「火山を伝える若い世代」第4回は、防災科学技術研究所を経て今は民間の爆発研究所で勤務する黒川愛香さんに、これまでの研究や現在の仕事、育児との両立についてお話をうかがった。
黒川さんの朝は忙しい。5時に起床、4歳と2歳の子ども2人を車に乗せて保育園まで送り、8時前に茨城県内の職場に出勤する。午後4時に職場を出て保育園に迎えに行く日々。今は少し落ち着いてきたが、かつては「夜中に3回は起こされていました」。2回の出産と休職・復職を繰り返しながら研究・仕事との両立に懸命だ。「1人では無理。役割分担をしている会社員の夫と、近くに住んでいる母親の協力なしにはできません」
横浜市の捜真女学校を卒業、東京工業大学理学部第1類物理学科へ。大学を目指したころは宇宙に興味があって、入学後は物理と地球惑星科学に関心が湧いた。「物理から地球惑星科学に移ることはできるけど、逆はできない」と先輩に言われ、まず物理学をきちんと学ぼうと考えた。次第に具体的な研究対象を持ちたいと思うようになった。卒論研究では、物体を立体的に捉えることのできるステレオカメラと、自己位置推定のためのオドメトリ法を搭載した台車を制作し、自律走行ロボット用の数値Mapを作成した。画像解析する際のプログラミングの作業はエラーを繰り返し「当時は嫌だったけど、覚えたスキルが今データ解析に生きています。無駄ではなかった」。基礎的な考え方を身に付け、「こうすればできる」という引き出しを持てた経験は大きかったと振り返る。
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きた2011年3月に卒業。在学中に「やはり自然科学をやってみたい」という思いが芽生えていて、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の修士・博士課程へ。東大地震研究所の栗田敬・現名誉教授の研究室に入った。「自由な雰囲気があった」という栗田研ではユニークな企画として「ランチセミナー」があった。自身が取り組んでいる研究テーマでなくても、どんな内容でもいい。自分が興味を抱いた対象の論文を紹介し、院生同士で議論する面白い空間だった。先輩は洗髪するときのシャンプーのはね方を取り上げた。黒川さんは深海で生息するカニのことを紹介した。「研究には直結しないけど、関心の間口が広がった。1人で研究に没頭するだけではなくて、議論する楽しさがありました」
もともと火山に興味があったわけではない。指導に当たった栗田さんは「急いで研究対象を決めなくていいのでは」というスタンスだった。「栗田先生ご自身が宇宙のことも手がけるなど、研究対象が広かった。長い目で見てくださったことは私にとってありがたかった」と感謝している。
「このサンプル、測ってみたら」。あるとき、栗田さんから保水剤のポリマーを渡された。植物の花壇やおむつなどに使われており、常温では水分を吸収してゲル状となるが、高温になると保持していた水をはき出す性質がある。温度による形態の変化を「面白いな」と感じた。「この変化をマグマに例えたら」。マグマが温度によって変わることとつながるかもしれない。徐々に火山や流体、そして物質の変形や流動に関する研究分野「レオロジー」に興味を持つようになった。当初は「修士でやめる」と宣言していたが、次第に「もうちょっと、続けようかな」と思うように。
栗田さんの「とにかく海外に一回は行け」という方針のもと、修士課程でジュネーブ大に3カ月の短期留学、博士課程でフランス・リヨンの高等師範学校で3カ月、実験などに携わった。語学はもともと好きで「中高でもアメリカへのホームステイなどの経験から、英語で海外の人と通じる楽しさを感じていた」という。ジュネーブ大では、岩脈を模した大型実験装置を使って、水飴に気泡や水を入れる量を変化させて実験を繰り返し、岩脈中のマグマ流動を再現した。リヨンでは超音波を使って流れ場を可視化する装置で実験、一部が流れて一部は不安定に止まったり流れたりするような変化を分析、博士論文に生かした。実験結果を見ながら、「なんでこうなるんだろうね」という議論が楽しくて仕方がなかった。
マグマレオロジーに関する研究は多いが、物理学の視点から見ている人は世界的にも少ないと感じている。そして、定常状態のマグマレオロジーよりは定常状態になる前の段階、非定常・非線形のレオロジーに関心がある。「マグマも非線形で共通している。きれいになる前の複雑な段階のレオロジーに注目しています」。ゆっくりとした時間の変化に伴う現象であるエイジングに興味を抱いた。「放っておくと挙動が変わる。マグマの流動に影響するのではないか」。博士論文の素材はコロイドゲル、「まとまりたがり、エイジングする」アナログ物質だった。
マグマの挙動を、違う視点から捉えてみたい。こうした関心は16年4月に防災科研で契約研究員として入職してからの約7年間も続いた。マグマの流動が関与しているとされる火山性微動の起源に、レオロジーがどのように関与しているのかも突き詰めてみたかった。
防災科研では大学院時代からのマグマレオロジーに関する実験に加え、空振にも取り組んだ。火山で地震が生じると地震計と同時に空振計も揺らす。一方で、火山で空振が起きると地面を空振がたたくので地震計に変化が出る。どちら由来なのか、分からないことが多い。アクティブな火山島、硫黄島を対象に気象庁の地震計や空振計から、実際はどちらに近いのかを検出してみた。空振計のデータを伊豆大島や三宅島で丁寧に見たら、火球や隕石のシグナルがきれいに捉えられているのも興味深かった。研究の過程で、硫黄島には「私たちから見えている島は山頂のごく一部だが、一年に数十センチ隆起し続けている、面白い火山だな」と魅せられた。「実際に火山という対象を見られるのは大きかったですね」。波形をつぶさに見ていく作業は「今の仕事に生きています」。