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【特別寄稿】さあ、ここから始めよう。認知症は終わりではない。

竹内千仙(東京都立北療育医療センター脳神経内科)

人間は誰でも、年を取る。

これはまったく当たり前のことであるのだが、当たり前すぎるせいで、時として完全に見過ごされている。現代はかつてないほどの高齢社会に突入しており、超高齢社会と表現されている。その中でさまざまな障害のある人たちの寿命も伸び、彼ら自身も高齢化に伴う諸問題に直面することとなった。よく知的障害のある人たちは、その雰囲気や見た目の若さから、成人後も「〇〇ちゃん」と子ども時代と同じように呼ばれることがあるが、これは本当は望ましくない。親しさの表現と、子どものように扱うことを混同するべきではない。成人したら親は保護者ではなく、彼らもれっきとした大人である。

それはさておき。

超高齢社会において、認知症の問題は非常に大きな社会的関心となっている。認知症とは、「様々な知的・精神機能が、日常生活や社会生活に支障をきたすほどに持続的に障害された状態」であり、加齢に伴う脳の機能低下(=老化)とは明確に区別される。認知症はそれ自体がひとつの病気ではなく、最も多い原因はアルツハイマー型認知症で、認知症全体の約6〜7割を占めている。メディアには毎日のように認知症の患者さんの介護問題などが登場し、さらにアルツハイマー型認知症に対しては、少しずつではあるが治療開発が進んでいる。しかし知的障害のある人の認知症については、これまでほとんど語られていなかった。知的障害のある人たちも認知症になることは事実であり、その中で最もリスクが高いのはダウン症候群のある人たちである。語られていなかったことは、問題がないことを意味しない。単に語られるべき場がなかったのかもしれないし、むしろ問題がありすぎて、語るべき言葉を失っていたのかもしれない。

本書ではまず脳の構造や大脳の各領域の説明から始まり、認知症の原因となる実際の病気について詳しく解説されている。次に知的障害のある人に対する認知症の診断プロセスについて、一つひとつ丁寧な説明を試みる。知的障害があり、かつ認知症になった本人と早期から診断を共有し、将来に向けて本人・家族との対話を続けることの重要性を強調する。さらに、生活全般にわたる診断後支援について述べ、未来の展望へと続く。本書の中で繰り返し述べられていることは、知的障害と認知症がある(二重苦とも呼ばれている)本人を中心に置き、周囲が一貫性のある継続的なアプローチをとることの重要性。しかしその一方で、どこで理想と現実との折り合いをつけるかにも目を向ける。この具体的なアプローチ方法(アウトカム・フォーカス・アプローチ)は、介護だけでなく生活全般においても極めて有用である。

さらに、認知症診断後の診断共有プロセス(sharing the diagnosis)についても詳しく解説されている。「診断共有」とは耳慣れない言葉ではあるが、認知症の診断を本人に伝え、家族や周囲の人とその事実を共有することは、今後の支援計画において非常に重要なプロセスである。本書では「気が進まないのも無理はありません」と一定の理解を示しながらも、なるべくわかりやすい方法を使って本人に病名を伝え、家族と友人の誰にこの情報を伝えるべきか、どのように伝えるべきかについても解説し、本人に対して周囲の皆が一貫したアプローチをとることの重要性を繰り返し述べている。これを我と我が身に省みると、私たち医療者は家族間での診断共有について、これまであまりにも無頓着ではなかっただろうか。「ご家族に伝えて、皆さんで考えてください」とあまりにも無自覚に強要してはいなかったかと、反省することしきりである。

本書は、知的障害のある家族に認知症が疑われたときに読む本、ではあるが、読めば読むほど医療やケアの原則は、一般の人々の認知症に対するものとまったく変わらないということがわかる。むしろ、鑑別診断の重要性、診断の共有や、認知症になった本人の権利擁護、住環境の調整や認知症マフなどの活用、認知症における緩和ケアなど、一般の介護の現場にも有益なベストプラクティスが記載されている。内容をご覧いただければ幸いである。

知的障害者の認知症については、いまだ満たされないさまざまなニーズがある。認知症になったことで、その人の人生の旅はこれまでとは違ったものになるかもしれないが、大丈夫、その輝きは絶対に変わらない、と伝えたい。

【執筆者略歴】

たけうち・ちせん。東京都立北療育医療センター内科医長。医学博士、神経内科専門医、総合内科専門医、臨床遺伝専門医。専門は、脳神経内科学、臨床遺伝学、遺伝カウンセリング。主に先天性疾患のある人の、成人後の医療に携わる。誰もが当たり前に参加できる社会を目指し、日々の診療と研究を行っている。著作に「医学的側面からみた知的障害者の高齢化」発達障害研究42巻3号(2021年)、「成人期を見据えたダウン症候群のある児への関わり」小児保健研究79巻1号(2020年)など。

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