ダムの役割なぜ理解されないのか
- 治水編(中) 理解のための工夫 -

日本ダム協会専務理事 横塚尚志

(これは、建設通信新聞(2010年2月9日)からの転載です。)
スケール・直感に訴える方法探る

ダムのメカニズム、さらには日本の現実の姿を広く国民に理解していただかない限り、ダムに対する誤解も解けないのだが、これが実際にはなかなか難しい。何しろ現実には起こらなかった現象を一般の人に実感として感じてもらおうというのだから、初めから無理がある。

従来から広く行われてきた方法は、ハイドログラフ上でダムがなかった場合と現実に発生した事象とを対比し、ダムがあったからダムからの放流はこれだけ少なくて済んだのですよ、と説明するやり方であるが、まずはハイドログラフの説明をしているところでソッポを向かれてしまう。一般の人には理屈を言っては駄目なのだ。直感に訴えなければ話が通じないのである。

そこで次に考え出されたのが、下流側平野部のある地点における河川の断面図を持ってきて、その上に現実に発生した洪水位とダムがなかったらここまで来ただろうという水位を比べ、ダムがあったから水位上昇がここまでで抑えられたのですよ、というやり方だ。

ハイドログラフよりははるかに直感的で分かりやすいのだが、これがまた新たな誤解を生む。その上、それが堤防による洪水防御の根幹にも関係しているから話が一層ややこしくなる。

概略の話として、わが国の河川の場合、ある程度以上大きな川になると洪水時の有効水深は大体10m内外である。

摩擦などの関係で表面近くが最も流速が大きいから、水面下1mほどで全体の2割くらいの流量を受け持っているとみてよい。基本高水のうち、ダムによる洪水調節に依存する分が2割程度の川だと、それによって大体1mほど水位を下げることができる。

こうした関係で、ダムの洪水調節によって下げられる川の水位は1m内外の河川が多い。1mなどという長さは身の丈ほどだから、これを一般の人が聞くと、「何だ、たったの1mか」と思ってしまう。

それでも1つのダムでそのくらい下げられると、まあ効果があると実感してもらえるのだが、利根川ほどの大河になるとその1mを下げるのにいくつものダムが必要になる。そうなると1つのダムで下げられる水位は10cmとか20cmくらいになってしまうから、ますます何だ、ということになってしまう。


このあたりは、その水位低下を実現するために他の方法ではどのくらいのことをしなければならないのか。例えば、引堤の幅だとか、遊水地の面積など、もう少し身近に感じられるものに置換えて説明する必要があるだろう。

一方、堤防には余裕高というものが1.5mも、2mもある。これがまた誤解を生む。

実際には、波浪とか横断方向の水面の勾配、堤防が本質的に持っている脆弱(ぜいじゃく)性とかその他もろもろの不確実性などをカバーするために設けられている。決して余裕でも何でもないのだが、名前のせいで「まだ余裕があるのならその分で何とかすればよいのではないか」と思われてしまう。

この方法もまた、十分注意してやらないと、かえって新たな誤解を生みかねないのである。

(2010年3月作成)
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