SLIM the Moon Sniper ― 降りられるところから、降りたいところへ ― 第12回SLIM立ち上げの歴史SLIMプロジェクトサイエンティスト 澤井 秀次郎

小型月着陸技術実証機SLIMは2023年9月7日に打ち上げられ、翌年1月19日 15 : 00 UTCに月面への着陸降下シーケンスを開始、最終段階で思わぬことが起きつつも月面に降り立つことができました。着陸シーケンス開始から着陸までは長く感じた20分でしたが、SLIMミッションの検討開始から着陸までは紆余曲折の20年でした。

SLIM検討の源流は2002年11月提出のSELENE-B提案にまで遡ります。SELENE(かぐや)に続く月探査ミッションとして月面着陸を目指す構想で、JAXA発足前のISAS/NAL/NASDAの旧3機関関係者が集まって議論を重ねていました。オンライン会議が珍しかった当時、毎月のように会議室に集まっては話し合いが続けられていたことを思い出します。どのような探査機にすべきか。最初のうちは組織対組織で議論を闘わせていましたが、回数を重ねるにつれて所属組織を越えて考えが近い者同士が意気投合して自らが信じるところを主張するようになっていきました。ある意味、JAXA統合前に現在の状況を先取りしたような雰囲気。参加者一人一人が真摯にSELENE-B実現に全力を傾けていたとともに、当時のSELENE-Bチームを率いておられた旧3機関の先輩方の度量の大きさもあったのだろうと推察します。このSELENE-B計画、SLIMが実証したピンポイント着陸技術の実現を1つの目玉とした宇宙科学ミッションとして、2002年、当時のISASに提案しました。探査機のドライ質量は500kg強でSLIMの2 . 5倍くらい。個人的にはよい提案だと思っていましたが、残念。結果は落選。

落選という現実を前に、提案チームでは「何がいけなかったのか」の分析が行われました。本当の原因はわからないものの、「提案した探査機のサイズが中途半端だった」という見立てが大半。そこまでは一致しても、それでは、大きくすべきか、小さくすべきか。意見は分かれました。「より大きな探査機にして多くの観測機器を搭載、本格的な探査を行うべき」と主張する人も多い中、私を含めた数名は、「極限まで小型化してみよう。小型化が実現すれば、将来、サンプルリターン探査をするときの帰還機にその技術を利用することで、手軽にサンプルリターンができるようになるかも」として、SELENE-Bをどこまで小さくできるか検討を始めました。

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SELENE-B構想:普通の4本脚での着陸を目指していました。

しかし、いざ検討に着手してみると、想像以上に技術的なハードルは高いものでした。SELENE-B提案でさえ月着陸機としては小型の部類で、そこに当時、誰も実現していないピンポイント着陸技術を詰め込んだ計画でした。それを更に数分の1までサイズダウンしようというのだから、今までの常識は通用しません。多くの衛星・探査機技術者から、「成立していない」、「できるわけない」と窘められていました。

きっとそうなのでしょう。少なくとも当時、私たちが考えていたものは成立していなかったのかもしれません。ただ、そう言われると益々挑戦してみたくなる。我ながら天邪鬼。とは言っても、その挑戦にはより多くの専門家・研究者の知恵が必要。そこで当時、いくつかの学会・シンポジウムに出没し、発表会場にはあまり顔を出さず廊下や展示会場をうろつき、顔見知りに声を掛けたりしていました。これぞ正に「ロビー」活動。研究者の中には、難しそうで成立しているかどうか怪しげな新しい技術が好きな人もいて、時を経るにつれて、検討する仲間が徐々に増えていきました。

こういった経緯を経てSLIMは提案に漕ぎ着け、その後プロジェクト化。曲がりなりにも月面に到達することができました。お陰様で当初の着陸目標点から50 mくらいの場所に降り立つことができ、ピンポイント着陸技術の実証として一定の評価も頂けたと自負していますが、個人的には小型化を実現した技術にも思い入れがあります。キーワードとしては、デジタル化、統合化などですが、詳細についてご興味があれば、この連載の過去の記事などをご参照下さい。私からひとつ言うとしたら、私たちが取り組んだのは技術であって芸術ではありません。優れた芸術とは違い、全ての先端技術は未来において陳腐化する運命にあります。関係者の一人としてSLIMに対する強い思いがあると同時に、SLIMをひとつの契機として月惑星探査分野で技術が長足の進歩を遂げ、技術実証機としてのSLIMが早期に忘れ去られることが最大の願いでもあります。

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成功祈願:運も実力のうち。運を引き寄せるのに、神様にも助けて頂きました。

【 ISASニュース 2024年8月号(No.521) 掲載】

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