連載:「トホホ書店員はホンと年中無休」

第6章 書店から見たあのベストセラー


3.日本全国でなぜか企業研修が増加? 『チーズはどこへ消えた?』

今となっては、この本自体「どこへ消えた?」という感じでございますが、私の書店員生活の中で、この本ほど入荷の為に考えられるあの手この手を駆使したモノは恐らく無いでしょう。とにかく、
「ベストセラーとは肝心なときに書店店頭で品切れしている本である」
という私的理論を見事な位に体現しているものは、この本の右に出るものはナシ。まさに「ザ・品切れ キングオブキング品切れ」という感じでありまして......。思い出しただけでもあの悪夢の日々がプレイバックしてくるのでございます。
ああ、とにかく店頭に平積みされている時間よりも、ポッカリと穴が開いている時間のほうが圧倒的に長かったと申しますか、とりあえず無いことでそのありがたみを倍増させていたとしか思えないのでございますが。もしかしてどこかから意図的に操作していませんでしたか? 扶しろまる社さん。そんな悪態の一つもつきたくなりますわ。

ええと、この本はいわゆる翻訳書でございまして、まあ内容をズバリ一言・四字熟語で要約しますと、
「変化対応」
これに尽きると思われます。なんか昨今のビジネス書に多く現れるキーワードでございまして、ハナシの設定などが日本人の感覚にマッチするかはともかく、この状況変化のスピードがめまぐるしく変わる激動の時代、多くのビジネスマンのハートをキャッチ(ああなんとも恥ずかしいフレーズ)し、またたくまにベストセラーへ。

先ずこの本はビジネス書をとにかくよく読む層のお方が飛びつきまして。ひと括りに言ってしまうのもなんとも乱暴なハナシではありますが、「トップ経営者」の皆様。すなわち「プレジデント」でしょうか(ムリに英訳しなくてもよろしい)。で、先に挙げた「変化対応」というキーワードが彼らの心の琴線に触れまして、さらにその読みやすさ――30分もあれば読破可能――もあってか、
「社員皆、この本を読みなさい」
というトップダウンが全国のあちこちで下されたのでございます。つまり、全国のあちこちの企業で、『チーズはどこへ消えた?』購入指令が発動されたようなモノ。全国のビジネスマンが書店に殺到し、店内に入りきらないビジネスマンは怒り、暴動が勃発。そして店内では『チーズ』を求めるビジネスマンが押し合いへし合いし、将棋倒しとなり多数の負傷者が出た模様......、というのは真っ赤なウソですが、まあとにかくものすごいスピードで『チーズ』は書店店頭から姿を消したのでございます。

さて、ここからが問題。ベストセラーなんだし、どうせ品切れしてもまた沢山入荷したんでしょ? と皆様お思いでしょうが、さにあらず。ここで「ベストセラーは云々」の問題が。とにかく売れ売れの品切れ状態。書店店頭ではお客様からの問い合わせや、注文依頼が殺到。それは私の店でも例外ではなく、つうか一日に一体何件対応したのやら、という位「チーズ、チーズ、チーズ」で辟易しておりました。この出版不況の折、出版社は重版に対してはホンとにシビアでございまして、「重版検討中」なんてことも多々ございます。書店員としては検討などしとらんでとっとと重版しておくれ! と、思わずにいられないのでございます。
さらに、出版社に注文の電話をしようにも、繋がらないのでございますよ! 電話が。掛けても掛けても
「ツー・ツー・ツー」
の繰り返し。
「オマエは発売開始日の午前10時の"チケットしろまるあ"かよ!」
と心の中でツッコミ。
いや......、そんなツッコミ入れている場合ではなく、本当に繋がらない。やっとの思いで繋がったと思いきや、こちらの注文希望数は反映されず......。注文時に版元に申告する希望数というモノは、えてして「夢物語」でございまして、まあ私も望みは叶わぬとは思いつつも、電話口で「200冊お願いします!」などと懇願するのでございます。そんな希望数なぞ全く聞く耳ナシ! 事務的にスルーされてしまうのが書店業界。結局入荷してくるのは「10冊」。ガキの小遣いかよ! これでは予約分すら補いきれないという寒々しいありさま。

ならば、電話のみならずFAXも使って扶しろまる社を包囲していこうではないか! というワケで今度はFAX注文作戦を発動。通常の補充注文ではなく、客注という形で、いかにこれを待ち望んでいるお客様が多数いるか、ということをとにもかくにも版元にアピールせねばとばかりに、実際に予約されているお客様の氏名を列記し、さらにはサクラとして店に勤務しているスタッフ全員に名前を書かせ、そしてそしてさらには親兄弟・親戚・友人知人の名前まで発動という大変大掛かりなモノへと発展したのでございます。これはどうやらどこの書店でも考え付くものらしく、実際の効果はといえば......。まあ、やらんよりはマシ、という程度のモノでございました。

そして、最終兵器――これは取次の営業担当がオフレコで入れ知恵してくれたのでございますが。どういうモノかと申しますと、「社員全員チーズを読め」という会社命令が発令されている企業が増えている、という状況を踏まえ、どこかの会社の一括購入というカタチで注文してはどうか? というコトで、グッドアイデア! と思った私は早速後輩が勤務している会社名を使用し(モチロンその後輩には話を通しておきましたが)、そこの会社で研修のテキストとして使用するので、付きましては100冊どうしても必要、至急送品されたし。といった内容のFAXを出版社へと送ったのでございます。
これが効果テキメン! キッチリ希望数通り100冊「チーズ」が詰まったダンボールが!! 開けた瞬間そのあまりの神々しさに思わず拝んでしまいそうになったのでございます。どうやらこれも全国の書店で同じコトを考えられたのではないかと思われます。きっと全国で「チーズはどこへ消えた?」をテキストとした企業研修が大量発生したことでございましょう(実在・架空ともに)。

そんなこんなでポッカリと穴が開いた平台のチーズ専用指定席にその神々しきチーズをドーンと積み上げたかと思いきや、なんてこったい! まるで雪だるまに熱湯をぶっかけるかのごとく、見る見るウチに低くなっていくチーズの山、私はその顛末を
「あれれ......」
と、ただただポカーンとして眺めるばかり。その平台指定席が
「ある・ない・ない! ある・ない・ない!」
という状況がしばし続きましたが、ここで次なる展開へ。

『バターはどこへ溶けた?』(道出版)なる本が発売。いつかはきっと出てくるだろうとは思っておりました。おりましたが......。版型も厚さも表紙のデザイン・紙質もソックリ。これはあまりにも露骨すぎやしませんかお兄さん! などと思いましたが、いや、本家チーズが入ってこないならこれでもいいや、背に腹は変えられん、とばかりにチーズの指定席にバターを平積み。「品切れ重版検討中(だからぁ〜悠長に検討している場合じゃなかろう!)」でご不在の本家を尻目に着々と売上をのばす『バター』。瞬間最大風速ではございますが、私の店で一時期は本家『チーズ』よりも売れまして(検討している場合ではございませんぞ!)。

で、長い長〜い検討の末、やっとこさ本家『チーズ』が入荷。平台に仲良く並んだ『チーズ』と『バター』。こうして並べてみると、その滑稽なまでのソックリさかげんに苦笑いする私......。コンセプトは全く正反対なのでございますがね。
そして、そのあまりにものソックリさ加減から、『チーズ』の版元扶桑社に
「『チーズ』と間違って『バター』を買ってしまった」
というクレームが殺到したらしく(つうか、ナンボナンデモ間違えるかあ?)、でもって扶桑社が「『バター』販売差し止め仮申請」などという事態へと発展。
まあ、書店員的立場で申しますと、
「売れるときにチャンと重版していれば良いものを」
そう思わずにはいられないのでございます。そんな喧々諤々が繰り広げられている間、おこぼれ頂戴とばかりに『チーズはここにあった』、そしてもはや乳製品シリーズではダメだと思ったのか『あなたならどうする?』、『ひまわりの種はだれが食べた?』、さらには『"チーズはどこへ消えた?""バターはどこへ溶けた?"どちらが良い本か』などといった、一見傍観者的なクールさを気取った、実は単なる便乗本が湧き出してまいりましたが、悲しいことに彼らは完全に無視されておりました。

その後、チーズは帯を色々と変え、ビジネス客のみならず
「この本は女性向け恋愛エッセイです」
とばかりに何食わぬ顔をして棚一面桜色の女性向けエッセイの棚へと進出したのでございます(って、置いているのは私でございますが......)。ただ、そのあまりの薄さゆえ、棚を目で追い探しながら、「どこへ消えた?」などと思ってしまうのでございます。あったあった、あんまり薄いから気が付かなかったわ。

生粋の平積み仕様でございます(意味不明)。



AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /