2026年6月17日
善光寺平(ぜんこうじだいら)と越後国
柏崎日報
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回数 : 9
- 小林 健彦
- 巻
- 号
- 36592
- 開始ページ
- 1
- 終了ページ
- 1
- 記述言語
- 日本語
- 掲載種別
- 記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 出版者・発行元
- 柏崎日報社
長野県北部に位置する善光寺平と、越後国との関係性に関して、分かり易く解説を行なった。古くは『日本書紀』天武天皇条に、日本の都を信濃国(長野県)に移転させる計画のあったことが記録される。その場所こそが善光寺平であったものと考える。現在の長野市付近である。では、なぜ長野市なのか。そこには日本の地域開発の経緯と関わる事情があった。日本の地域開発は必ず中小河川の河口部分から始まる。そこから河川を通じて開発の手が内陸部へと入るのである。柏崎もその典型である。それでは、何故、その様な辺ぴな場所をめぐって10年以上も上杉謙信・武田信玄とが「川中島の戦い」を行なう必要があったのか。ある事典には何も意味が無い無駄な戦いであると解説されていたりもする。しかし、この戦いでは善光寺平という場所が持っていた地政学的な意義を忘れてはならない。特に越後国にとってはそうであると指摘を行なった。