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真夏の悪夢から六十五年:宮城 一成

最終更新日:2016年4月1日

徳島市南二軒屋町 宮城 一成

戦争(徳島空襲)を知らない世代が八十パーセント近くになった現在、物資が豊富にあり、交通、通信が便利なのが当然と認識する現今です。孫達に話しても理解できないようです。当時は明けても暮れても食べるものが極少で、農家以外はご飯が食べられず、芋や道端の草を取って食べる毎日を過ごしました。
思い起こせば、昭和二十年(一九四五年)七月四日未明に敵機B29爆撃機百機余の空襲を受け、徳島市の七十五パーセントが焼土と化しました。猛暑の夜の出来事でした。死者千人、負傷者千数百人の悲しい犠牲者が出ました。泣きながら逃げ惑う人、肉親を呼び叫んで、眉山や吉野川、新町川に入り、身を隠す人々、雨、あられのごとく容赦なく投下される焼夷弾。これが地獄と言わずに、何を地獄と言うのか!翌日、二軒屋駅からストレートで城山の全姿が見えました。それでも、日本は神国だから戦争は必ず勝つと信じ、一億一心火の玉となって、戦争遂行に頑張り、盡忠報国(じんちゅうほうこく)、堅忍持久、勝つまでは欲しがりませんと耐えてきたのです。現在の民主主義社会と違って、隣人同士の人間関係も情愛に満ちて、ストレスなど感じなかった良き時代だと回想します。
そして、第二次世界大戦は、昭和十二年七月七日の盧構橋事変に始まり、昭和二十年八月六日の広島、同九日の長崎のピカドン、日本国の敗戦で終焉を告げたのであります。この尊い犠牲になられた軍人、軍属、空襲で亡くなられた約三百万人の人々、冒頭で述べました方々の苦しみ、悲しさを、今を生きる残り少ない戦争体験者の話に聴き留め置き、二度と再び戦火を交えることがないよう、この美しい四季のある四つの島を末代永遠に受け継いでいくべきです。
武力を持つといつかは戦争の歴史を繰り返します。世界の中で今も、イラク、アフガニスタン、パキスタン、アフリカのモザンビーク等で内戦が続いています。全く不幸な事態であります。そして、戦争が起きないような環境をつくるのが政治家の仕事であります。
終わりに、地獄を見た人は度胸が据わると言われます。父よ、あなたは強かったと、明治、大正時代の人は強かったです。そして、廃墟の中から立ち上がり、並木路子さんが唄うリンゴの唄(歌)に元気づけられ励まされて、祖国再建へと汗を流し復興に立ち上がったのです。今の日本は平和で戦争もテロもなく、自由にものが言え、活動も公益に反しない限り保障されており、百年に一度の大不況だというが、物も豊富であり便利な時代です。この有難さに感謝し、先の戦争で犠牲になられた幾多の方々のご冥福をお祈りし、平和を大事にした生き方を心掛けなければなりません。

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