会期終了日:2023年5月17日
マスク着用の要請も解除され、やや快適になった生活で、街は数年前の状態を取り戻しつつあるようだ。桜が見頃を迎える春の京都は、国内外からの観光客や花見の客で格段賑わっているように思える。そのような情緒ある季節に京都の街中で開催されているのが『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』である。
本展は国内で開催される写真展として毎年注目を集めており、11回目の今回は「BORDER=境界線」がテーマとなっている。特筆すべきは、魅力的な会場と展示の多さで、Webで公開されているマップには烏丸御池・京都文化博物館を中心として東西南北に無数のピンが打たれている。1日では到底まわりきれそうにないが、巡る会場の決定が委ねられる点、行きたい展示をピックアップする楽しみを味わうことができるだろう。
どう巡ろうか悩んだ末、筆者は京都河原町駅から烏丸駅、烏丸御池駅と東から西へ移動し、最終目的地を二条城に設定して展示をまわり、メインプログラムを辿りながら途中の道に点在する『KG+』を鑑賞した。
京都河原町駅を南へ進み、メインプログラムの場所へ向かう途中で黄色の旗『KG+』の目印が見えた。hakuギャラリーというこの場所ではファッション誌や広告の分野で活躍する横浪 修の個展『Assembly』が行われている。同じ格好をした複数人の姿を撮影したシリーズと、その人々の残像を捉えるシリーズが展示され、シンプルな構成による画面の余白と鮮やかだが無駄のない色合いが美しかった。
西へ進むと、メインプログラムの目印である赤色の旗が見えてきた。昨年2月にオープンしたばかりのカフェ&ギャラリー世界倉庫だ。ここではデニス・モリスの〈Growing Up Black〉シリーズが展示されている。音楽業界のフォトグラファーとして活躍する彼だが、この展示ではそのアイデンティティ、1960年代のイーストロンドン、カリブ系移民の生活に焦点を当てている。
本展では家庭の写真が多く見られたが、その中でもサンタクロースの格好をした子どもが壁にもたれかかっている写真は、画面右奥で賑わう人々との対比がなされており印象的だった。展示の終盤ではソファやテーブルの置かれた部屋にファッションを楽しむ姿を撮影した写真や家族の写真が立てかけられており、生活をありのままに捉える作品に微笑ましい気持ちをおぼえた。
世界倉庫を後にし、さらに西へ歩くうちに烏丸駅に到着した。足の疲労を感じて駅近くのカフェで休息をとり、スマートフォンで午後1時の表示を確認するとすぐに腰をあげて出発した。
烏丸駅を北へ、次の目的地の京都芸術センターでは、入り口の両脇にある赤い旗と黄色い旗が迎え入れてくれた。ここで行われているのはメインプログラムの『World Press Photo世界報道写真展』と、3つの『KG+』。その中で印象的だったのは小池 貴之の『Домой – シベリア鉄道 -』だった。鉄道の座席の狭いテーブルを囲みながら食事する人々や、窓の外を眺める老人の写真など、シベリア鉄道でロシアを旅した彼の記憶をモノクロ写真でたどる。戦争というイメージが塗り替えられていくような印象を抱いた。
京都芸術センターを北へ進むと、誉田屋源兵衛という代々受け継がれてきた帯屋がある。メインプログラムのその場所では3人のアーティストの展示が行われていた。
案内に沿って初めに石内 都と頭山ゆう紀による二人展『透視する窓辺』を鑑賞した。展示の背景には写真を通して亡き相手と対話するという共通の思いがある。石内 都のシリーズ〈Mother’s〉は自身の母親の遺品を撮ったシリーズである。使いかけの口紅や髪の毛の絡まったヘアブラシといった遺品の写真からは、静かな空間に光が差し込む様子と相まって、過去の時間が物に宿っているように感じた。頭山ゆう紀のシリーズ〈境界線13〉は主に風景の写真で構成されている。路地や住宅街に差し込む優しい光からは、誰しもが持つような、鮮明には思い出せないが大切にしたい記憶の断片を思わせた。
二人展の出口を出て左側、そのさらに奥に山内 悠の『自然 JINEN』の会場がある。このシリーズは、9年にわたって屋久島に通い、毎回単身で森の中で過ごした経験から生まれた作品である。光の入る一瞬の時間と自然との出会いが写真におさめられ、一つひとつの写真がその瞬間でしか撮り得ない神秘さがあった。黒いカーテンがかけられた部屋では、先程までの昼の空間とは違った夜の空間が広がっている。ライトアップされた巨木と対照的に背景は暗く、最初に見た屋久島の自然とはまた違った雰囲気があり、その光る巨木に意識が没入するような感覚を覚えた。螺旋階段を上った先の会場では、永田岳の頂上付近で撮影された3点の作品がひそやかに展示されており、壮大な環境の先にある儚い自然の一部を見たような気がした。
誉田屋源兵衛を東へ進み、京都文化博物館へ向かう。そこではメインプログラムの中でも特に注目されている、マベル・ポブレットの個展『WHERE OCEANS MEET』が開催されている。キューバのアーティストである彼女は、写真やミクストメディア、ビデオアートを用いて「水」と「海」、そして「移民」をテーマに〈MyAutumn〉〈Homeland〉〈Travel Diary〉と、ビデオインスタレーション《SUBLIMATION》を制作している。
展示の最初を飾るのは〈MyAutumn〉シリーズの三作品。正方形に切り取った小さな写真を丁寧にピラミッド型に折り、並べて、大きな丸を形どり、その形を二層に重ねて作品を作り出している。視界に不自由が生じる海の中を見ているようで、作品の向かい側にある鏡は鑑賞者と作品の関係を表しているように感じた。
広い展示会場の中央には、インスタレーション作品《ISLAS》がある。小さく切り取られた写真が何枚も連なって上から吊り下げられており、小さな海の写真の裏側は鏡になっていて鑑賞者の自分が映る。水面を反射する光にも思える鏡の存在が、鑑賞者を映し出すことでそれだけではない意味を持っているようだった。このインスタレーションを囲むのは柱を型どった壁であるが、その壁の外側では〈HOMELAND〉シリーズが展示されている。円状の作品で装置によってゆっくりと止まることなくまわり続けているのを眺めながら、ゆっくりと波打つ海の姿や水の感触を想像した。
青のグラデーションをかけたキャンバス5枚を並べ、そこに何百もの小さな花をピンで留める作品《NON-DUALITY》。「移民たちの船出の幸運を祈って海をつかさどる女神に捧げる供物」という彼女の言葉から考えられるのはキューバとアメリカの関係性や昨年フロリダにキューバ移民が到着したニュースだろうか。直接的に移民を扱った作品はこのシリーズだと思われるが、制作の動機よりもやや爽やかな作品におさまっている印象を抱いた。
最後に二条城へ行こうと地下鉄東西線に乗り込む。時計の針は4時前を指しており少し不安になるが先を急ぐ。二条城駅に到着後、早速会場へ向かうが、遠くの方で観光客が二条城を前にたじろいでいる様子が見えた。
結局、この日は二条城に入れなかった。4時で入城終了ということを失念していたのである。KYOTOGRAPHIEは展示会場が多く、開館時間はそれぞれ異なる場合があるため事前に確認することが吉ということを学んだ。この日は諦めて帰路についた。
やっと行けたその日は生憎の雨模様だった。少し薄暗い雰囲気の城内を進み展示会場を目指す。二条城では写真家である高木由利子の「PARALLEL WORLD」が行われている。東京都現代美術館で開催されている『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』のために撮影された写真だけではなく、民族衣装を日常生活で身に纏う人々を撮影した作品も展示される。
会場に入って間もなく、民族衣装を纏う女性と現代ファッションを纏う女性の二者が横並びで配置された、天井まで届くほどの大きな写真に迎え入れられた。同時に存在するさまざまな世界観というものがこの写真から見えてくるように感じた。
階段を登った先の広間では、障子によって作られたパネルに配置された写真が前後交互に並べられている。前方には現代ファッションの写真、後方には民族衣装の写真が配置され、鑑賞者はその間を自由に歩くことができる。これらの写真を行き来することでそれぞれの衣服が同じ時間にあることを思わせられた。
奥の部屋では写真に自らの手でモノクロ写真に彩色する試みを行った写真や、世界各国でのアートワークが展示されていた。モノクロの写真が数多く展示されている部屋では小窓のような場所から雨の音が会場に入り込んでいる。静かな場所の雰囲気と調和して風流のある光景が広がっていた。
予定していた会場をすべてまわり切ることができたが、他にも行きたい展示がある。これだけの作家が集まる祭が1ヶ月で終わってしまうことを心惜しく思うが、全てを見ることができないというのもまた醍醐味なのだろう。メイン会場はもちろんだが、気軽に立ち寄り鑑賞でき、多種多様のメディアを用いた表現が数多く見られる『KG+』も見どころが多いと感じた。
本展を振り返り、敷居が高いと感じていた写真の分野に一歩近づくことができたように感じられ、国や他者などの境界を写真というメディアを通して考えることができた。今回行くことは叶わなかったが、姉妹イベントでミュージックフェスティバルKYOTOPHONIEが開催されている。分野を横断するというディレクターの新たな挑戦が見られ、「境界線」というテーマが具体性を帯びているように感じた。来年のKYOTOGRAPHIはさらに進展したものになると思われるが、どのような試みがなされるのかとても楽しみである。
総合芸術学科3回生 大城咲和
〈展覧会情報〉
『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2023』
会期:2023年4月15日(土)〜5月14日(日)
会場:京都文化博物館、誉田屋源兵衛、京都芸術センター他 京都市内各地
Webサイト:https://www.kyotographie.jp