5月に発表された「第5次エネルギー基本計画案」には、エネルギーに関して国が示す方針、その目標と実現の方向性などが描かれていますが、103ページにもわたる大作です。位置づけや改訂経緯、中身のポイントなどについて、村上朋子氏(エネルギー・アナリスト)に詳しく解説いただきました。その後、神津カンナETT代表との対談を通じて理解を深め、グループディスカッションと発表も行うなど、充実した勉強会になりました。
5月16日に発表された「エネルギー基本計画案」(以下「計画案」)は、経済産業省のHPに掲載され、誰でも見ることができますが、ページ数が多く表現もやや難解なため、すべて読んでいる人は少ないと思います。この計画案が公表されるやマスコミなどから批判も出たのですが、そのポイントは4つ。1.「なぜ、2014年エネルギー基本計画の骨格を変えず“方針維持”なのか?」、2.「なぜ、エネルギーのすべてを再生可能エネルギーにできないのか?」、3.「なぜ、化石燃料(特に石炭火力)をゼロにできないのか?」、4.「なぜ、原子力発電を重要ベースロード電源と位置づけるのか?」。実は、これらの批判的な疑問に対する回答やヒントはすべて、このエネルギー基本計画案の中に書かれているのです。
「エネルギー基本計画」は、私たちの生活をより良くするため、日本経済がより発展するために、エネルギーの調達方法や使い方について国が示す大きな方針で、4〜5年に一度改定されてきました。2014年版計画の改訂議論が始まったのは昨年8月。有識者が集まる「総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会」の初回で、経産大臣は「2030年の目標に向けた取り組みはまだ道半ばで、計画の骨格を変える段階にはない」とコメントしました。
今回の計画案は3章立てで、初めに総論として、最近の情勢変化を踏まえ、2030年に向けた施策を深掘りするとともに、2050年に向けエネルギー転換・脱炭素化に挑戦すべきであると述べています。つづく第1章は現状分析で、1. 資源を海外に依存する脆弱なエネルギー供給体制、2. 人口減少や技術革新による需要構造の変化、3. 地政学リスクの増大と新興国も巻き込んだ競争激化、について述べられています。
はじめに、「情勢は変化しているにもかかわらず、なぜ2014年の方針維持なのか?」という批判的疑問を挙げましたが、その答えとして、2014年に示された、2030年におけるエネルギーミックスの重要性が念押しされています。既存のインフラ・技術・人材を総合的に勘案すると、2014年の見通しとさほど変わらず、誰が考えてもこれに近い姿になると予想されます。国は、これまでの基本的な方針を堅持し、その確実な実現を目指そうとしているのです。
また「東京電力福島第一原子力発電所事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて取り組むことが原点という姿勢」は変えず、「エネルギーの自立」(エネルギーコスト抑制、海外依存構造からの脱却)が不変の要請であると強調されています。これが最初に挙げたポイントのうち残り3つに対する根源的な答えにもなります。エネルギーの自立を目指すことが最重要課題であるために、2014年エネルギー基本計画の方針は踏襲すべきということなのです。
第2章では、2030年に向けた基本的な方針として、まず「3E+S」確保を再確認し、次に化石燃料確保とその効率的利用、省エネルギー、再生可能エネルギー、原子力、供給網など、個別に深く掘り下げた方針を明記しています。「3E+S」とは、安全性(Safety)を前提とした上で、エネルギーの安定供給(Energy Security)、経済効率性の向上(Economic Efficiency)による低コストを実現し、環境への適合(Environment)も図るために、最大限の取り組みを行うことであり、エネルギー政策の要です。
どんなエネルギー源も、安定的かつ効率的なエネルギー需給構造を単独で支えることはできない、つまり万能なエネルギー源は存在しないため、計画案には「多層化・多様化した柔軟な需給構造にすべき」と書かれています。多層化は「異なるエネルギーを少しずつ重ねて持つこと」、多様化は「資源調達先を偏らずに分散すること」です。多層化・多様化しておけば、もし一つのエネルギー源が一時的に途絶えても別のエネルギー源で対応し、社会活動の停滞を避けることができます。
「エネルギー基本計画2014」に基づいた2030年の発電構成の見通しと目標(あるべき姿)は、再エネ22〜24%、原子力20〜22%、LNG火力27%、石炭火力26%、石油火力3%、それに17%程度の省エネです。蓋然性があるからこうした数字に決定したわけであり、「3E+S」「多層化・多様化した柔軟な需給構造」に合致しています。そしてさらに、今回の計画案では、再エネを3Eのうちエネルギー安全保障と環境への適合に寄与できる国産エネルギー源として「主力電源」と位置づけています。原子力に関しては、安全性の確保を大前提に、「3E」すべてを満たす重要なベースロード電源として、「現行計画を引継ぎ、可能な限り依存度を低減」させるとしています。
第3章で書かれているのは、2050年に向けたエネルギー転換への挑戦というシナリオプランニングです。2030年と比べて、2050年の長期展望には可能性のある予測が困難ですから、目標を高く持ちつつも、そこに到達するには一本の道ではなく、あらゆる選択肢の可能性を追求し、何通りかのシナリオでアプローチしようと書かれています。例えば再エネを主力電源とするにしても賦課金に頼らず経済的に自立できるような仕組みを考え、発電効率の抜本的向上や低価格の蓄電池、水素システムの開発の進行が挙げられています。
また原子力については、安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求とともに、人材・技術・産業基盤の強化も列挙されています。そして、福島の事故以降、安全確保に向けた努力として、独立した原子力規制機関や新規制基準が設けられ、重大事故対策が一層強化されています。電力会社による追加的安全対策費用は1基あたり1,000億円程度ですが、最終的には試算より高くなる可能性があります。2015年3月以降、福島以外で9基の廃炉が決定しましたが、この投資を回収しきれないプラントが廃炉になるとみられています。
2030年の電源構成目標で、原子力発電は20〜22%で、これに対応するには30〜35基が必要です。しかし、2018年5月現在、運用中の39基のうち適合性審査の許可が下りたのは14基。一部再稼働しましたが、残り25基は審査申請中もしくは未申請で、認可取得時期の見通しがない状況です。加えて、運転期間の原則40年を超えて運転を許可されないプラントが増加すれば電力供給が不安定になると予測されます。今の若い世代は原子力発電による電気のない生活を知りません。知らないから想像できないのです。原子力をすべてやめてしまうと、将来、再度始めたいと思っても、計画から完成までには20〜30年要します。このことを皆さんにも熟慮してほしいですし、国も問題を先送りしないでほしいと思います。
対談でまず取り上げたのは、地政学的に見た日本の特異性です。地続きであるために歴史上、国と国で大きな影響を与えあってきた一方、エネルギーを相互に融通することも可能な欧州と比較すると、島国で孤立し、なおかつ資源が脆弱な日本には、エネルギー戦略における独自路線が欠かせないことを再認識しました。「2030年に向けて国がやるべきことは、何一つ可能性を捨てずあきらめないこと」と言う村上氏に対し、「乾いた雑巾を絞るような省エネ対策など、我々はどこまで我慢を続けなければならないのか」と神津氏。村上氏は「2030年の目標を達成し、さらに再エネ導入レベルを25%以上に引き上げようとするなら、新築住宅の100%ゼロエミッション化や、消費者による賦課金の永続的負担などもあり得る」という厳しい見解でした。リスクについては、「原子力のみならずあらゆる事象にリスクゼロはありえない、にもかかわらず日本の安全基準は世界一厳しく、限りなくゼロに近いものを求める傾向がある」と二人の意見は一致。また、「世界的に見てもインパクトの強かった福島第一原子力発電所の事故後、それでも世界の潮流は原子力発電を減らす方向には向かっていない」と言う村上氏は、「そもそも世界196カ国のうち原子力を使える技術を持っているのはわずか31カ国。ニーズがある国は今後も継続使用するであろうし、他のエネルギーにシフトする国もある」と、数字を挙げながら解説しました。「この先25年で世界では200を超える原子炉閉鎖が想定されているが、日本の廃炉技術を世界で生かす期待はできないか」という神津氏の問いには、「世界の規制基準は合理的で、日本ほどむやみに厳しくはない。残念だが、日本と同等の規制基準のある国でなければ日本の廃炉技術も通用しないだろう」との答えでした。最後に、神津氏は「ゼロにすれば安心と思い込む日本の国民性であっても、すべての選択肢を捨てない考え方を持ち続けたい」、村上氏は「日本は、世界で数カ国しか保有していない核燃料サイクルの技術も放棄して良いのかを考えるべきだ」と、おのおの述べて締めくくりました。
エネルギー・アナリスト
日本エネルギー経済研究所 戦略研究ユニット 原子力Gグループマネジャー。1990年東京大学工学部原子力工学科卒業。1992年同大学院修了後、日本原子力発電に入社。新型炉開発・安全解析・廃止措置などの業務に従事。2004年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、MBA取得。2005年より日本エネルギー経済研究所に在籍、2007年より現職。