産業界では、循環型社会の形成を目指して、製造過程での副産物や使い終わった製品を廃棄物ではなく資源として捉え、再利用して素材や製品にまた戻していく新たなものづくりの考え方が求められています。また近年では、石油資源を素材とした物理化学的製造プロセスから、生物を用いた技術で製品をつくる「バイオものづくり」の製造プロセスへの転換が推進され、これまで微生物が利用されてこなかった分野においても、微生物による有用物質生産技術が注目されています。
そこで今回は、糸状菌の中でも非常に多様な代謝産物を産生し、バイオリファイナリーへの貢献が期待されている(1)ケカビ門Mucoromycota(以前は接合菌と呼ばれていた菌群の一部)についてご紹介します。ケカビ門に含まれる菌種には、脂質や色素、キチン/キトサン、ポリリン酸塩、エタノール、有機酸、酵素といった有用物質を産生するものが知られています。その中で本稿では、食品や健康、医療、エネルギーなど幅広い分野で利用される油脂の生産に関するものを紹介します。
「油糧微生物」とは、自身の菌体重量の20%以上の油脂を細胞内に蓄積する微生物のことを言います。ケカビ門では、
Absidia、Actinomucor、Backusella、Circinella、Cunninghamella、Gilbertella、Helicostylum、Lichtheimia、Mucor、Mortierella、Rhizomucor、Rhizopus、Syncephalastrum属が知られています(2)。これらの菌は、一価不飽和脂肪酸(パルミトオレイン酸、オレイン酸など)や人体では合成できない多価不飽和脂肪酸(リノール酸:LAやα-リノレン酸:ALA、アラキドン酸:ARA、エイコサペンタエン酸:EPA、ドコサヘキサエン酸:DHAなど)を多量に蓄積します。また、
Mucor属はグルコース、
Mortierella属はマルトースの資化能が高いなど、属によって高い資化能を示す炭素源が異なることや、炭素源によって蓄積する脂肪酸の種類や量も変わることも分かっています(3)。そのため、原料として用いる廃棄物等の種類に応じて適切な菌種を選択することで、目的とする油脂の生産が可能になると期待されています。また、ケカビ門が産生する油脂の組成は植物油と類似していますが、植物ではなく微生物で生産する主な利点として、季節や気候に左右されないことや生育期間が短いこと、生産条件を制御することができることなどが挙げられます。微生物を用いることで目的とする油脂を安定的に高純度で生産できることが報告されています(4)。
そこで、特に油脂生産に優れているとされる種について、NBRCから提供している菌株をご紹介します。ぜひご利用ください。
○しろまるMucor circinelloides(NBRC保有株13株)
脂質蓄積を研究するモデルとして使われている糸状菌で、必須脂肪酸の一つであるγ-リノレン酸(GLA)を豊富に蓄積する種(5)。
(一例)
NBRC No.
分離源
研究例
4554
Kaoliangchiu-moromi
抗酸化活性物質生産
4572
Kaoliangchiu yeast cake
バイオエタノール生産
5398
Air
セルラーゼ生産
6746
Soil
バイオファイナリー
○しろまるMortierella alpina(NBRC保有株3株)
乳幼児の発育や発達に重要なアラキドン酸(ARA)を豊富に蓄積することから、アメリカ食品医薬品局(FDA)及び欧州委員会の認証のもと、様々な国で乳児用の粉ミルクに添加するARAの生産に使用されている種(6)。
NBRC No.
分離源
原産国
6568
不明
不明
32281
Soil
中国
105990
Soil
日本
○しろまるUmbelopsis isabellina(NBRC保有株13株)
バイオ燃料の原料となるオレイン酸やパルミチン酸を豊富に蓄積することから、カーボンニュートラルへの貢献が期待されている種(7)。
(一例)
NBRC No.
分離源
原産国
研究例
7884
不明
不明
油脂生産(ゲノム解読株)
7873
Wood
不明
7874
不明
ドイツ
105998
Decaying needle
日本
110180
Pine deadwood
日本
【文献】
(1)Dzurendova
et al. (2022).
Appl. Microbiol. Biotechnol. 106, 101-115.
(2)Zhao
et al. (2022).
Bioenerg. Res. 14, 1196-1206.
(3)Demir&Gündes (2020).
Biotechnol. Prog. 36, e3050.
(4)Asadi
et al. (2015).
Crit. Rev. Biotechnol. 35, 94-102.
(5)Fazili
et al. (2022).
Microb. Cell Fact. 21, 29.
(6)Chang
et al. (2022).
Biotechnol. Adv. 54, 107794.
(7)Simara
et al. (2020).
Biocat. Agric. Biotechnol. 30, 101831.