村の歴史と文化
中島村には古くから伝わる、素晴らしい歴史と文化があります。
汗かき地蔵
代畑地区の地蔵堂に安置されている高さ170センチほどの石仏で、背部に建武二年と鮮やかに建立年が深刻されています。伝承によれば、古来、事変の起こらんとするとき、この石仏の五体に汗を流すといわれ、奥州汗かき地蔵尊として江戸時代末期まで参詣者をなしたと伝えられています。
石仏群
平安時代に構築された滑津舘跡は、古墳時代に造られた豪族たちの墓所であったといわれ、城館のゆえんを物語るように現在の地名は滑津字御城となっています。この御城遺跡の崖下には、村指定文化財の「汗かき地蔵」をはじめ、十数基の板碑(石造供養塔婆)があり、また数百メートル離れた松崎地区入口には多くの阿弥陀磨崖仏群があります。これらは、鎌倉時代中期から南北朝時代の天台宗浄土信仰の広まりとも考えられています。
鷹ノ図
中島村を流れるな阿武隈川が松崎地区で大きく屈曲するところの対岸に約十数メートルの崖壁があり、そこに白亜で描いたような飛鷹の画をみることができました。
「水清き 阿武隈川の 流れをも とどめてもみん 鷹の図の山」
と松平定信公は阿武隈川の下流「鷹ノ図」の名勝を「八畳敷の石」の上で詠んだとされいます。
※(注記)現在は、松食い虫の被害に見舞われ、美しい景観を見ることはできません。
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- 2016年3月10日
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