西沢いづみさんの博士論文をもとにした本『住民とともに歩んだ医療――京都・堀川病院の実践から』が生活書院から刊行された。
◆だいやまーく西沢 いづみ 20190401
『住民とともに歩んだ医療――京都・堀川病院の実践から』,生活書院,352p. ISBN-10: 4865000933 ISBN-13: 978-4865000931 3200+税
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[kinokuniya] ※(注記)
私は、大学院で西沢さんの担当教員ではなかった。博士論文審査には副査ということで関わりはした。それ以前『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』という本に「早川一光の臨床実践と住民の医療運動――一九五〇年一九七〇年代の西陣における地域医療の取り組みを手がかりに」という章を書いていただいた。
◆だいやまーく早川 一光・
立岩 真也・
西沢 いづみ 20150910
『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』,青土社,250p. ISBN-10: 4791768795 ISBN-13: 978-4791768790 1850+税
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[kinokuniya] ※(注記)
そして本が出るに際して、「解題」のようなものを依頼されて、そうとうに時間がかかってしまったのだが、「ここから、ときに別のものを、受けとる」という文章を書いた。それを小分けにして載せていく。その間に購入してください。あるいは最寄りの図書館・図書室にいれてもらえるようリクエストしてください。
その「解題」の目次は以下。今回は
◆だいやまーくの部分+すこし。
◆だいやまーく繰り返すが、まず書かれてよかった
□しろいしかくその上で
□しろいしかくより広く見る
□しろいしかく違うが隣合わせの部分もある
□しろいしかく地域や全人的はいつもよいか?
□しろいしかく堂々と社会に言ったのはよいと思う
□しろいしかくむしろ黙っている場から、わがまま勝手を通す
□しろいしかく二〇一四年の夏
「
■しかく繰り返すが、まず書かれてよかった
まず本書が記述の対象としたものがいったいなんであったのか、今にどんな意味があるのかと考える前に、時間が経ち過ぎない間に、本書は書かれた方がよかった。この世にある/あったなんでもについてこのことが言えるわけではない。しかし、本書が対象としたできごとであれば、まずそれをどう見て何を言ったらよいのかを思いつかないとしても、書き記したらよい。すべての人がそのように思うのではないかもしれないが、それでもそう思うのは、確実に私だけではない。それで実際に書かれて、よかった。
そんなものが書かれるのが、少なくとも一度目(だけ)は許される。ただその代わりに、二つめが書かれる時に役に立つように、また妙なことが書かれないために、記述の正確さと、そして量と密度が求められる。同じことばかり、とくに生活書院から出してもらってきた本については幾度も繰り返していて恐縮だが、そう思う。
■しかくその上で
まずしっかり書いたものがあったうえで、それを読んで、ああでもないこうでもないと考えること。これが二つめに研究者がすることだ。むろん、両者は独立してあるのはなく、何が言えるのか考え考え、調べることがなされることも多い。考えないと何を調べたらよいのか見当がつかないということもある――それでも、同じ人が二つを同時にせねばならないとは決まっていない、とも、あえて私は言うことがある。
それで本書に書かれたことをどう捉えるか。[...]」
生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182581.htm
にもある。