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【特別寄稿】成人のダウン症候群のある人の老化

玉井浩(大阪医科大学小児高次脳機能研究所)

ダウン症候群はヒトで初めて記載された染色体異常で、常染色体異常の中でもっとも多いものです。疾患責任部位は21番染色体長腕遠位部21q22.2付近にあり、21番染色体が正常より1本多いトリソミー型が約95%を占めていますが、その他、転座型とモザイク型が存在します。その出生頻度は約1/600~1/800であり、母親の出産年齢が高くなるとダウン症の出生率が増加すると言われています。

症状は、吊り上がった目などの特徴的顔貌の他、筋緊張低下、精神運動発達遅滞、言語発達遅滞、先天性心疾患や消化器疾患、整形外科疾患、眼科・耳鼻科疾患、血液疾患、てんかんなどの神経疾患など、多方面にわたっています。小児期は、合併症の治療など医療的ケアがなされていることが多いですが、他方で、小学校・中学校・高校までの学生時代になると、比較的元気な子ほど医療的ケアから離れていくことが多くなります。しかし、成人期になると診療を受け入れてくれる病院も少なくなり、知らず知らずのうちに甲状腺機能低下や心不全などの医療的な問題が顕在化してくることがあります。

近年、ダウン症のある人の寿命が延伸し50年ほど前であれば2歳前後だった寿命が、現在では約60歳となっています。このため、成人のダウン症候群のある人の状況はよく知られていないことが多く、一部では若年期に抑うつ症状を示したりすることがあり、また早期の老化(アルツハイマー型認知症)などの症状を示したりすることもあります。

ここでは、2つの成人期に見られる精神・神経症状について述べることにします。1つは若年成人に見られる早期退行様症状であり、もう1つは40歳頃から始まるアルツハイマー型認知症様の症状についてです。

1若年成人に見られる早期退行様症状

ダウン症候群のある子が学校を卒業し、作業所などに通うようになったときに、それまでと大きく変わってしまった環境に適応できなくなり、動作緩慢、乏しい表情、会話・発語の減少、睡眠障害、食欲不振など日常生活能力の急激な低下を示すことがあります。

不安と緊張がベースにあると考えられ、それまで身につけてきた対応能力では対応できなくなってしまった不適応状態と考えられています。不可逆的な退行とは考えられていないため、周囲の人たちがその子の状況を受け入れ、その子の抱える不安と緊張を軽減してから、ゆっくりとできることから日々の生活の手順を示していくことで、少しずつ回復することが多いようです。もっとも、抗うつ剤などの治療を必要とする場合もあります。したがって、数年にわたる支援が必要になります。

240歳頃から始まるアルツハイマー型認知症様の症状

一般に30歳頃から運動能力が低下し始め、40歳頃から筋力も低下すると言われていて、知的能力も20〜30歳をピークに徐々に低下し、40歳を過ぎると急速に低下すると言われています。この能力の低下はアルツハイマー型認知症とよく似ていて、脳内にはβアミロイドが蓄積していくと考えられています。中には、てんかんを発症することもあり、また妄想も出現することがあり、投薬治療が必要になる場合もあります。

以前は、知的障害のある人には認知症は発症しないと言われていましたが、現在はそれ以前の能力より明らかに低下していれば、認知症の診断がされるようになりました。

1の不適応と考えられる状況にならないためには、幼児期からの生育歴の把握が重要です。新奇場面への適応が弱い子や教えられたことは記憶できるものの想像力や応用力が弱い子に多いと考えられることから、こういったダウン症候群のある人が新しい環境に入るときには、指導員に手順を教えてもらいながら、分かることやできることから始めるのが良いでしょう。

2の認知症の初期症状でも、はじめから認知症の始まりだと決めつけると対応を誤ることがあります。初期の白内障のためによく見えていなかったり、聴力が落ちてきて気づきが悪くなっていたり、甲状腺機能低下に伴い活動性が減少したりするなど、新たに発症した合併症の可能性もありますので、注意が必要になります。

小児期から成人に至るまで、さらにそれ以降も定期検診が重要で、医療的介入の必要も出てくる場合があります。しかし、大切なのは、本人が環境の変化に不安と緊張を抱かないようにしてあげること、どうすればいいかわかりやすく伝えてあげることです。その人の認知レベルに合わせた対応が必要であり、その認知レベルに応じた手立てを伝えて不安を軽減するということは、ダウン症候群のある人に限らず、知的障害のある人、高齢者に対応するときに必要なことと思われます。

【執筆者略歴】

たまい・ひろし。1953年生まれ。1979年大阪医科大学を卒業し、小児科医となる。1996年〜2019年大阪医科大学小児科教授を経て、現在、同大学小児高次脳機能研究所所長を勤めている。

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