第7章 書店員の哀しき習性
1.ヨソの書店で「いらっしゃいませ〜......」
いくら本が好きで天職だと自分自身自覚しているとはいえ、毎日毎日年がら年中本に囲まれた生活をしておりますと、時々息苦しくなるコトもたまにはございます。いくらカレーが好きでも1日3食365日カレーばっかじゃインド人ですらごちそうサマってモンです(何だこの喩えは)。
つうワケでたまにはトホホ書店員の私も仕事を忘れてどこか遠いところへ現実逃避してみるか、と思い立ち。我が町からおよそ200キロ、車で約4時間という距離を延々ドライブ。強制的・物理的に自分自身を仕事から引き離そうという作戦。
しかし、たとえ何百キロ離れたトコロに行こうが、ついつい条件反射的に吸い込まれてしまうのはナゼか書店。骨の髄まで書店員。書店員DNA。しかし、現実逃避をそもそもの目的としておりますゆえ、
「さあって、今日は仕事抜きで気楽に本屋探索でもしてみるか」
と普段がんじがらめに掛かっている書店員のタガをはずした丸腰状態にて、通りに面したとある書店にぶらりと立ち寄ってみたのでございます。
ございますが......、いざ、店に一歩足を踏み入れますと、否応なしに目に飛び込んでくるもの、それは、平台に3面にも4面にも山積みにされた『13歳のハローワーク』やら『バカの壁』やら『世界の中心で、愛をさけぶ』やら...... etc. でありまして。おいおいおい、一体ウチの店の何倍積まれておるんじゃぁ〜。ももももしかして、ウチの注文分が「調整(と、いう名のぶん取り)」されてこっち廻っとんじゃあるまいか?? などと完全疑心暗鬼に陥る私。これだけでなく、あっちの棚に行ってもこっちの棚に行っても、「無いハズのものがこんな所に」とショックを受け愕然・しょんぼりとなってしまう哀しき休日の書店員。しょんぼりとうつむき床に目をやりますと、そこには"スリップ"(本に挟まれている長方形のカードのコトでございます)が落ちておりました。んでまた条件反射的にそれを拾ってスリップの"身元捜索"を始める休日の書店員。だってコレが挟まっていないと返本できないからさ、とばかりに必死になってそれが挟まっていたと思われる本を探し、コレだ! と見当をつけて今度は抜け落ちないようにと、一番後ろのページにそれを挟みこむのでございます――ヨソの店だと申しますのに。そして今度は多数の人々の立ち読みによって"帯"がズレ上がっていたり、"スリップ"が飛び出していたりするものがどうにも気になり身悶え......。だからヨソの書店だと申しますのに。
ベストセラーの棚を見るのは精神衛生上ちっとも良くないわ、と思い、今度は雑誌コーナーへと移動。しかし、今度は平積みの乱れが気になって気になって仕方がないのでございます。平積みの四隅が揃っていないのがどうにも身悶えしそうなほどに気持ち悪く、せっせとキレイに積みなおす休日の書店員。あらら違う雑誌が上にかぶさってるよぉ〜。コレじゃお客さん見つけられないよぉ〜、なんて思いながら。おいおいおい、「2ちゃんねるプラス」をテレビ雑誌のところに置くなよ! いくらタイトルに"ちゃんねる"付いてるからってさ。もう今すぐにでもパソコン雑誌の棚に持って行きたいという衝動を必死でこらえ(そりゃあ一般のお客さんが棚移動なんぞしていたらタダの不審者だしさ)、もう平台を見るのは厭じゃとばかりに雑誌棚に目をやりますと、今度は一体どういうマガゴトか、「5月号のすぐとなりに3月号が!」。なぜか抜き取れずスルーされた哀しき雑誌。早く抜き取らないとショタレる(不良在庫化する)よ! いっそのこと抜き取ってバックルームの返本置き場においてやりたい衝動を必死で抑える休日の書店員。ああ、棚がギッチギチで無理やり詰め込んでいるから一回出したら戻せないし。
でもって周りを見渡せば、本の上に荷物のせてるヤツ、本の上に肘付いてるヤツ、床に座り込んで読んでるヤツ、雑誌の中身をケータイでパシャパシャとなんの躊躇もなく撮ってるヤツ......。そんヤツ・ヤツ・ヤツの嵐に、何でここの店員は注意しないのか! と訝りつつ一人一人注意して廻りたい衝動を必死に抑える休日の書店員。
もう精神的にズタズタボロボロ・疲労困憊しきった私は、心を和ませようと子供向けの絵本コーナーへと移動しましたが、そこで見た光景は......。
ああ、おガキが絵本かじってヨダレでデロデロ! ああ、こっちのおガキは平台よじ登っとる。スリップは無残に抜け落ちお子様ではなくスリップが迷子状態。一体全体母親はナニやっとる? とあたりを見ますとあろうことか、コドモ「放置プレイ」して一心不乱に井戸端会議中。それもベストセラー平台完全包囲して......。
と、今度はコミックコーナーの辺りから「ビリッ」という何かが引き裂かれるような音が。何事かとコミックコーナーへと行ってみますとそこには無残にもビニールを引っぺがされたコミックが投げ捨ててありました。そして、『こち亀』の棚が一段分ポッカリと空いておりまして。ん? オトナ買い? それとも、ももももしや万引き?? どっちにしても補充しないといけないんじゃない?? と、必死にストッカーの引き出しを開けたい心境を抑える休日の書店員(いい加減くどい?)。
その時、自動ドアがバタッという音とともに開き、一人の男性客が入ってまいりました。レジのバイト君はお約束通りに
「いらっしゃいませ〜」
と声もさわやかに挨拶をなされました。そこまではよかった。よくあるごくごく普通の書店店頭風景でございます。しかし、しかし私はあろうことか、自分もこの書店内のお客の一人だっつうことをすっかり忘れ、条件反射的にあとに続いて
「いらっしゃいませ〜」
と、やってしもたのでございます。自分自身でもみるみるまに顔が赤らんでいくのが手に取るようにわかるのと同時に、ああどっか穴があったら入ってしまいたいわぁ〜、といういたたまれない心境になりまして。店員が言うのはごくごく当たり前・義務とも言えるこの言葉、しかし前後左右360度どこからみても一般ピープルのお客がこれを言ってしまうと珍奇この上ないですわ。っつうかコレって、書店員のみならず、サービス業従事者ならみな一度は踏んだ、もしくは踏みそうになったコトがある危険な地雷ではないんでしょうか? 今日もコンビニのレジでお弁当温めてもらいながら、あるいは美容室にてシャンプーしてもらいながら、「いらっしゃいませ〜」
などと自爆している書店員やその他サービス業従事者は日本のどこかしらにいるのでございます。
せっかくの休日を満喫し、普段の業務でたまった心の垢を落とそうとしているのに一旦書店という空間に入ったら「ケ」の世界に帰ってきてしまう哀しき書店員。もう何というか「現実逃避でハワイに逃げ込んだら日本人ばっか」という心境でございます。つうか逃げ込む先を根本的に間違えております。書店員体質ゆえの哀しき性とでも言っておきましょうか。