第2回理学部学生選抜国際派遣プログラム
五所 恵実子(国際交流室 講師)
ケンブリッジ大学キングスカレッジ
研究室前にあるカフェテリア(オックスフォード大学新化学館)
研究室訪問(ケンブリッジ大学)
オックスフォード大学理工系オフィスの方と記念撮影
理学部では2006年度より将来世界で活躍できる優秀な理学部生を派遣する「理学部学生選抜国際派遣プログラム(ESSVAP: Elite Science Student Visit Abroad Program)」を実施している。第2回目となる今回のプログラムでは43名の応募者の中から選ばれた9名の学生が2008年3月4日(火)から13日(木)の10日間,英国のケンブリッジ大学とオックスフォード大学を訪問した。 ケンブリッジ大学は1209年設立,学生数約2万5千人の大学で,31のカレッジから成り立っている。すべてのカレッジには寮と共に人間の成長に必要な頭・体・心を培うための図書館,食堂,教会があり,学部生はいずれかのカレッジに属し,大学生活を送る。歴史のあるカレッジは英国内に広大な土地をもち財政が豊かなため,学生が支払う寮費も少なくて済むそうである。ケンブリッジは街の中心部にカレッジと昔ながらの歴史的なエリアがあるが,中心部に加えて街の北や南の郊外には研究所や病院など,大学の施設があり新しい建物も建つなど,大学としての街は近年広がりを見せている。
オックスフォード大学は11世紀に設立された英語圏で最古の大学で38のカレッジ,学生数約1万8千人,中でも5,000人の大学院生のうち半数を留学生が占めている。オックスフォードの街の中にはケンブリッジ同様,無料で入館できる博物館がいくつもあり,また蔵書数1,100万冊というボードリアンライブラリーや中世に建てられたクライストチャーチは歴史的建造物でハリーポッターの撮影にも使われ,映画の撮影収入は図書館の修繕費に当てられている。古い建物が修繕・保存される一方で理系ではScience Parkという大学の学際分野で産業界から20億ポンドの収入を得,ナノテクノロジーやMedical Chemistry,Human Genome Project,Quantitative Mathなどの分野が発展し,2004年に化学, 2010年に地球科学,そして2011年には数学で新しい建物が竣工予定である。
オックスフォード大学では学生は理系の場合,大学入学時にいくつかの科目に絞って学び4年間で学部(3年間)および修士課程(Integrated Masters)までを終える。博士課程は4年間で授業料は家庭が税金を納めている英国の学生がもっとも安く,続いてEUの学生,アジアを含むそのほかの国の学生,の順に高くなる。理工系では35余りの奨学金があるそうだが,年数百万かかる高い学費と日本の2倍近くする物価の中で奨学金無しで留学生活を送るのはかなり厳しいのが現状である。オックスフォード大学とケンブリッジ大学では8 weeksという学期制度が採用されている。1年は3学期から成り立っているが1学期は2ヶ月(8weeks)のため,学生は学期中寝る間も惜しんで勉学に集中する。大学院生は4年間で博士課程を修了するため,学期が終わった後の休み中も大学に残り,教員の指導を受けながら研究を行っている。また両大学とも指導教員との1対1のsupervision(研究指導)の制度を取っており, 8weeksと共に2つの大学の教育制度の大きな特徴となっている。
ケンブリッジ大学もオックスフォード大学も,すでに優秀な学生が世界中から集まってきているためか,留学生を取り立てて一生懸命誘致しようという雰囲気は感じられず,むしろすでに2つの街が大学と共に産業面でも優秀な人材を供給し,産学連携で研究を進めていることから街の失業率がケンブリッジで1%という低率なのも頷ける気がした。また英国で発行される図書は必ず3つのコピーをそれぞれ1冊ずつこの2つの大学と英国国会図書館に保存する規定になっていることからも,両大学が英国や世界の大学の中で常にトップレベルの大学として存続していることがよくわかる。参加した学生がいみじくも述べているように,年令,研究室を越えて研究者同士が日々自由に議論できる場があること,そして建物や街並みから醸し出される歴史的な落ち着きと雰囲気の中にも,人々がそれぞれの専門分野を活かし,協力して学際的な研究を行える環境があり,古い物と新しい物の共存が両大学を世界でも魅力的な存在にしているのではないかという印象をもった。
プログラム実施に当たり,国際交流委員および理学系研究科の先生方には大きなご支援・ご協力をいただき,また,今回とくに受け入れ先のケンブリッジ大学,オックスフォード大学の国際交流および理工系オフィスにおいてはお忙しい中,学生の希望する訪問先をひとつでも多く叶えようと最後までスケジュールの詳細を詰めて温かく迎えてくださり,言葉では言い尽くせないほど感謝している。この場を借りて深くお礼申し上げたい。なお,次回の第3回理学部学生選抜国際派遣プログラムの訪問先および募集については9月に国際交流室のホームページに掲載の予定で,希望者には5月下旬より報告書を配布する予定である。問い合わせは理学部国際交流室( )まで。
プログラムに参加して 〜 学生の感想 〜
「日本と英国の科学の違い?...人の優劣という意味ではあまり違いはないだろう。あるとすればそれは環境の違いが大きいだろうね」Cambridgeのindividual visitのさい,私が訪問したT.クーザライズ(Tony Kouzarides)博士はそう答えてくれた。
- 威厳と伝統を醸し出すレンガ模様の外壁。休憩が自然とdiscussionにスイッチする空間,tearoom。常に研究の息遣いを感じられるようカフェや階段に飾られた美しい電顕写真の数々。予約を入れるだけで実験に必要なsolutionのstockを調製してくれる研究者の support system - 私の目を通して映る英国の研究環境は外面的にも内面的にも日本のそれとは異なっていた。とりわけ私の目に眩しく映ったのはどの学部,どの研究所でも毎日10時半と15時に活躍するtearoomの存在である。
ティーカップを片手に論文を読んでいる一人の研究者。そこに歩み寄ってくるもう一人の男性。そしてどちらともなく始まるdiscussion。...私は今まで日本でこんな光景を目にしたことは無かった。左を向けば「10人近くの研究者が丸テーブルを囲みお茶菓子を食べながら談笑交じりにdiscussion」。右を向けば「20を過ぎたばかりの新参研究者と80に手をかけようかというベテラン研究者が,テクニシャンも交えてソファーでくつろぎながらdiscussion」。この雰囲気こそが英国の学問をつくりあげているのではないか。そんな考えまで浮かんでくるような光景であった。英国の研究環境を安直に褒めそやすつもりは無いが,今回の渡航で得られたものは多く,自身の位置を再確認しこれからの進路を考えるにあたってひじょうに有意義な機会となった。学生の時分にこのような貴重な機会を与えてくださった理学部の先生方に感謝を申し上げたい。
(生物化学科4年,加藤 英明)
今回のプログラムに参加させていただき,たくさんの収穫があり,新鮮さを味わうとともに,感動の気持ちに満ちていた日々を過ごした。
まず印象深かったのはケンブリッジ大学とオックスフォード大学の長い歴史の中で洗練された,日本と違う教育システムであった。専門分野の勉強の場を提供する学科(department)のほかに,学生の生活と課外活動の場を提供するカレッジ(college)制度は各分野の学生の間の交流を増やしている。そのことが限られた枠組みにとらわれず,広い視野をもつ学生の育成につながり,学術面において学際的分野に移行する傾向につながっていると思う。
ケンブリッジ大学のほうで,小さい頃から憧れていた数々の有名な物理学者が研究する場であったCavendish研究所にやっと訪れることができ,とても感動した。そちらで一番印象深かったのはBSS(Biological and Soft System)という研究グループであった。BSSでは医療への物理的応用の研究を行い,物理学はもう純粋な学問の枠組みにとらわれず,社会の色々な面へ浸透し,貢献していることが分かった。この研究グループは来年Cavendish研究所で新設されるPhysics for Medicineへ移り, Cavendish研究所の今後の発展方向がどんどん学際的分野に移行することに注目が集まっている。オックスフォード大学でとくに印象深かったのはニックジョンズ(Nick Jones)先生のシグナルネットワークの研究であった。物理の考え方を用いて,色々な種類のシステムを解明することがとても魅力的であった。
二つの大学が800年の歴史の中でずっと競い合いながら成長してきた。イギリスの伝統を保ちながらも,常に新しい研究分野にチャレンジしている姿勢に感心した。今回のプログラムを通して視野が広がり,その経験を今後の勉強と研究生活に生かせるようにもっと頑張りたいと思っている。それに,この機会を与えてくださった先生方,五所さん,一緒に参加した仲間たちに感謝の意を申し上げたい。
(物理学科4年,張 旭)