RCSからの3GeVビームを受け、1.4秒で30GeVに加速し、一挙に取り出す速い取り出しモードでニュートリノビームラインへ、または2秒間で徐々に取り出す遅い取り出しモードでハドロンビームラインへ取り出して下流の実験施設へ送り出します。円形加速器と呼ばれるシンクロトロンですが、実際の形状は角の丸まった三角形に近いものとなっています。これは丸い部分(アーク部と呼ばれる)を大きく120度で3つに切りわけ、切った部分を引き伸ばして直線状の部分(直線部と呼ばれる)を作り出しているためです。アーク部は基本的にビームを曲げるため「だけ」に存在しています。直線部では「入射」「ビーム整形」「加速」「出射」のための機器が並んでいます。
シンクロトロンでは、周回バンチを1ヶ所の狭い場所に置かれた加速空洞に与える高周波電場で加速します。バンチが1周回って来た時に再び電場の同じ位相で加速するためには、加速用高周波の周波数は、周回する粒子の周波数(1秒間に何回空洞を通過するか)と同じか、その整数倍(通常hで表すのでh倍)である必要があります。周波数を整数倍にして高い加速周波数を採用すると、今度はリング1周あたりに加速可能な場所がh個存在することになります。この場所は、バンチを収納できる空間ということで「バケツ」と呼ばれ、またhは、調和振動子のアナロジーでハーモニック数(harmonic number, harmonics)と呼んでいます。RCSはh=2で、MRはh=9です。
RCSからのMR向けの3GeV陽子ビームは、バケツ2個に同じ量だけ詰め込まれた2個のバンチがRCSのサイクル40msごとに一気に(2個ずつ)やって来ます。MRと合流する入射部には「キッカー電磁石」などが置かれており、キッカー電磁石では2つのバンチが来た瞬間にパルス電流を流しバンチの飛行方向を周回方向にその名の通りキックします。120msの間にRCSから4回入射されます(図の1,2,3,4の組)が、先に入射したバンチは既に3GeVの運動エネルギーでリング内をずっとグルグル回っていることに注意してください。例えば1番の2つの黄色いバンチが入射し、40ms後に次の2番の青い2バンチが入射する時、キッカー電磁石は1番の2個目のバンチが通過した瞬間に磁場を隙間の300ns以内に立ち上げる必要があります。なお、9バケツ目はビームが来ない「空きバンチ」のため、磁場の立ち下がりは立ち上がりよりは多少遅くても良い事も読み取れるでしょう。
なお、この図から周長とhの比は一定であることは明らかです。h=2のシンクロトロンからh=9のシンクロトロンへ入射するためには、周長の比が2:9の関係にある必要があるわけです。
シンクロトロンでは周長のかなりの部分を占めるのが電磁石(とビームダクト)です。MRでは、エネルギーが3GeVから30GeVまで変化する陽子ビームの軌道を一定に保つための電磁石を「主電磁石」と呼んでいます。96台の偏向電磁石と216台の四極電磁石、72台の六極電磁石などで構成されています。全て(超伝導ではないという意味で)常伝導電磁石で、3000A程度の電流を無酸素銅のコイルに流し必要な磁場(1.5テスラ程度)を得ています。コイルには中央に強制冷却用の純水を通す穴が空いているので、ホローコンダクタ(hollow conductor)、通称「ホロコン」と呼ばれています。
FX運転用電流パターンとビーム電流(陽子数は少し昔の実績)[画像:patternFX.png]
SX運転用電流パターンとビーム電流(陽子数は少し昔の実績)[画像:patternSX.png]
加速器の心臓部とも称される、加速空洞です。シンクロトロンの長い長いリングは、加速空洞を何度も(30万回程度も!!)通過させるため「だけ」に存在すると言っても過言ではありません。空洞はその形状から「ギャップ」と呼ばれ、そのギャップのところにかかる高周波電場で陽子を加速します。MRの加速空洞は直線部Cの上流側に9機設置されていますが、1機あたりの加速空洞数は4ギャップないし5ギャップです。
J-PARCシンクロトロンの加速空洞は磁性コアに特徴があります。
RCSから来たビームをリングに入れる部分を入射部、各実験施設へ取り出す部分を出射部と呼び、入出射のための特別な電磁石群をまとめて入出射電磁石と呼んでいます。その内訳は
です(遅い取り出し部分ではセプタム電磁石のみ)。キッカー電磁石は、ビームがやって来た瞬間に磁場を出してビームバンチを(横方向に)蹴る役目があります。速い取り出しの場合では、しかし蹴られたバンチは運動エネルギーが非常に高いので、まだ十分に周回軌道から離れておらず、フラつくだけにとどまります。そこで少し下流でフラつきが水平方向に最大に達する場所に、セプタム電磁石という特殊な電磁石を置きます。セプタム電磁石とは、狭い隔壁(セプタム)で区切られた区画にだけ磁場が存在する事ができる、特殊な磁極形状をしています。普段の周回時は磁場のない空間を飛行するので軌道が曲げられず、蹴られたビームだけが磁場のある空間に飛び込み曲げられます。こうして、周回軌道から離れることに成功します。
入射の場合は先にセプタム電磁石で入射軌道が曲げられ、さらに下流でキッカー電磁石で入射角を完全にゼロにして周回軌道に乗せます。エネルギーが3GeVと低いので使える技です。
速い取り出し部では、30GeVの高いエネルギーのビームを曲げるのでキッカー電磁石だけで5台のチャンバーに10台の磁極が並び、さらに下流にはセプタム電磁石が8磁極も並んでようやくニュートリノビームラインの方向へ曲げる事ができます。
遅い取り出し部分では、同様に30GeVの陽子ビームに対し「静電セプタム電磁石」(ElectroStatic Septum, ESS)と呼ばれるセプタムで周回軌道の一部を削り出すようにキック力を与えます。あたかも大根の桂剥きのように、あるいは木材に対するカンナのように。そののち、下流で静磁場セプタム電磁石磁極8つで角度をさらに与え、ハドロンビームラインへ取り出しています。
陽子ビームが周回軌道を正しく回っているか診断するための機器群です。
周回軌道上に余分な気体分子が存在すると、周回軌道を飛行する陽子が気体分子に衝突し軌道が逸らされる可能性が高まります。そこで、リングを形作るパイプ(ビームダクト)の中は超高真空に保たれています。建設当初は圧力が少し高めでしたが、排気を10年続けた結果、時間とともにビームダクト内表面からのガス放出量が減り、現在アーク部では大体×ばつ10-8パスカル程度、直線部の入出射機器の場所で局所的に高く、大体10-6×ばつ10-5パスカル程度です。構成要素としては、
全ての機器は電気で動き、また時間を合わせて動作させる必要があります。電磁石電源や加速空洞へタイミング信号を送り、ビームモニタからの信号を受け取り加工・計算して軌道を確認するなど、全てコンピュータと電子回路によって制御されています。その全体を一括りに制御系と呼んでいます。説明内容が膨大なため割愛します。
遅い取り出しのビーム量(スピル)制御装置
遅い取り出し時に、取り出されるビームが一定になるよう電磁石(EQ,RQ)の電流を計算しています。(1秒間に10万回程度計算結果を出しています。)
遅い取り出し用4極電磁石(EQ)とセラミックダクト
スピル(Spill:ハドロン実験施設へ行くビームの形状)を一定にするためのEQは1KHzまでの磁場を作ります。渦電流による悪影響を避けるために、セラミック製の真空ダクトを使用しています。
遅い取り出し用セプタム電磁石
上流のESSで周回軌道から逸れた少量のビームをさらに水平外向きに曲げる電磁石がチャンバー内に収められています。電磁石のコイルへ大電流が流れ発生する熱を真空チャンバー内から外部へ取り出すための銅の冷却水配管が網の目のように張り巡らされています。
スピルモニタ
ハドロン実験では決められた時間内で一定の強度のビームが行くことが要請されます。
ハドロンビームラインに時々刻々と取り出されているビームを測定しています。
遅い取り出しの動画のspillの信号源です。