第6章 書店から見たあのベストセラー
1.すべては仕掛けられた物語 『神々の指紋』
えー皆様、数年前爆発的ベストセラーとなった「神々の指紋」という本を覚えていらっしゃいますでしょうか? 1818年に初めて発見されたハズの南極大陸が、1513年に描かれたといわれる地図にすでに書き込まれていた! はるか昔、非常に高度な文明をもった人類が存在していた、......云々の考古学を非常に興味深く書いた本でございます。
このような考古学をテーマにした本が爆発的に売れるというのは前代未聞なコトでございますので、先ずはこの本から検証――いや、検証なんてそんな理論的なもんではなく、単なる私の感想文に終始しますけど――してみようかと思います。
以前私が取次の支店に仕入れにいった時のこと。スノコの上に私の背丈ほどにうず高く積まれた何百冊もあろうかという本の山。一体何事かと近づいてみますと、それはこの節のテーマでもございます「神々の指紋 上・下巻」でありました。あまりにも唐突な山の出現に、私がポカーンとしておりますと、その山の陰から一人の初老男性が!
山の仙人か!? と思いきや、どうやらここの支店の社員でいらっしゃる模様。で、彼がいうには、
「この本、これからすごく売れるから持って行きなさい」
と。一体何の根拠があってそんなコトが言い切れるものか。一体全体アナタは何者だ? やはり仙人か? それとも修行僧か? いったいココはどこなんだ? などと、何故・なぜ・ナゼが渦巻く私の脳内。で、彼のたまわく、
「今週末の"世界ふしぎ発見"で、この本がテーマとしてとりあげられるから。で、間違いなく売れるから。持って行きなさい」
と。そこまで言うなら、と私はだまされたつもり・これも学習だとばかりに、傍らのダンボール箱にテキトーに押し込みました(あとから数えたら上下各46冊でございました)。だいいち、版元が「翔泳社」ってのがホンとに売れるのか? っつう猜疑心を一段と駆り立てるのでありまして(ココのメインはコンピュータ関連書。しかも少々マニアックで書店員として取っつきにくい)。しかも、金色と緑色で光沢こそあれ、全然勝負っけなしの無愛想な装丁。
ホンっとに売れるのか? 売れなかったらどうしよう――っつうか、翔泳社って返品出来たっけ? などといったギモンが頭の中を渦巻いておりました。
そんなこんなで週末。件の番組の放送日とほぼドンピシャのタイミングにて、『神々〜』は入荷してまいりました。しかし、各巻46冊......。これはイッキに店頭出し出来そうにもないな、と思い、私は各10冊程度を平積みにして(それでも結構なボリューム)、あとTV放送云々のPOPも――これだけ仕入れてしまった、という義務感つうか四面楚歌な感でございますので――とりあえず付けて(ポスカで手書きのえらくショボい仕上がり)、であとは天に身を任せるコトにいたしました。
その日は特に何事も起こらず、少々拍子抜けしつつもとりあえず閉店。で、次の日。朝礼、つり銭準備、その他もろもろの開店準備を終えまして、「さあ」とばかりに入り口ドアを開けますと、開けたトタンに一人の中年男性が駆け込むように入ってまりました。そして、彼は何の迷いもなく一目散にわき目もふらずに「文芸書新刊コーナー」へ。
彼は「神々の指紋」上下巻をむんずとツカミ、そして例によってわき目もふらずカウンターへ。会計が済むとダッシュで帰っていきました。
開店直後の一瞬のつむじ風のようなデキゴトに私が呆然としておりますと、次から次へと入ってくる人、入ってくる人、「人・人・人......」わき目もふらずに新刊コーナーへと一直線そして手には『神々〜』が。
ドンドン低くなる『神々』の山。私は仕入れたありったけの『神々〜』をすべて出し切るも、そら恐ろしいスピードで山は低くなり、そしてレジでは
「神々・神々・神々っ」
「神々・雑誌・神々っ」
という展開となっておりました。46の神々はあっというまに我が店からいなくなり、そしてその後は、
「『神々の指紋』ないんですかぁ?」
と訊かれまくりでございました。もちろんその後は
?@「問い合わせ殺到・注文殺到」
↓
?A「版元に注文」
↓
?B「入荷するもすぐ売り切れ」
↓
?C「?@にもどる」
のループ。いつものベストセラーの王道パターンをゆくのでございました。そして私はことあるごとに
「ああ、取次に積まれたあの山を全部仕入れていたら、今頃は左うちわで優雅な書店員ライフをエンジョイ......」。
などとヨコシマなことを考えてしまうのでございます。
あのTV放送翌日の売れっぷりを見るにつけ、何か私は「仕掛けられている」と思わずにいられませんでした。開店直後にわき目もふらずに駆け込む皆様。まさに著者、出版社、そして番組制作、あ、あと取次の仙人の思うツボではなかったのかと。まあ、本自体の興味深さという部分も認めますが。絶対ゼッタイにこういう展開になるということを確信していたとしか思えません。ひとことで言い表すと、
「予定調和」
そんな感じでございましょうか。
それにしても、あの日取次にいた山の主。アナタはホンとに何者だ。16世紀にすでに南極大陸を発見したのはアナタか?
そんな私もこの予定調和・壮大なる『神々の指紋』物語の中の一人だったりもするのでございます。