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臨海実験所とミキモトの共催シンポジウムが開かれる

赤坂 甲治(臨海実験所 教授)

図1

米国水産局学術誌に掲載された箕作教授の真珠養殖の論文(左奥),開発途中の当時の真珠(左手前)と明治時代の動物学誌(右)。

三崎臨海実験所が世界初の真珠養殖開発の舞台となったことは,意外と知られていない。2008 年12 月4 日(木)に小柴ホールで行われたシンポジウムでは,赤坂が「臨海実験所の歴史,海洋生物の多様性と遺伝学的バックグラウンド」,ミキモト真珠研究所の永井清仁所長が「真珠層の構造と海の環境」,九州大学農学研究院の本城凡夫名誉教授が「アコヤガイの健康管理装置の開発と赤潮」,東京大学農学生命科学研究科の渡部終五教授が「アコヤガイの有効活用とバイオテクノロジー」について述べた。講演終了後は,聴衆の方々も含めて活発に意見交換され,自然と人類の共存には,遺伝的多様性,環境の保全が不可欠であるとのコンセンサスが得られた。

真珠養殖技術の開発は,御木本幸吉氏が1890年(明治23年)の内国勧業博覧会に出品したアコヤガイに,箕作佳吉臨海実験所初代所長が目をとめ,人工真珠について助言したことに始まる。御木本氏は志摩で養殖を試み,3年後に半円真珠(貝殻の内側にドーム状に形成された真珠)を得ることに成功,1896年にはコロンビア世界博覧会で,箕作教授が立案者として表彰されている。球状の(真円)真珠を得る技術は,東京大学動物学教室出身で後に研究生となった西川藤吉氏がさらに12年の歳月を要して開発した。1907年には特許を申請している。西川氏は御木本氏の次女と結婚し,ミキモトにも貢献するが,病気のため1909年に他界する。後を継いだ臨海実験所助手の藤田輔世の日記には,三崎の油壺湾で数万個のアコヤガイを養殖し,核として鉛の散弾を挿入したと記されている。真珠養殖技術の開発は東京大学のプロジェクトとして20年間にわたり精力的に行われた。しかし,真円真珠の養殖に成功し,学術的な成果は十分に得られたとして撤退する。いっぽう,御木本氏は養殖真珠を一大産業として発展させていったのである。今回のシンポジウムは海洋基礎生物学から派生する科学技術,産業の可能性と環境について考えるよい機会になった。

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