである。また,最近できたばかりの学生用カフェテリアはまるでレストランのような建物で,11ドル払えば学外者も利用が可で食べ放題となっており,一つひとつの料理はそれぞれのカウンターでできたてが提供されていた。そして,2016年にオープン予定の,客室数200室以上のカンファレンスセンターが,現在キャンパスの入り口に建築中で,民間企業とのコラボレーションが期待されている。本研究科化学専攻の合田圭介教授 (UCLA併任)の紹介で訪問したCNSIでは学際分野の研究が盛んで設備も素晴らしく,ここでもUCLAの勢いを感じた。
ESSVAPのプログラムアレンジで心がけてきたことには,安全,公共交通,2つ以上の大学訪問,がある。キャンパスまであまり遠くなく安全な宿泊先の確保はもちろんであった。そしてとくに米国での実施の際は,学生達が自力で再訪できるよう,徒歩または地下鉄・列車・バスなどの公共交通を使ってキャンパスまでのアクセスが可能な大学を選ぶようにした。また,規模や雰囲気,私立・州立の違いを含め,学生が多くのことを感じ取れるよう,複数の大学訪問を組むようにしている。これまでも,そして今回もだが,参加した学生達の感想には,訪問先の大学の教授や学生からだけでなく,一緒に参加した11名から互いに受けた刺激がとても大きかったということが挙げられていた。10日間共に過ごし,研究室を訪問し,意見を交わすことで多くを学び合い,一人ひとりがもっている知識と経験を分かち合うことこそがESSVAPの魅力であり,存在意義のひとつではないかと思う。
2014年4月1日付で東京大学国際センターに異動となり,今回が理学部で私が担当する最後のESSVAPとなった。プログラムを企画,準備,実施する中で,私自身も多くを学ばせていただいた。そして何より,参加した学部3, 4年生のみなさんが受けた刺激の大きさが感動として伝わり,ここまでプログラムを継続する原動力となった。今後は世界にはばたいていった学生達が研究者として日本に戻って来ることができれば,と願っている。ESSVAPの前身である全6回の海外渡航制度,そしてESSVAPをこれまで支えてくださったすべての皆様にこの場をお借りし,深く感謝申し上げたい。ありがとうございました。
* 2014年3月まで理学系研究科国際推進室講師
ESSVAPに参加して
大出 千恵(化学科3年生)
学生選抜国際派遣プログラムESSVAP(Elite Science Student Visit Abroad Program)の志望動機に「視野を広げたい」と書いた。「エリートは勉強ばかりで行動が伴わない。もっと広く世界を見て,人生経験を。」ということが言われる。そうした言説を受けてか,東大は人間性や人生経験を重視した,アメリカ的推薦入試を導入しようとしており,その是非が盛んに議論された。そうした折,「視野を広げること」とはそもそもどういう意味なのか,どうやって実現できるのか,疑問に感じていた。
確かに今回, ESSVAPを通じて知った,アメリカの文化や価値観,それに裏打ちされた学問領域のありかたは,衝撃的なものばかりで,新しい世界が拓けたように感じた 。
たとえば,研究室の配属システムは日本と大きく異なる。私の所属する化学科では,学生は成績に応じて研究室に「割り振られる」。ところが,今回訪問した大学では,直接教授に連絡を取り,自分のしたい研究についてディスカッションして,自分を「売り込む」ことが求められる。人脈をつくること,自ら思考すること,それをわかりやすく魅力的に表現できることが重要となる。
研究室配属の方式以外でも, 境域的研究に対する積極性を垣間見ることができた。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で訪問したポール・ワイス教授(Paul.S.Weiss)のグループには,物理,化学,生物など複数の学科から生徒が集まっていた。UCLAとカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)にはカリフォルニア・ナノシステム研究所 (California NanoSystem Institute:CNSI)という施設 があり,学内の誰でも使える共通機器が置かれて,異なる研究室の学生同士が活発に交流できるという。共同研究が盛んなために,逆に各研究室はひとつのテーマに集中できる,というのも意外な発見だった。ともかく「境域」は,人種も文化もつねに越境し混じりあう,アメリカの得意とする分野であるらしい。
そしてESSVAPで 今回もうひとつ大切だったのは,これら「垣根を越えて能動的に行動すること」を,自分で体感できるよう,プログラムが組まれていたことだと思うのだ。初めての経験がたくさんあった。個別訪問をするため,一度もお会いしたことのない教授に,直接メールを送った。昼食時には,初対面の学生と英語で話をした。分野の違う理学部の仲間達と,関心のあるテーマを教えあった。今はこの経験を,報告書や理学部ニュースの記事というかたちで言語化して,他者へ伝えようとしている。
留学への意欲に燃える優秀な学生を導くだけでなく,私のような座学ばかりで引っ込み思案な学生の背中をも押して,支えてくれるプログラムに参加できたことは,幸甚としかいいようがないと思う。渡航先で出会ったすべての方々,共に旅したメンバーたち,ESSVAPを支援してくださった国際化推進室の皆さん,とくに私たちを直接引率してくださった五所恵実子さんに,心からお礼申し上げます。