1. GCMRの成り立ち
GCMR(以下、当センター)では感染症法における特定病原体等を含む高度病原細菌から日和見細菌までのヒトに関する病原細菌を中心とした幅広いコレクションを有しています。上記菌群における基準株および血清型のパイロット株、細菌の同定機器における参考株および野生株の保有数については、網羅的なライブラリーであり、他の国立大学では類を見ません。この網羅的なコレクションは、これまでに岐阜大学医学部微生物学教室およびその流れをくむ病原体制御学分野を教授として主宰してきた3名の世界的に著名な細菌分類学者の研究に伴って半世紀以上の時間をかけて形成されたものです。詳細は割愛しますが、細菌の分類学研究には系統だった関連する周辺の属、菌種の菌株が必要であるため、それぞれの教授の主要な研究対象に関連する幅広い菌種が系統的に収集されてきました。
2. 保有菌株の特性
当センターでは、上述したように前身施設から引き継いだ菌株を維持管理しながら分譲業務を行っています。当センターが保有している病原細菌コレクションの特徴としては、高度病原体から日和見病原体まで網羅的に保有していることです。これらの中には半世紀以上前に分離・保存された株も多く含まれており、現在では安全保障上、海外のリソース機関からの入手が困難な菌種も少なくありません。これらの保存株について、分譲業務の傍ら、引き継いだ古いコレクションのリストとの照合、保存バイアルからの培養法に基づく生死確認、コンタミネーション株からの分離作業および菌種の再同定作業を順次進めています。また、保存時から歴史的に菌種名が変更されている菌群も存在するため、日々、リストの更新作業も進めています。2024年現在、現状の保管リストには、BSL2およびBSL3の特定病原体1,500株を含む約350属・約19,000株が登録されています。また、感染症法上の二類〜五類感染症に指定されている病原体を含む約80属、約47,000株を公開しています。特に、腸管感染症由来、呼吸器感染症由来の野生株が豊富に保存されています。
近年の分譲依頼では、分離源が明確でかつ分離年度が比較的新しい株を求められることが増えてきました。こういった希望に対し、我々は近隣の医療機関および検査機関との協力のもと、野生株(臨床分離株を含む)を定期的に入手しています。問い合わせが多い菌群、広報活動時のアンケートおよび分譲希望者からの要望にしたがって計画的に年間数百株を収集しています。繰り返しになりますが、分離年度が新しい菌株が入手可能であるということも当センターの特徴のひとつであると考えています。
今日、病原細菌が分離される機関は、主として医療機関あるいは検査機関に限られますが、これらの機関は分離された株の継続的な維持を目的としていません。一般的に診断・治療を目的とした病原細菌の分離であるため、日々、患者の検体から多数の病原細菌が分離されていますが、診断・治療後には役目を終えた菌株の大多数が廃棄されています。しかしながら、研究・開発、あるいは教育の現場で病原細菌を使用する場合、自ら必要な病原細菌を収集するのは容易ではありません。菌株を研究者個人で収集するのは難しく、国内の主要リソースにおいては、病原細菌の菌種数および株数は限られています。国外に目を向けた場合、入手先として海外のリソース機関も選択肢に入ってきますが、病原体であるが故に輸入に必要な手続きが煩雑でかつ、幅広い野生株の入手は困難です。当センターは、役目を終えた菌株にわが国の病原細菌リソースとして新たな役割を吹き込むことも重要な業務だと認識しています。
現在ではさらに利用者の垣根を低くすることを目的として、P3、P2レベルの実験室がない利用者に向けてDNAの分譲を積極的に実施しています。さらに、病原細菌の使用経験が少ない利用者に向けた菌株の共同利用等も成果を上げています。当センターが整備し、提供する菌株は、細菌感染症の研究や教育だけでなく感染症診断法の研究・開発など基礎研究から応用研究、検査の標準菌株として、製品の開発まで多様な用途に利用されています。利用者の内訳は、大学をはじめとする教育機関、各研究機関、医療機関、検査機関の他、医療やライフサイエンスに関わる事業を展開する様々な企業に分譲実績があり、利用者の半数は企業です。
3. おわりに
社会情勢、関心の変化に伴い、今後も領域横断的な多様な研究の展開が予想されます。より多様なニーズに対応すべく、研究の動向を注視し、必要とされる系統を整備し維持していくこと、また、高度病原体については、コンプライアンスを遵守し安全な資源提供をしていくことが肝要と考えています。少しでも多くのライフサイエンス研究者に当センターの存在を認知していただけるよう広報活動にも注力しつつ、安全性を担保しながらより利用しやすいリソースとなるよう整備を進めていきたいと考えています。
GCMRへのアクセスは下記DBRPのコレクション情報から可能です。ご興味のある方は、ぜひ当センターのリソースをご活用ください。
【微生物遺伝資源保存センター(GCMR)の菌株コレクション】
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=COLL0001100000001