ヒッグス粒子の発見

ヒッグス粒子の発見が意味すること

2012年7月4日、世界の素粒子物理学者たちが待ち望む、ひとつの素粒子が見つかった。物質に質量を与えた起源とされるヒッグス粒子の発見である。

ヒッグス粒子の発見は、ほぼ半世紀に及ぶ素粒子物理学者たちの絶えざる探索の賜物である。「標準理論」の正しさが証明されたことに、研究者たちは色めき立った。ヒッグス粒子の存在を予言したピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士は、発見の翌年(2013年)、その栄誉を讃えられ、ノーベル物理学賞を受賞した。「物質とは何か」に挑み続けた研究者たちの探求は終幕するかに見えた。

写真 ヒッグス博士とアングレール博士
ヒッグス博士(右)とアングレール博士 ©CERN

だが、科学史を彩るこの偉大なニュースも、素粒子物理学にとっては通過点でしかない。発見されたヒッグス粒子は新たな謎を突きつけ、天文観測の成果や宇宙物理学の発展に伴い、「標準理論」はその限界がかねてから指摘されている。宇宙に存在すると考えられる物質やエネルギーのうち、「標準理論」で説明可能なのはわずか5%にすぎず、その理論体系では「重力とは何か」を説明することもできない。重力を発見したニュートンや、その理論を発展させたアインシュタインの物理学と量子の世界の統合が、大きな課題として残されている。
ヒッグス粒子の発見とは、20世紀以来の素粒子物理学が築き上げた金字塔であると同時に、より根源的な問いに挑む新たな舞台の幕開けにすぎない。「物質の根源」や「宇宙の成り立ち」を解き明かすには、従来の理論を乗り越えていくことが求められている。物理学者たちはすでにその新たな舞台へ登り、大きな問いと向き合っている。

ヒッグス粒子発見を支えた日本陣営の貢献

ヒッグス粒子は、素粒子物理学の世界的な研究拠点CERN(欧州合同原子核研究機構)で発見された。世界最高の衝突エネルギーを誇るLHC(大型ハドロン衝突型加速器)という加速器と、ATLASとCMSという2つの高精細な検出器によって、ヒッグス粒子の存在が突き止められた。

ATLASとCMSは、実験グループの名前でもある。両者は成果を競うライバルであり、素粒子から物質と宇宙の根源に迫ることを夢見る同志である。両グループには世界中から3,000人規模の研究者が集い、ATLASには日本の17機関から、学生含めて約160名が参加する(そのうちおよそ40名が東京大学の研究者・学生である)。

微細な素粒子は、肉眼でとらえることはできない。高精細な検出器によって素粒子のわずかな挙動を感知し、記録された膨大なデータを解析してその痕跡に迫る。日本の研究者・学生たちはATLASの開発や運用、データ解析に携わり、本センターは、データ解析のためのコンピュータ資源を提供する。

日本の企業と政府が果たした役割も大きい。ATLASのみならず、LHC本体とCMSの建設に、日本企業十数社が開発した素材や部品が使われ、推定で総額150億円相当のビジネスを生んだ。それを実現したのは日本政府の後押しだ。CERN加盟国ではない日本の企業が国際入札への参加を認められたのは、政府がいち早くLHC建設資金援助を表明したことによる。科学史に残る偉大な発見は、日本陣営の貢献に支えられているのである。

ATLASに参加する日本の14の研究機関

東京大学、高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、早稲田大学、東京工業大学、東京都立大学、お茶の水女子大学、信州大学、名古屋大学、京都大学、京都教育大学、大阪大学、神戸大学、九州大学

LHCを支える主な日本企業

古河電気工業 LHC加速器 超伝導ケーブル
新日本製鐵 LHC加速器 双極電磁石の特殊ステンレス材
東芝 LHC加速器
ATLAS 収束用超伝導四極電磁石
超伝導ソレノイド
信号読み出し集積回路
JFEスチール LHC加速器 電磁石用非磁性鋼材
カネカ LHC加速器 電磁石用ポリイミド絶縁テープ
IHI(+Linde) LHC加速器 低温ヘリウムコンプレッサー
浜松ホトニクス ATLAS
CMS
LHCb シリコン検出器
光電子増倍管
光検出ダイオード
川崎重工業 ATLAS
CMS LArカロリメータ容器
鉄構造体
林栄精器 ATLAS ワイヤーチェンバー
ソニー ATLAS 検出器信号アンプ
ジーエヌディー ATLAS トリガー用電子回路
フジクラ ATLAS 耐放射線性光ファイバー
クラレ ATLAS シンチレーションファイバー
有沢製作所 ATLAS 銅箔ポリイミド電極シート

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