ナメクジウオが語る私たちへの進化のみち
ナメクジウオって何?
約46億年の地球の歴史の中で、生命は原核生物から真核生物へ、単細胞生物から多細胞生物へ、そして無脊椎(せきつい)動物から脊椎動物へと進化を続けながら、地球環境に適応して生きてきました。そして現在、私たちは様々な動物たちを目にすることができます。私たちヒトを含む脊椎動物への進化を考えるとき、無脊椎動物たちの中でも、もっとも脊椎動物に近い動物として、ホヤやナメクジウオが注目されます(図1)。脊椎動物、ホヤ、ナメクジウオの3者は、一生のうち少なくとも一時期、脊索(せきさく)という器官を持つ「脊索動物」として分類され、共通の祖先から進化したと考えられているからです。脊索を持つ動物の誕生は、カンブリア紀の地層で化石が見つかったことから約5億3千万年前であったことがわかっています。現在地球に生きる脊索動物の中でもっとも原始的で、脊索動物の誕生と脊椎動物への進化を解き明かす鍵を握る動物、それがナメクジウオです。
図1
ナメクジウオの生活
ナメクジウオは100mより浅い砂質の海底にもぐって生活し、プランクトンを食べて生きています。世界中で約30種、日本近海では4種が知られています(図2)。産卵期は夏で、雌から卵が、雄から精子が海水に放出され、体外受精します。24時間以内に孵化(ふか)し、約1ヶ月間はプランクトン幼生として海水中で生活します(図3)。成体になると海底に降り、底生生活を始めます。海底にすむ動物なので皆さんが目にする機会はなかなかないかもしれません。ところで、日本近海の4種のうちの1種は、2004年に発見された新種です。ゲイコツナメクジウオとよび、水深230m、死んだ鯨を海底に沈めた場所で、鯨骨の真下の砂や骨の中にいたのです。鯨骨は腐ると硫化水素やアンモニアを発生し、まわりの海水の酸素濃度が少なくなります。このような環境は極限環境とよばれ、他に深海底の熱水噴出孔が知られています。ゲイコツナメクジウオは、深海や極限環境にも適応できる生命力の強さを私たちに示すとともに、ナメクジウオの生活史、生態を見つめなおすきっかけを与えてくれた存在です。
図2
図3
ナメクジウオが語る進化とは?
私たちは渥美半島沖で採ったナメクジウオを飼育室で産卵させることに成功しました。さらに、赤外線照明を使った暗視野ビデオ撮影を毎日行い、世界で初めて産卵行動を観察することに成功しました。その結果、1)突然砂から猛スピードで泳ぎ出て水中産卵する、2)一日の最初は必ずオスが出てくる、3)雌雄はペアを作らないが、多くのナメクジウオが集中して産卵する時間帯があるなど、ナメクジウオの産卵の様子が明らかになりました。深海や極限環境でも同じように産卵するのか、それとも違うのか、更なる興味もわいてきます。さらに、ナメクジウオの産卵をコントロールする体の仕組みが、私たちヒトを含む脊椎動物への進化の歴史の一部を見せてくれました。その例が、卵や精子の成熟と産卵に関わる性ステロイドホルモン(以下、性ホルモン)です。性ホルモンは、私たちヒトをはじめとして、哺乳類から魚類までが広く使っている生殖に重要なホルモンです。ナメクジウオ以外の無脊椎動物は性ホルモンをつくれません。つまり、脊索動物の誕生とともに性ホルモンをつくる仕組みが備わり、今はナメクジウオと脊椎動物に受け継がれているということです。しかし、この性ホルモン合成を調節するもう一つのホルモンは、ナメクジウオは持っていません。調節ホルモンは、私たち脊椎動物ならではの複雑なものなのです。私たちへの進化の背後には、このような生殖をコントロールする仕組みの進化があったのです。 動物の最も基本的な子孫を残すという仕組みの進化の歴史。ナメクジウオは私たちにそれを語ってくれる、魅力的な「ご先祖さま」なのです。