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第36回市町村対抗ふくしま駅伝は、去る11月17日、白河市陸上競技場から福島県庁までの96 ・3キロ、16区間で、ふるさとの思いをタスキに込めて健脚が競われました。当日の最高気温は24度を記録し、この時期としては異常な暑さとなりましたが、伊達市チームは全員全力でタスキをつなぎ、昨年より大きく順位を上げ見事「敢闘賞」を受賞しました。市民に元気と感動を与えてくれた選手の皆さん、常に選手を励まし支え続けた監督、コーチ、スポーツ関係者、そして、ご家族の皆さんに心から御礼を申し上げます。
さて、“つなぐ”といえば、サッカーやラグビー、バレーボール、バスケットボールなどでのパスを“つなぐ”。また、野球やソフトボールでの打線を“つなぐ”など、球技などのスポーツによく使われる言葉です。
先日のMLBワールドシリーズでは、大谷翔平選手や山本由伸選手が所属するドジャースが優勝しました。ドジャースとヤンキースを比べたときに、ヤンキースはホームランを打って点数を入れていく派手さがありますが、ドジャースはプレーをつないで点を取っていったのが印象的で、それが優勝の原因ともいわれています。特に大谷選手は、けがを押して出場し続け、相当の痛みをこらえながらも「今できることを全力で取り組む」としてチームのために“つなぐ”ことに徹していました。
それは、ふくしま駅伝の伊達市チームも同じで、季節外れの暑さの中で普段の走りができなかった選手もいたと思いますが、チーム全員の汗と想いがしみ込んだタスキを“つなぐ”ために、一人一人が「今できることを全力で取り組んだ」結果が、敢闘賞であり、来年に向けてしっかりタスキがつなげたのだと思います。
改めて、選手をはじめ関係者の皆さんに心から感謝します。ありがとうございました。
去る10月8日、市主催の「令和6年度伊達市戦没者追悼式」が執り行われ、戦争で尊い命を失われた戦没者の御霊に哀悼の意を表しました。
先の大戦では、苛烈を極めた戦いの中で祖国の安泰と繁栄を願い、最愛の家族を案じながら戦場に倒れた方々、また、戦後遠い異郷の地で故郷の土を踏むこと叶わず最期を遂げられた方々のご無念とご遺族の深い悲しみに思いを馳せ、二度と戦争を起こしてはいけないと全員で誓った式典でした。
さて昨年から、市内中学校の代表生徒がこの追悼式に参列し、をしています。身近な人を亡くしたご遺族の話を聞いて生徒たちは、「こんな悲劇があったことを私たちがつないで伝えていかなければならない。この追悼式を心にとめて人生を大切に生きたい」、「平和の大切さと命の尊さを学ぶことができた。毎日の“当たり前”を大切にしていきたい」。そして国際情勢にも触れ、「今起きている紛争や国際問題などがなくなって平和な世界になってほしい」など、式典後に書いてもらった感想シートに自分の言葉でっていました。
次代を担う彼らは、追悼式への参加という体験を通して、戦争が一人一人の自由と幸せを奪うものであること、そして、この平和を守り続けていくには、先の戦争を風化させることなく語り継いでいくことの大切さを学んだと思います。
現在では、戦後に生まれた世代がこの国の9割近くを占めるようになりました。戦争体験の話を聞き、その行為の本質を知る機会が急速に失われています。私たちは今を生きる者の使命として、戦争の悲惨さと愚かさを真に理解し、次の世代へしっかりと伝えていかなければならないと式典を通して強く思いました。
今回は、私の呼吸法について書いてみます。
まずは、スイミングでの呼吸法についてですが、去る9月8日、希望の森トライアスロンが梁川プールとその周辺で開催され、私も5年ぶりにスイムで出場しました。昔、スイミング教室に通っていたとはいえ、久しぶりの出場で、大会の1カ月前から夕方、市内のプールで練習しました。
トライアスロンでは750メートルを泳ぐのですが、練習を始めてすぐに、泳ぎ切れるか不安が襲ってきました。クロールで息継ぎができないのです。顔を横に向けても空気を吸うことができず、すぐに苦しくなって50メートル泳ぐのが精一杯でした。どうしたものかと悩んでいるとき、ふと思い出したのが、スイミング教室での先生の言葉でした。呼吸法というと吸うことばかりに意識がいきがちですが、先生は、「水中では息を吐ききりなさい、そうすれば空気は自然に入ってきます」と。それからは“息を吐ききること”だけに気をつけ練習を重ねること一カ月。どうにか300メートルまでは泳げるようになって迎えた本番当日。教わった呼吸法を実践すること約20分、途中苦しいときもありましたが750メートルを泳ぎ切ることができました。息を吐ききることを心がけたことと、多くの声援に後押ししていただいたおかげと感謝しています。
さて、スポーツ以外の場面でも呼吸法を意識することは重要です。人前でのあいさつやプレゼンをするときなど、人は緊張して呼吸が浅くなります。吸うことを気にして過呼吸状態になることもあります。そんなときは、“息を吐く”ことに意識を集中させると呼吸が楽になり緊張も解けてきます。
呼吸法には、「胸式呼吸」と「腹式呼吸」があり、実際に試してみると胸式呼吸はすぐに息切れしてしまいます。腹式呼吸の場合は多くの空気が体に入り、なが〜く息を吐くことができます。正しい腹式呼吸は心身をリラックスさせ、健康増進にもつながるので、ぜひ実践してみてください。
はじめに、滋賀県草津市の紹介をします。草津市は日本最大の湖・琵琶湖に面し、豊かな自然と深い歴史があり、また交通のとして利便性に富むまちです。クリスマスブーツ発祥の地でも有名です。
伊達市と草津市は、東日本大震災直後の平成23年5月、「草津ふるさとまつり」に伊達市が招待されたことをきっかけに交流が始まりました。平成26年11月に友好交流都市を締結し、草津市からは“琵琶湖の古代蓮”が記念として寄贈されました。現在は、梁川八幡神社参道入口に移植され、富野自治会と八幡様周辺整備協議会の皆さんの手で大切に育てられており、訪れた人の目を楽しませてくれています。
また、平成29年から“両市の未来は子どもたちが創る”との思いで、小学5・6年生が交互にお互いの市を訪れ学習と交流を行う「みらいKIDSにぎわい交流事業」を行っています。
今年は、草津KIDS 10名を伊達市に迎え、伊達KIDS 10名と2泊3日の合宿で交流を深めました。流しそうめんや桃狩り、SL乗車など、忘れられない一生の思い出になったと思います。
さて、今回訪ねてくれた草津KIDSは、草津市長より「古代蓮里帰り大使」という重要な使命を受けてきました。なぜかと言うと、八幡神社の蓮のふる里“琵琶湖の古代蓮”が原因不明で消滅してしまったからです。滋賀県や草津市が調査しましたが、「短期間での再生は事実上不可能」との結論となりました。そこで、草津KIDSは、伊達市で愛され育てられてきた古代蓮の里帰りを依頼するために、草津市長の親書を携えて訪ねてきてくれたのです。
蓮は、伊達市と草津市の友好交流10周年を記念し、今年の冬に株分けして里帰りします。草津市で生まれ、富野の皆さんに大切に育てられた蓮が、来春以降、草津市の公園で再び美しい花を咲かせることでしょう。両市の絆がさらに強くなると確信しています。
私のスポーツ(大好き)人生に影響を与えたオリンピックが二つあります。一つは、1964年の東京オリンピックです。私は当時6歳で、今でも鮮明に覚えているのが、体操の団体戦と個人総合での選手の金メダルでした。特に体操が好きだったという訳ではないですが、宇宙遊泳のような演技の連続に魅せられてしまったのかもしれません。
もう一つは、1972年の札幌オリンピックです。私が13歳の時、70 m級ジャンプで笠谷が金、金野が銀、青地が銅を獲得するなど「日の丸飛行隊」が活躍したオリンピックでした。でも、私が本気になって見ていたのは、滑降、大回転、回転などのアルペン競技でした。その頃スキーを始めたばかりの私は、出場選手のスピードとテクニックに憧れ、少しでも近づきたいと思ったことを覚えています。
その後の私のスポーツ歴は、体操に関しては、好きだった鉄棒においても技が決まらず、高校時代に限界を知るに至りました。一方スキーは、雪が降ると近所に適当な斜面を見つけては練習し、バスと電車を乗り継いではスキー場に通いました。自己流ではだめと気づきスキースクールで基礎から学び直し、また、SAJ※(注記)認定のスキークラブに入会し、丁寧な指導のおかげで準指導員を取得することができました。
このように、小中学生の時に見たオリンピックが、好きで夢中になれるスポーツに導いてくれたのだと思っています。
さて、パリオリンピックが7月26日に開幕し、32競技329種目で熱戦が繰り広げられます。このオリンピックを契機に私が新たなスポーツに挑戦することは難しいと思いますが、子どもたちには、日本人が活躍する場面だけでなく、各競技で繰り広げられる一流の技と強い精神力を見てほしいと思います。
民間有識者でつくる「人口戦略会議」は、全国の4割の自治体が2050年までに消滅する可能性があるとの報告書を公表しました。20〜39歳の女性が50 %以上減少するとの理由から「消滅」と分析したもので、福島県でも震災と原発事故の影響が大きい浜通りを除く7割の自治体が該当し、伊達市も消滅可能性自治体とされました。
人口減少にはさまざまな背景があり、若年女性の動態だけを根拠とした結論には大いに疑問がありますが、“若者流出”が伊達市の大きな課題なのは間違いなく、危機感を持って対策に取り組まなければならないと重く受け止めています。
さて、今回の人口戦略会議の報告は、2020年以前のデータを用いて将来予測をしていますが、伊達市における直近の5年間(2019年〜2023年)のデータを見ると、30代女性の転出が減り転入が増えるいわゆる「転入超過」の傾向がより強くなっています。子育て施策や住環境整備の効果が現れているともいえます。しかし、就職を契機に20代若者の転出が依然として多く、特に女性の転出超過が多数となっています。
若者が定住するためには働く場の確保が重要であり、特に女性の就労環境の改善が鍵となります。北欧諸国など、女性の就業率が高い国ほど出生率が高いというデータもあります。人口減少対策は、女性が社会で十分能力を発揮できる環境が不可欠であり、これができないと消滅可能性が現実となるのだと思います。
伊達市ではこれまで、3つのPlace(場所)の整備を進めてきました。「働く場」としての工業団地、「子育ての場」としてのこども園や児童クラブ、「楽しむ場」としての交流施設や大規模商業施設などなど。これからも、男女問わず安心して働ける環境整備を進め、若者の転入超過により「消滅可能性自治体」からの脱却を図ってまいります。
現在、日本の農業従事者数は、担い手不足と高齢化により過去20年間でほぼ半減しました。今後10年でさらに半減するとの予測もされています。農業従事者の減少は、耕作放棄地を増加させ、農業生産量を減少させ、ひいては国内自給率をさらに低下させます。また、景観や生態系を損なわせるだけでなく、災害発生のリスクも高めます。まさに生命や財産に危険を生じさせてしまうことになります。
それでは、なぜ農業は、他の産業と比べて後継者不足となるのか。農業には専門的な知識や技術が多いためマニュアル化が難しく、次世代に継承されにくい問題があります。若者や女性などさまざまな人が参入するためには、農作業を楽にすることや、経験の少ない人でも取り組める環境を整えることが必要です。そのため「スマート農業」という考え方が始まりました。
スマート農業は、生産現場の課題をロボットやAI、ICT、IoTなど先端技術で解決する農業のことをいいます。例えば、ハウス内の温度・湿度・二酸化炭素濃度や、土壌中の水分量・養分量などをセンサーが自動で計測し、AIがデータを解析しシステムに命令することで、作物に最適な環境を創り出します。また、人工衛星からの位置情報を受信したロボットトラクターが自動走行で田畑を耕します。
このスマート農業が最も進んでいるのが高知県です。去る4月18日に市では、高知県から二人の講師を招き、「経験と勘からデータへ」をテーマに講演会を開催しました。みんなでデータを共有し、品質アップと収量増を実現しているとの紹介があり、スマート農業の必要性を強く感じました。
「農業」×「先端技術」=「スマート農業」が、夢のある農業を創り出す方程式だと思います。全国に誇れる伊達市の農業をさらに発展させるため、このスマート農業の取り組みを前に進めていきたいと思っています。
松前町は北海道唯一の城下町で“桜と歴史のまち”です。松前の桜は本当に素晴らしく、お城のある松前公園には250種1万本もの桜が、約1カ月間にわたり訪れる人の目を楽しませてくれます。
松前町とのつながりは、さかのぼること約200年。幕末、江戸幕府が松前藩を一時的に梁川に移封し、梁川が松前藩の領地となったことに始まります。
こうした歴史的関係から伊達市では、旧梁川町時代から唯一の“姉妹都市”として、これまで多くの交流を行ってきました。桃やマグロなど特産品の販売やイベントへの参加、中学生同士の相互訪問、そして伊達市が災害の時には職員の派遣や物資の提供などをしていただきました。また、松前町からはこれまで、200本以上の桜の苗木をいただき、今、市内の公園や公共施設などで市民の目を楽しませてくれています。
さて、今年は、松前町政施行70周年と、伊達市との姉妹都市締結40周年を迎えます。これまで松前町から受けた数々の御恩へのお返しと考えたとき、やはり“伊達市は桃”だということで、ハナモモの苗木180本をお贈りしました。
4月20日に開催された「松前さくらまつり」において、伊達市との友好の証として松前公園内に造成された「伊達花桃通り」に植樹されました。このハナモモが松前の地で元気に育ち、公園を訪れた皆さんに“伊達の桃源郷”を堪能していただければありがたいです。
伊達市から松前町までの距離は600kmあります。距離は遠いですが、心はいつも近くにある。これが松前町との変わらぬ関係です。これからも交流を深め、さらに良い関係を築いていきたいと思っています。
北畠顕家公といえば、南北朝時代に霊山に国府を開き、足利尊氏と戦った南朝方の武将です。その顕家公が登場するテレビアニメが今年始まります。
原作は、2021年から週刊少年ジャンプに連載中の「逃げ上手の若君」。大変な人気で、既に14巻まで単行本として発行されています。
単行本を持っている人に全巻を借りて休日に読みました。面白くて時間を忘れて読んでしまいました。
「1333年、御家人である足利尊氏の突然の謀反により鎌倉幕府は滅亡。故郷も家族もすべて失い、一人生き残った正統な後継者である少年・北条時行が、幕府再興に向け足利尊氏と戦う」物語です。
初めは「逃げ上手」という言葉にどこか違和感がありましたが、読み進めるうちに、戦って死ぬことこそが武士の誉れとされた時代に、「死ぬ」ことよりも「生きる」ことの大切さを説いた物語ではないかと思いました。
私たちはこれまで、逃げることは良くないと教えられてきました。でも、じっと耐えた結果、心身を病んでしまっては本末転倒です。悩んだときは周りに相談したり、今の環境を変えたりするなど、自分を固定観念から「逃がす」ことも必要ではないでしょうか。
さて、なかなか登場しない北畠顕家公にしびれを切らしていたら、ついに13巻に登場しました。文武に秀で見目麗しい“南朝最強の貴公子”。人心をつかむ顕家公の言動に魅せられてしまいました。
北条時行と北畠顕家は、NHKの歴史探訪「南北朝の若君たち」で取り上げられており、今注目を集めている若き武将たちです。また、この物語には、伊達氏7代行朝公も登場します。
放送が始まれば、顕家公、行朝公ゆかりの伊達市を全国に知ってもらう絶好の機会です。その時を楽しみに今からあらゆる機会を捉え、発信していきたいと思います。
「未来予想図」というと“ドリカム”の歌を思い出す人も多いと思いますが、今回は鉄腕アトムで描かれた未来を書いてみたいと思います。
鉄腕アトムは、手塚治虫のSF漫画で、1952年に少年雑誌に連載が開始されました。感情を持った少年ロボット“アトム”が21世紀を舞台に活躍する物語で、「こんな未来があるんだ」と全国の子供たちが想像力を全開にワクワクしながらテレビを見ていた時代でした。
物語の中では、21世紀の未来都市として、空飛ぶクルマ、TV電話、各種ロボット、植物工場などが描かれています。創刊から約70年が経った今では、AIやIoT※(注記)などの先端技術を活用し、ドローンや産業用ロボット、スマートフォン、野菜工場などが開発され、創刊100年後の2050年代には、ほぼ物語に描かれた未来は現実のものになってくると思われます。
さて、その2050年について、ショッキングな報道がありました。国立人口問題研究所は、全国の約4割の市町村で生産年齢人口(15〜64歳)が2020年と比べ半数以下になると公表しました。伊達市においても働く世代が54 %減少するとの数値が示されました。働き手が大幅に減ることは、地域の各種産業において深刻な人手不足となり、経済活動に大きな影響が出てきます。基幹産業である農業の担い手不足が加速し、生産量の大幅な減少を招く恐れもあります。
鉄腕アトムで描かれた“夢のある未来”と、働き手不足で見えてくる“厳しい現実”。どちらが待ち受けているのかはわかりませんが、先端技術開発で世界に遅れを取っている日本は、後者の方向に進んでいるように思えます。そして、その厳しい未来を生きるのは今の子供たちに他なりません。
AIやIoTなどの先端技術がオールマイティとは言いませんが、働き手が半減する中で、私たち大人はもっとその必要性を理解し、活用し、発展させることで“夢のある未来”が創れることを示さなければならないと思います。未来を生きる子供たちにそんな「未来予想図」を渡す必要があると思っています。
1月1日午後4時10分、能登半島を最大震度7の大地震が襲いました。石川県を中心に甚大な被害となっています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまにお見舞いを申し上げます。
今回の地震では、緊急地震速報が何度も鳴り、東日本大震災や福島県沖地震を思い起こし、緊張が走りました。
被災地では、今なお、被害の全容が明らかになっていません。家屋の倒壊や道路の寸断、インフラの停止など被害は甚大で、寒さの中で多くの人が厳しい避難生活を余儀なくされています。
特に、断水により飲料水や生活用水の確保が難しくなっています。洗濯はできず、お風呂に入れず、トイレも流せない。水道の完全復旧までには、年単位の時間がかかるとの見方も出ています。
伊達市は、これまで数々の災害に見舞われてきました。しかし、そのたびに、全国から多くのご支援をいただき早くに復旧に取り組むことができました。今度は伊達市が支援をする番です。
大規模災害が起きた場合に思うことは、各地から職員を派遣していただけることのありがたさです。災害時には多くの業務に当たらなければなりません。派遣を受けることで、被災自治体の職員は、復旧活動に専念できるようになります。
今回、伊達市では、国や県、関係機関との調整により、ほぼ全域で断水している石川県珠洲市に給水車と職員3名、住宅被害の大きい富山県氷見市に被害認定調査員2名を派遣しました。派遣した職員は、厳しい現場状況の中でも、被災者に寄り添い、伊達市の代表として懸命に支援活動を行いました。
被災地の一日も早い復旧復興のため、これからも出来る限りの応援をしていきたいと考えています。
空港ピアノをご存じでしょうか。東日本大震災で津波にのまれ、多くの人の力でよみがえった「復興ピアノ」です。仙台空港に期間限定で設置され、空港を訪れた人が自由に弾くことができます。その映像が12月15日にNHKで放送されました。
最初にピアノの前に座ったのは、神戸から来た青年でした。東日本大震災が起きたとき最初に思ったのは、日本中からの支援で復興した神戸のまちのことだといいます。ひとごととは思えず募金活動を行ったそうです。
弾きはじめたのは、坂本九の「上を向いて歩こう」。明るく軽快な演奏でした。いろいろな場面で耳にし、また自分でも歌うこともありましたが、いままでこの曲で涙が出ることはありませんでした。でも今回は、上を向かないと涙がこぼれてしまうことを経験しました。
番組ではその後4人が演奏し、最後の演奏は“童謡 故郷”でした。私がとても好きな曲です。演奏者は、震災のとき仙台の大学の音楽科に通っていて、仲間と被災地を回ってこの曲を弾いたそうです。家族や故郷を思い涙する人から「ありがとう」と感謝されたことで、逆に自分が励まされたと言っていました。
この復興ピアノの演奏でなぜ涙が出るのか。ピアノをよみがえらせた人たちの想いと、演奏者の被災地に寄り添う気持ちが、ピアノに命を吹き込んだからだと思います。
音楽は、悲しいときには心を癒し、辛いときには力を与え、楽しいときはより楽しくさせてくれる。その時々に合わせて人の心に寄り添ってくれます。音楽を創るのも、歌うのも、奏でるのも、そして聴くのも「人」です。人を通して想いが通じ合えるからこそ聴く人に感動を与える。それが、音楽の持つ変わらぬ力だと思います。
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