第6章 書店から見たあのベストセラー
2.店内での入力おやめください! 『ケータイ着メロドレミブック』・その他着メロ本
最近のケータイは何と申しますか高機能化はとどまる事を知らずに進む一方でございまして。カメラ機能なんぞは付いていて当たり前。しかもそのスペックたるや、100万画素! などという驚愕の、まさに本家デジカメ商売あがったり、というレベルにまで進化して来ております。いや、商売あがったりはデジカメ市場のみならず、書店もでございまして。
というのも最近、カメラ機能があまりにも高性能化したためか、本の中身をデジカメで撮っていく、などというケシカラン輩が増えてきております。しかも、筆記用具持参によるメモ行為などというあまりにもストレートな、逃げ場のないあからさまな行為と比べ、ケータイの場合、
「いや、ただメールしていただけですけど」
などといわれると、こちらは全く打つ手なしという体たらく。これからもカメラ付きケータイの高性能化に比例して、このような「デジタル万引き」つうもんは増えてくるのでございましょうか。とほほ。
しかし、昨今のケータイを見るに付け、あれはもうすでにカメラ付きケータイではなく、「電話機能付きデジカメ」なんではなかろうか? という気さえしてまいりますが、いかがなものでございましょうか皆様?
さて、前置きが長くなってしまいましたが、本題はカメラ機能ではなく、このおかげですっかり陰が薄くなってしまった、というかすっかり市民権を得て、もはや水か空気のような存在となってしまった「着メロ」、そして着メロ本周辺の書店事情というのがこの節のテーマでございます。
一体全体何年前くらいかは忘れてしまいましたが、まだケータイの着信音が無機質な「ピロピロ音」が主流だった頃、NTTドコモから発売となった「206シリーズ」というのがございました。これが画期的なことにデフォルトで用意されている着信メロディの他に、自分でオリジナルのメロディを入力・作成できるという機能が付いておりました。とはいっても味気ない電子音しかも単音でワンフレーズ程度しか入力出来ませんでしが。だがしかし、自分で好きなJ−POPのサビ部分を耳コピして、そこから譜起しして......などという芸当が出来るお方なぞそうそういる筈もなく......。世間の皆様はこの画期的機能をもてあましておりました。
そこに目を付けたのが双葉社。記念すべき? 着メロ本第一号『ケータイ着メロドレミブック』が発売となりました。
我が店にも、実用書としては比較的多めな配本でございましたので、とりあえず平積みを、と思いましたが、はて? これはどこにおいたらよいものやら、私は頭を抱えました。実用書コーナーに園芸書や冠婚葬祭の本たちと一絡げにしておくのもなんだし、かといってコンピュータ書とはまた違うし......。などと悩みに悩み、そして私は「ええいままよ」とばかりにそれらを新刊書コーナーにどんと積みました。重厚長大なハードカバーの文芸書に囲まれたカラフルでファンシーな着メロ本のその浮きっぷりはあまりにも滑稽で、私はしばし頭を抱えながらその日の業務をこなしておりました。
おりましたが、ほどなくして一人の若者がレジへとやってまいりました。手にしているのは「ケータイ着メロドレミブック」。ああ、早速売れたかなどとノンキに構えておりますと、あらら、来る人来る人手にするのは「ケータイ着メロドレミブック」(以下いちいち書くのはメンドくさいので"着メロ本"とします)。
さらに今度は問い合わせの波が続々と。しかし、今現在こそ「着メロ本」という呼称は市民権を獲得し、このヒトコトで通じるものの、この立ち上がり段階と来たら、お客様もなんと問い合わせしたらよいものかさっぱり要領を得ず、
「あの〜あれだ、あれさ! なんつったっけ? あれあれ! 携帯電話の着信音にメロディ付ける本ってある?」
などといったまさに急がば回れ歩道橋とでも申しましょうか、非常に長い迂回路を経由した、雲をもつかむような薄ぼんやりとした曖昧な問い合わせが展開されたのでございます。ああじれったいわ。
そんなこんなで「着メロ本」は平積みするも即日完売。すぐに重版がかかりまして追加分が入荷となりましたが、入荷しては即完売、入荷しては即完売の繰り返しをしているウチに、お客様にも「着メロ本」という呼称はだいぶ浸透いたしまして、やっと日々の業務もスムーズに行えるようになってまいりました。
で、ベストセラーとなりますとお約束のごとくに便乗本が続々と出てまいります。もちろん本家も第2弾、第3弾と、続編を続々と発売。増える増える着メロ本。そして売れる売れる着メロ本。まあ、その売れるコト自体は大変結構、むしろよろこぶべきなのではございますが、ここから新たな悩みの種がふたつほど......。
まず、ひとつめは置き場所確保をどうするか? つうもんでございます。なにぶん新顔でございますので、ここまで増殖された日には一体全体どうしたらよいものかしらん? などとワタクシ頭を抱えました。で、結局とどまることを知らないネズミ算的増殖着メロ本のために専用の平台を用意するハメに......。
ふたつめ。着メロ本の購入者の裾野が広がるのと同時に増える増える
「これは私の携帯にも対応しているのかね?」
という問い合わせ。知らん、そんなん自分で調べろといいたいところですが、それを言っちゃあ書店員失格。しかししかし、イチイチイチイチ、
「ああ、お客様の携帯は203シリーズなので対応してませんね〜」
などといった説明をするのにすっかり疲弊しきったワタクシどもは、なんとか対応機種一覧表を作るというコトで、この問い合わせ地獄から逃れることができたのでございます。
しかし、それ以外にも、つうか最大の問題が発生。ふたつと書いておきながらみっつあるではないかというのはさて置き、何かと申しますと、そう、買わずにその場でガッという音がするくらいに本を開き、もう一方の手でポチポチポチポチ......。店内でタダ入力する輩が大量発生。注意すれども注意すれども一向に減る兆しはなく、業を煮やした私は店頭の着メロ本すべてにビニールを掛けてしまいました。
「それでは一体なんの曲が載っているかわからんではないか」
ハイハイその通り。しかし、そんなコトなど二の次なくらいに状況は切迫しておりました。全部にビニールを掛けたうえ、さらに陳列場所をカウンターまん前へと移動という二重の厳戒態勢にかかわらず、今度は着メロ本を売り場の奥、死角になるような位置へともって行き、おもむろにビニールを破いてはその場で入力する者どもが続出。毎日毎日売り場奥の学参コーナーからビニールを剥かれた無残な姿の着メロ本が発見されるという体たらくでございました。もう、売り場奥から入力したてと言わんばかりのホヤホヤ着メロが聞こえてくるたびに、私は多大な敗北感を味わったのでございました。
そんなタダ入力と書店員との、長い長いまるで応仁の乱のごとき戦いが続いていた着メロ本に変化が訪れました。何かと申しますと「ハモメロ」でございます。3重から4重へと和音着メロはエスカレートを続けるに伴い、イチイチポチポチと入力するのがしちめんどくさくなったお客様は、いわゆる「ダウンロード」という方向へと流れまして、段々と着メロ本はすたれていくのでございます。
あーやれやれと思っておりますと、今度は携帯サイトの紹介本乱発が発生。URLタダ入力の輩がまたしても大量発生。
はたして書店員に安息の日々は戻ってくるのでありましょうか??