タンデトロン
年代測定研究グループ
加速器質量分析計
- 分析・測定機器 -
タンデトロン加速器質量分析計
(High Voltage Engineering Europe社製Model 4130-AMS)
昭和56〜57(1981〜1982)年に名古屋大学に設置された米国GIC社製のタンデトロンAMSの後継機種として,14C測定に最適化された改良型のタンデトロンAMSがオランダのHVEE社で開発され,その1台が平成8〜9(1996〜1997)年に名古屋大学に設置された。
1.高輝度イオン源
イオンビーム入射装置のイオン源は,野外調査において採取されたさまざまな種類の生試料,14C濃度標準体,および14Cを含まない古い炭素試料などから物理的,化学的に調製された固体状の炭素であるグラファイトをターゲットとして用いる。全部で59個のグラファイトターゲットを同時に装着できる高輝度セシウムスパッタ負イオン源である。59個のターゲットは半径25cmの円盤(ターゲットホイール)の円周上に装填される。グラファイトターゲットから12C-イオンを20〜30μAのイオン電流強度で出力できる。また,直径2mmの試料ターゲットを照射するセシウムイオンビームが,試料ターゲット表面を走査できるように,試料台が上下,左右方向に±5mmの幅で移動可能であり,その移動はコンピューターで自動制御される。これは,セシウムイオンビームが試料ターゲット表面の一カ所だけを長く照射すると,その点に直径0.1
mm程度の深い穴がえぐられ,イオンビーム電流出力が次第に弱くなるのを避けるためである。さらに削られた穴が深くなると,穴の深さに依存して12C,13C,14Cの間でイオン化の効率が変わるため,いわゆる同位体分別効果が起こるとされる。測定の際には,直径2mmの円形のターゲット面上で,対角線の長さが1mmの正八角形の頂点の8点と中心1点の計9点を順に走査して計測が行われる。
こうして,イオンビーム強度が高い炭素の負イオンが用いられるため14Cの計数率は高く,比較的高い14C濃度を持つ標準体から作られたグラファイトターゲットでは,1個あたり30分程度の測定で約10万個の14Cが計数される。また,59個のターゲットを連続して測定できるため,旧型のタンデトロンAMSシステムと比較して測定の効率が大幅に向上する。
2.炭素同位体(12C,13C,14C)の同時入射系(リコンビネータ)
旧型のタンデトロンAMSシステムでは,放射性同位体と安定同位体とは入射電磁石によりバックグラウンドイオンからそれぞれ別々に選別され,イオン源の引き出し電圧の制御によりそれぞれ時間を分割して加速器へ導かれる。すなわち放射性同位体と安定同位体とは、同時にではなく、時間分割で交互に測定される。一方,改良型のタンデトロンAMSシステムでは,炭素の安定同位体12C,13C,および放射性同位体14Cが同時刻に測定される。すなわち2台の電磁石を1組にして,2組を線対称に配置した,炭素同位体の同時入射系(リコンビネータ)を用いる。まず2台の電磁石を用いて,イオン源から射出されるイオンビームを質量によって分割し,12C-,13C-,14C-を別々の軌道に分ける。通常の炭素に含まれる12Cの存在量は13Cの存在量の100倍であり,イオン源で形成された炭素イオンをそのまま加速器に導入すると,加速器の高電圧発生装置に過度の負担がかかる。そこで,リコンビネータを用いるシステムでは,12C-,13C-,14C-の軌道が分かれたあとで,回転円盤スリットを用いて12C-のビームのみを1/90の強度に弱めるビームチョッパー機構を用いる。リコンビネータから出た12C-,13C-,14C-のビームは加速器に導かれて加速され,陽イオンに荷電変換され,磁場と電場の組み合わせにより+3価のイオンのみが選別され,12C と13C はファラディカップを用いて, 14Cは重イオン検出器を用いて,この2つの同位体の存在量が同時に測定される。
このように複数の同位体を同時に測定することは,電源ノイズなどによる分析装置全体の不安定からもたらされる可能性のある同位体比変動を打ち消すためにきわめて有効であると考えられる。従来の一般的な方式では,イオン源の引き出し電圧を高速に切り替えることで,12C-,13C-,14C-の測定が同時にではなく,時間分割法により数秒?数百ミリ秒の間隔で交互に測定されている。しかし,同位体比をより正確に測定するにはリコンビネータを用いる同位体の同時測定法が適している。
測定される炭素同位体比のうち,13C/12C比は,試料調製においてグラファイトターゲットに生じた炭素同位体分別の程度を調査し,その同位体分別効果を14C/12C比について補正するために用いられる。さらに同位体分別を補正して得られた14C/12C比から試料の14C年代値(conventional 14C ageと称される)が算出される。こうして,本システムでは正確度・安定性の高い14C年代測定が可能である。
3.加速器高電圧の安定化
コッククロフト・ワルトン型の加速器では,高電圧の発生は高周波の交流電源を整流する方式で行われる。旧型のタンデトロンAMSシステムでは,高電圧(1kV程度)の高周波交流(40 kHz)を発生させるための発振回路に大型の真空管が用いられていたが,本システムではソリッドステート方式となっている。そこで2.5MVの加速電圧を安定して供給できる。2.5MVの加速電圧は,加速された負イオンから正イオンを作る荷電変換において2価の正イオンが最も効率よく形成される最適な電圧である。従って,14Cの検出効率が高く,測定時間の短縮が期待できる。
高電圧のコントロールは,発電型高電圧計(GVM)を用いて高電圧を直接読み取りフィードバックする方式と共に,ビーム位置の読み取りができるファラディカップを分析電磁石の直後に設置して,一定強度の磁場の下での13C3+ビームの曲率の変動から加速電圧の変動を検出しそれを高電圧の安定化に利用するスリットフィードバックシステムを装備している。こうして,加速電圧がきわめて安定に保たれる(加速電圧の変動幅:△しろさんかくV/V=×ばつ10-4)ため,14C/12C比測定の再現性や精度の向上に役だっている。
4.重イオン検出器
重イオン検出器は,イソブタンガスを用いた電離箱検出器である。2枚のアノードにより,入射するイオンのエネルギー損失率,残量エネルギー,及び両者を和した全エネルギーが高精度で測定できる。入射粒子が進行した単位距離あたりのエネルギー損失率は,?dE/dx = C0・Z2・v-2 で与えられる。ここで、xは入射粒子の進行方向の距離,Zは入射粒子の原子番号,vは入射粒子の速度,C0は常数とする。エネルギー損失率の違いから,検出器に入射するイオンの原子番号を確認し,さまざまなバックグラウンドイオンから14C3+イオンを正確に区別し計数することができる。このため,6万年前を越える古い年代の試料の測定の可能性が期待できる。
5.計算機自動制御
AMS装置は,2台のコンピューターにより遠隔操作・制御される。電源装置のつまみを直接さわることは全くない。2台のコンピューターはそれぞれ,(1)装置の各部に供給される電源電圧・電流の制御,真空装置の制御,真空バルブの開閉,真空度のモニター,電源電圧・電流のモニター,測定操作の制御や測定データの収集,および(2)イオン源のターゲット交換やターゲット台の上下左右の動きを制御する役割を分担する。また,システムは自動制御で運転ができるようになっており,測定の省力化や高能率化が期待される。
名古屋大学の改良型タンデトロンAMSシステムの諸性能
HVEE社製の改良型タンデトロンについて,(1) 14C/12C,13C/12C比測定の再現性,(2)一般の試料の測定精度,(3)正確度の検定,などの試験を行ってきた。以下にその結果を報告する。正確度の検定は,国際原子力機関(IAEA)から提供される標準物質で,それらの物質の14C濃度は,世界各国の14C測定施設で得られた値の平均値(大きくずれる測定値は排除してある)を用いて与えられている。この標準物質を測定して結果を比べることで,改良型タンデトロンAMSシステムで得られる14C濃度の正確度が検定できる。
1.14C/12C,13C/12C比測定の再現性
炭素同位体比測定の再現性試験は,年代測定の標準体に用いられるHoxIIから作成した6個のターゲットを順繰りに9分間づつ測定し,その測定を複数回繰り返して行われる。これまでに行った再現性試験の結果は、以下に示すとおりである。
1999年1月に2日間にわたって,HVEE社の技師の立ち会いのもとに行った性能試験では6個のHOxII標準体につき 14C/12C比のバラツキは±1.62‰(1標準偏差)と得られた。これは14C年代値に換算すると±13年に相当する。すなわち,14Cの計数を40万個ためるような測定では,任意の1個の試料の測定での可能なばらつきの範囲は±13年程度である。
その後に繰り返した試験では,14C/12C比の相対誤差は±0.2〜±0.4%と得られている。一方,同時に測定される13C/12Cの相対誤差は平均的に±0.06%と得られている。改良型AMSシステムで測定したδ13Cを安定同位体比測定専用の質量分析計(Finnigan MAT-252)で測定したδ13Cと比較した。Finnigan MAT-252で測定されるδ13Cの誤差は±0.1‰と推定されている。一方,改良型AMSシステムにより測定されるδ13Cの誤差は,±0.1〜±0.9‰と変動する。これは,試料調製の過程や同位体比の測定中における同位体効果によると考えられる。14C年代の算出における同位体分別の補正では,改良型タンデトロンAMSシステムにより測定されるδ13Cを用いている。
2.14C年代測定の誤差
名古屋大学に設置された改良型タンデトロンAMSシステムによる14C年代測定の誤差(1標準偏差)を調べたところ、10 ka BPより若い年代での14C年代の誤差は±20〜±40年である。また,20 ka BPを越える古い年代では,主として,14Cの計数が減るために統計精度が悪くなって誤差が大きいことが明らかとなった。
3.14C測定の国際比較
第4回放射性炭素国際比較(Forth International Radiocarbon Intercomparison; FIRI)は,国際原子力機関IAEAの援助を得て,英国スコットランドのグラスゴー大学Marian
Scottがとりまとめた事業である。1999年の9月から10月にかけて,このプログラムに参加の意志表示をした実験室それぞれに10個の試料(A〜J)が配布された。試料の種類は,木片,炭酸塩,フミン酸,すり潰した大麦の種,セルロースである。木片は,14C 年代測定の測定可能な限界に近い古い樹木片(Kauri woodの試料A, B),年輪年代学的研究により年輪年代が決定されている樹木片(Belfast Scots pine; D, F及びHohenheim oak; H)である。また,3組の試料対(A, B(Kauri wood),D, F(Belfast pine),G, J(barley mash))は同じ物質を単に分割したものであり,これは,年代測定実験室での一致度のテストに使用される。FIRIに参加した測定施設は全世界で92施設(37カ国から,AMS施設が25箇所,ガス比例計数装置施設が18箇所,また液体シンチレーション装置施設が49箇所)であり,日本国内からの参加は6施設(液体シンチレーション装置:3施設,ガス比例計数装置:2施設,AMS:1施設)である。測定結果の報告は,2000年8月31日を期限とされた。2001年1月28日付けで,測定結果の集計が参加者に報告された。
測定結果の予察的な報告会が,2001年3月22〜23日にスコットランドのエディンバラで開催された。その報告がRadiocarbonのホームページ(www.radiocarbon.org)に掲載されている。また,2001年11月19日付けで,測定結果の統計解析が参加者に報告された。名古屋大学の測定結果を,FIRIに参加したAMS施設による測定結果の平均値と比較したところ,ほぼ良い一致が得られていることがわかった。この研究結果は,当センターの業績報告書などに掲載されている。
4.実験室間の比較研究
国内の2つのAMS施設で14C測定の比較研究が行われた。共に年代測定の標準体として用いられているNBS-OLD及びNBS-NEWシュウ酸試料の2点から調製された計20個(自施設製10個,他施設製10個)のグラファイトについて,炭素同位体比(14C/12C, 14C/13C, 13C/12C)が,それぞれのAMS施設において測定された。試料の炭素同位体比は,それぞれのAMS施設においてNBS-NEWシュウ酸から別途に作成したグラファイトを比較対象にして測定された。
測定結果の詳細は,当センターの業績報告書を参照されたい。NBS-NEWシュウ酸について測定された14C/12CをNBS-OLDの14C/12Cで除した値に注目して比較した。試料の調製と測定について可能な4つの組み合わせを取ると,(14C/12C)NBS-NEW/(14C/12C)NBS-OLDは,名古屋大学のAMS施設の方が他の施設よりもやや大きい値を示すが,測定の誤差範囲内で両施設間でよく一致している。これは何を意味するのか。実は,AMSによる炭素同位体比の測定においては,試料の炭素同位体比は,絶対測定によるものではなく,炭素同位体比が既知の標準体に対する相対値として得られる。今回,2つのAMS施設間で,(14C/12C)NBS-NEW/(14C/12C)NBS-OLDの測定結果がよく一致したことは,施設間で同じ標準体を用いれば,同じ試料の14C/12Cは測定の誤差範囲内で一致することを示している。