サンゴが病原細菌を撃退する抗菌ペプチドを発見 ―温暖化で増加する感染症の予防・管理に向けた新たな手がかり―
2025年8月21日
東京大学
東京海洋大学
研究成果
発表のポイント
◆だいやまーくサンゴが粘液中に分泌する新規抗菌ペプチド「ディジティフェリン」を発見し、病原細菌に対する作用機序を明らかにしました。
◆だいやまーく地球規模でサンゴの感染症を引き起こしている病原細菌Vibrio coralliilyticusを殺菌する抗菌ペプチドは世界初の報告です。
◆だいやまーく温暖化により増加する感染症に対抗するサンゴの自然免疫の仕組みの理解を深める鍵となり、病害対策などのサンゴ礁保全の新たなアプローチにつながることが期待されます。
大潮で水面から露出したサンゴが大量に粘液を放出している様子
概要
東京大学大気海洋研究所の高木俊幸助教、井上広滋教授、青山華子大学院生(大学院新領域創成科学研究科 博士課程)、小川展弘技術専門職員、および東京海洋大学の岡井公彦准教授、石田真巳教授、福丸璃子大学院生(研究当時 大学院海洋科学技術研究科 修士課程)らによる共同研究グループは、造礁サンゴであるコユビミドリイシ(Acropora digitifera)から、強力な抗菌活性を持つ新規ペプチド「Digitiferin(ディジティフェリン)」を発見しました。このペプチドはサンゴ粘液中に分泌されて、地球規模でサンゴの白化(注1)や感染症を引き起こすことが知られる病原細菌Vibrio coralliilyticus(以下、病原性ビブリオ)を殺菌する機能を持ちます。興味深いことに、ディジティフェリンは海水よりも塩分の低い粘液中で特異的に抗菌活性を示しました。本研究は、サンゴが細菌感染から身をまもる免疫機構に関する理解を大きく前進させるものであり、地球規模で進行するサンゴ礁の劣化に対する新たな保全対策に貢献する可能性があります。
発表内容
サンゴ礁は、海洋生態系の中でも極めて重要な存在であり、多様な海洋生物に住処や栄養を提供しています。その中でも、今回の研究対象であるコユビミドリイシを含むミドリイシ属のサンゴは、造礁サンゴとして知られ、サンゴ礁の形成に中心的な役割を担っています。近年、地球温暖化に伴う海水温の上昇により、サンゴの免疫機能が低下し、病原細菌の活動が活発化することで、感染症リスクが高まっています。特に、海洋に広く分布する病原性ビブリオは、高水温下で病原性が高まり、サンゴの白化や組織溶解を引き起こすことが報告されています。しかし、これまで病原性ビブリオに対するサンゴの防御機構については、十分に解明されていませんでした。
本研究では、コユビミドリイシ(Acropora digitifera)に病原性ビブリオを感染させた際に、特に活発に働いていたサンゴの遺伝子を調べることで、新しい抗菌ペプチドを発見しました。このペプチドは、発見元であるサンゴの学名にちなんで「Digitiferin(ディジティフェリン)」と名付けました。ディジティフェリンは、サンゴから見つかっている既知の抗菌ペプチドと比較しても、進化的・構造的に新規性の高いペプチドでした。
組換え大腸菌を用いてディジティフェリンを生産し、抗菌活性を評価したところ、グラム陰性菌・グラム陽性菌(注2)の両者に対して抗菌作用を示しました。しかし、意外なことに、この最初の実験では、なぜか病原性ビブリオに対しては抗菌作用が認められませんでした。そこで、まずはディジティフェリンの作用機序を明らかにするために、静電的特性も含めた立体構造の予測と、グラム陽性菌の一種である枯草菌(こそうきん)を用いた電子顕微鏡観察を実施しました(図1)。その結果、ディジティフェリンはおにぎりのような三角形状の構造を持ち、両親媒性(注3)で正の電荷を帯びており、負に帯電した細菌の細胞膜に結合して膜に穴を開けると予測されました(図1A)。実際に、電子顕微鏡観察では枯草菌の細胞表面に変形が確認され、構造予測と一致する結果が得られました(図1BC)。
図1:ディジティフェリンの構造モデルとディジティフェリン処理後の細菌の電子顕微鏡写真
(A) ディジティフェリンの構造モデル。白、青、赤の表面はそれぞれ中性、正、負のポテンシャルを示す。
(B) 緩衝液中の枯草菌。(C) ディジティフェリン処理後の枯草菌。細胞表面に大きなくぼみが形成されて、細胞が収縮している。
さらに、ディジティフェリンを発現する細胞の組織学的特徴を明らかにするため、専用の抗体を作製し、サンゴ組織内での局在を解析しました(次頁、図2)。その結果、ディジティフェリンは海水に接する外胚葉(注4)に存在する顆粒状の上皮細胞に特異的に発現しており、そこから粘液中に分泌されている様子が確認されました。
図2:コユビミドリイシ組織切片の免疫組織化学染色
(A) コユビミドリイシの枝片。(B) サンゴ組織切片の全体像(スケールバー:200μm)。矢印はポリプの位置を示す。枠で囲まれた領域をCで観察した。(C) 抗ディジティフェリン抗体を用いた免疫組織化学染色(スケールバー:50μm)。矢印はディジティフェリンの細胞外分泌を示す。
ディジティフェリンの作用の場であることがわかった粘液を採取し、ナトリウムイオン濃度を調べたところ、サンゴの生息海域の海水の約半分であることが判明しました。採取した粘液は周囲の海水が混ざっていたため、分泌直後の粘液の塩濃度はさらに低いと推測されます。ところが、病原性ビブリオに対する抗菌活性を調べた最初の実験では、培養液に1.5%(w/v)の塩化ナトリウムが含まれていました。そこで、塩濃度が高すぎて抗菌活性が発揮されなかった可能性があると考え、低塩分条件で改めて抗菌活性を評価しました。その結果、粘液を模倣した1.0%(w/v)塩化ナトリウムを含む培地では病原性ビブリオの生菌数が有意に減少しました(図3)。つまり、ディジティフェリンは粘液のような低塩分環境で機能を発揮し、病原性ビブリオを殺菌することが明らかになりました。
図3:低塩分条件下におけるサンゴ病原細菌に対する抗菌活性の測定
縦軸は病原性ビブリオの生菌数を、横軸はディジティフェリンの濃度を示す。
同じ場所にさまざまな種類のサンゴが生息していても、病気になるのは特定の種類だけです。しかし、“なぜあるサンゴは病気にかかり、別のサンゴはかからないのか”その仕組みは十分にわかっていません。今回の研究では、ディジティフェリンに相当する遺伝子が、限られた種類のサンゴにしか見つかりませんでした。そして、これらのサンゴでは、病原性ビブリオによる感染症が報告されていません。もしかすると、ディジティフェリンは、サンゴが感染症にかかりやすいかどうか、また病気に対する抵抗力を持つかどうかに深く関わっているのかもしれません。
本研究は、サンゴ由来の抗菌ペプチドが病原性ビブリオに対して防御機能を持つことを初めて明らかにしたものであり、サンゴ免疫学の理解を深めるとともに、感染症の予防・管理に向けた新たな手がかりを提供します。また、抗菌ペプチドをコードする遺伝子の発現量は、サンゴの健康状態を示すバイオマーカーとしても応用できる可能性があるため、病気の早期診断やモニタリング技術の開発への貢献も期待されます。今後は、ディジティフェリンの発現調節メカニズムや他のサンゴ種における類似ペプチドの探索、さらには海水温上昇等の環境ストレスとの関連性などを含めた研究が進められることで、サンゴ感染症の予防・治療に向けた包括的な戦略の構築が期待されます。
研究グループ構成員
東京大学
大気海洋研究所
高木 俊幸 助教
井上 広滋 教授
小川 展弘 技術専門職員
大気海洋研究所/大学院新領域創成科学研究科
青山 華子 大学院生(博士課程)
東京海洋大学
学術研究院海洋環境科学部門
岡井 公彦 准教授
石田 真巳 教授
大学院海洋科学技術研究科
福丸 璃子 大学院生(研究当時 修士課程)
論文情報
雑誌名:iScience
題 名:A coral peptide with bactericidal activity against a global marine pathogen, Vibrio coralliilyticus
著者名:Kako Aoyama, Masahiko Okai, Nobuhiro Ogawa, Riko Fukumaru, Masami Ishida, Koji Inoue, Toshiyuki Takagi*
DOI: 10.1016/j.isci.2025.113286
URL: https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113286このリンクは別ウィンドウで開きます
研究助成
本研究は、JST ACT-X「エコプロバイオティクスによる環境適応型サンゴの創出(課題番号:JPMJAX20B9)」、科研費「サンゴ抗菌ペプチドの立体構造解析による膜作用機構の解明(課題番号:21K05768)」、科研費「サンゴは抗菌ペプチドにより共生細菌を選択するのか?NGS解析を駆使した網羅的検証(課題番号:23KJ0602)」、科研費「サンゴ共生系をモデルとしたエコプロバイオティクスの創生(課題番号:24K08657)」、科研費「「丸め込み、選別する?」サンゴ抗菌ペプチドの探索・機能解析と共生細菌との関係解明(課題番号:24K01848)」、JST SPRING(課題番号:JPMJSP2108)の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)サンゴの白化
- サンゴが共生している褐虫藻を体外へ失う、または共生している褐虫藻の光合成色素が消失することで、サンゴが白くなる現象。近年は、病原性ビブリオ感染を原因とする白化も増加している。
- (注2)グラム陰性菌・グラム陽性菌
- 細菌は、細胞壁の構造の違いによって「グラム陽性菌」と「グラム陰性菌」に分類される。グラム陽性菌は厚いペプチドグリカン層を持ち、グラム染色により紫色に染まる。一方、グラム陰性菌は薄いペプチドグリカン層と外膜を持ち、赤色に染まる。
- (注3)両親媒性
- 水になじみやすい親水性と、油になじみやすい疎水性の両方の性質を持つこと。多くの抗菌ペプチドは両親媒性を持ち、この性質によって細菌の細胞膜に結合し、膜に穴を開けることで細菌を殺す働きをする。
- (注4)外胚葉
- サンゴは二胚葉性動物であり、外胚葉と内胚葉の二層構造から体が構成されている。外胚葉は、海水と接する外側の細胞層。
問合せ先
東京大学大気海洋研究所
助教 高木 俊幸(たかぎ としゆき)
E-mail:takagi◎にじゅうまるaori.u-tokyo.ac.jp
※(注記)アドレスの「◎にじゅうまる」は「@」に変換してください
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