深海にひっそりと咲く花 ウミユリ
ユリ、シダ、リンゴ、ツボミ、・・・
植物の名前を並べて、深海と何の関係があるのか、と思われるかもしれません。
実はすべて、「ウミ」をつけると海の生き物の名前になるのです。すなわち、
ウミユリ、ウミシダ、ウミリンゴ、ウミツボミ・・・などなど。
中にはすでに絶滅してしまったものもいます。
さて、タイトルにあるウミユリはどのような生き物なのでしょうか。
植物?それとも別の生物?
みなさんはウミユリを知っていますか?きっとほとんどの方はご存じないのではないでしょうか。ウミユリは漢字でも「海百合」と書くように、植物のユリのようなかたちをした深海の生き物です。しかし、光の届かない深海に植物がいるはずはありません。結論からいうと、ウミユリは動物で、ヒトデやウニなどの棘皮(きょくひ)動物の仲間なのです。
図1 実験室で飼育中のトリノアシ
世界で最も浅い海に生息するウミユリ。可視光線に弱いため、普段は水槽を真っ暗にしておきます。実験中は赤外線の見えるゴーグルやビデオカメラを使って観察します。
ウミユリ類は、花のような部分(冠部(かんぶ))と茎を持ちます。ウミユリ類のなかでも、進化の過程で茎をなくした仲間はウミシダ(海羊歯)と呼ばれ、現在彼らは浅い海で繁栄しています。最古のウミユリの化石は、約5億年前の古生代オルドビス紀の地層から見つかっており、古生代の浅海は「ウミユリの花園」と呼ばれるほど大繁栄したようです。しかし、現在のウミユリは100mより深い海にしか分布していません。これはなぜでしょうか。
実は中生代白亜紀の中ごろの浅い海では、それまで平和に暮らしていたウミユリのような生物たちを餌にする、魚類やカニが増加しました。ウミユリは動きが遅く、敵から逃げたり隠れたりすることができません。唯一の対抗手段は、強い再生能力によって失った体を復元するくらいです。こうして浅海のウミユリは、次第に激しくなる彼らの攻撃に抵抗しきれず姿を消しました。しかしその中から比較的安全な深い海に落ちのびたウミユリの子孫が、現在のウミユリになったと考えられています。
そんなウミユリですが、棘皮動物の祖先形を最もよく保存している生物として「生きている化石」のひとつにも数えられています。日本近海は、世界的に見てもウミユリ類が豊富で、地球生命の進化史を探るうえで重要な分類群である彼らを研究するにはベストと言える海域なのです。
何を食べているのか?
ウミユリも動物ですから、エサを食べないと生きていけません。彼らは茎で冠部を持ち上げ、冠部で海水中の小さな粒子をろ過して食べています。粒子の大きさはほとんどが長径150マイクロメートル(1マイクロメートルは、1mmの1/1000)以下で、単細胞生物、生物体の破片、不定形有機物などを食べています。またそのほかに栄養にならない鉱物片なども取り込んでいます。
冠部の大部分は、多数の腕で構成されています。ウミユリ類は腕から伸びる管足(かんそく)という触手で小さな粒子をつかまえます。ですから彼らの食事は、腕を広げて作った網で粒子をこしとっている、というイメージになります。いっぽう、植物にも背の高いものや低いものがいるように、ウミユリ類も茎の長さによって背の高さが決まります。また、化石種でも現生種でも、腕の数や茎の長さは非常に多様です。これらの形態の違いは食性に影響していると考えられていましたが、生きているウミユリではきちんと検証されていませんでした。そこで私たちは、同じところに生息していて、腕の数や茎の長さが異なるウミユリ類を採集し、食べているエサを比較しました。
その結果、腕の数、つまり冠部の網目の密度が異なると、得られる粒子の数が異なるということが示されました。同じ流速のなかでは、網目の密度が違うと、ろ過効率も変わる、ということになります。いっぽう、茎の長さが異なると、食べている有機物そのものが異なるということも分かりました。海底面からの高さが違うと浮遊している粒子も異なるため、背が高いものと低いものでは、得られるエサに違いがあるのです。この結果は、化石や現生ウミユリの形態の多様性を理解するためのひとつの回答になると考えています。
せめて、動物らしく
ウミユリもゆっくりですが動きます。最近、深海底を這い歩くウミユリの映像が公開されました。とはいえ彼らのスピードで逃げ切れる相手は、彼らを餌にするウニくらいです。やはり動く目的はエサを食べることではないかと考えた私たちは、水槽でウミユリを飼育して行動を観察しました。
使ったウミユリはトリノアシ(鳥の足)と呼ばれる種で、駿河湾から採集したものです。彼らに粒子を与えると、腕を曲げて、さらにその腕をスイングし続ける行動が見られました。ウミユリが水流の強さや方向の変化に従って姿勢を変えることは知られていましたが、粒子が原因で姿勢を変えることは新発見でした。さらに、彼らはエサとなりうる粒子を「におい」で識別しているらしいこと、そして有機物を選んで口に入れているらしいこと、が判明しつつあります。現在は、ウミユリの行動によってろ過効率がどのように変化するのか、ということも調べています。
海底にたたずんで、ときおり流れてくる粒子を食べ、外敵にもさしたる対抗手段を持たないウミユリ。まるで仙人のような生き方ですが、このやり方で生き馬の目を抜く地球生命史を5億年も生き延びてきた、実はしたたかな生き物なのかもしれません。
図2 真紅のウミユリ ムーランルージュ
沖縄近海の水深1800mで撮影されたウミユリ。この写真では、全部で4個体います。このほかにも、日本近海には多様なウミユリが生息しています。(提供:独立行政法人海洋研究開発機構)
図3 ウミユリの形態とエサの関係
左の2種類のウミユリは腕が少なく、右の2種類は腕が多いです。消化管に入っていた粒子の数を数えると、左の2種のほうが多く見られました。このことは、腕の数がろ過効率に影響することを示します。
一方、背の高い2種類はケイソウの破片をとりこみ、背の低い2種類はクロロフィルを含む有機物を取り込んでいました。つまり茎の長さが異なると、食べている有機物が異なるのです。
図4 ウミユリがろ過して取り込んだ粒子の写真
より詳しく知りたい人に
- 1.「ヒトデ学 棘皮動物のミラクルワールド」本川達雄編著。東海大学出版会
- 2.「ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学」本川達雄著。中公新書