世界中には400〜500の水族館があり、 日本には100以上もの水族館が存在していますが、 長い歴史の中で「深海に特化した水族館」は今までひとつもありませんでした。 それは深海生物の捕獲や輸送、飼育が非常に困難なためです。 私たちが沼津港に深海に特化した水族館を立ち上げたのは、 まず第一に目の前に広がる日本一深い駿河湾の存在です。 駿河湾には「駿河トラフ」と呼ばれる水深2,500mもの溝があり、 多くの深海生物や、未知なる生物たちがすむ、『深海生物の宝庫』となっています。 また100年以上の伝統を持つ沼津港の底曳網漁は、 その独特な地形から港と漁場との距離がわずか船で20分と驚くほど近く、 深海生物の飼育・展示を行う上での 大きな問題となる捕獲・輸送の課題を解消してくれました。 だからこそ私たちは、沼津港に深海水族館を立ち上げたのです。
捕獲と輸送
駿河湾の底曳網漁のシーズンに入ると、 月に数回、深海生物の捕獲を実施しています。
深海生物の捕獲法
底曳網漁
底曳網漁
はえ縄漁
縄に釣り糸を付け、エサに獲物がかかるのを待つ方法
かご漁
エサを入れたかごを沈めて、数日後に引き揚げる方法
船上でのケア
船上で選別された深海生物は、新鮮な海水と酸素で満たされたビニール袋に一個体ずつ収容され、保冷容器へと移されます。この容器の水温は、深海の生息域と同じ10〜12°Cに保たれています。さらに深海生物が経験したことのない太陽の光に注意し、いかに短時間で遮光された保冷容器に収容できるかが深海生物のストレスの軽減につながり、長期での飼育展示に大きな影響を与えます。
1個体ずつパッキング
水温の維持
海外からも深海生物を輸入
水族館の深海生物の多くは駿河湾で捕獲されたものですが、世界中から取り寄せているものもあります。人気のダイオウグソクムシはメキシコ湾から、発光魚のヒカリキンメダイはフィリピンからはるばるやってきた生き物たちです。
ダイオウグソクムシ
ヒカリキンメダイ
深海生物の飼育・研究
水族館へ運び込まれた深海生物は、深海から陸上の水槽といういわば特殊な環境へと生活の場が大きく変化します。そのため、少しでもストレスを軽減するために飼育員は、水温や水質はもちろん、照明の明るさ、色なども細かく調整した環境を作っていきます。他にも、餌の種類や鮮度、量にも気を配り、病気の兆候が見られれば、飼育水に薬を入れる「薬浴」や、餌に薬を混ぜて食べさせる「経口投与」も日常業務です。
開業当初は、深海生物を飼育するための教科書もマニュアルも無いため、まさに試行錯誤の連続ではありました。駿河湾の底曳網漁は、5月から9月中旬まで禁漁となり、その間は新たに深海生物を捕獲することができません。そのため、深海生物の長期飼育ということが、私たちにとって大きな目標の一つとなっています。当初、手探り状態で飼育をしていたころは、バックヤードの水槽から展示水槽に移すことができない生き物も少なくなく、また展示できたとしても数日から数週間でしかなかったことも多くありました。
しかし現在では、飼育方法が確立できたものも増え、飼育期間は飛躍的に延びています。さらに飼育生物の種類数も大幅に増加し、100種類を超えるまでに延ばすことができるようになりました。以前は、数週間しか展示できなかったミドリフサアンコウやアカグツも現在では年単位まで飼育できています。もう一つの大きな目標は水族館での繁殖です。これまでも、ヌタウナギやオオグソクムシなどが水槽内で赤ちゃんが孵化するまでになり、世界で2例目となるメンダコの孵化にも成功しました。
もちろん、まだ課題は山積みで、繁殖例も少なく、いまだに長期間の飼育ができていないものも多くいます。今後もさらに研究を重ねて、一つずつ問題を解決し、深海生物が皆さんにとって身近な存在となるように挑戦を続けていきたいと考えています。
ミドリフサアンコウ
アカグツ
深海生物の餌
深海生物は、通常何を食べているのか?どれくらいの量をどんな頻度で食べているのか? 餌を食べるといった行動ひとつをとっても不明な点が多く、開館当初は12〜13種類ほどだった餌の種類も、現在では約30種類を常備するようになりました。餌の大きさや切り方、与え方を試行錯誤しながら、深海生物たちが長生きできるよう努めています。
水族館の裏側
深海底曳網漁で捕獲された生物の中には、名前がまだ付けられていないものや、捕獲例が極めて少ないもの、そして新種の生物が混ざっていることもあります。もちろんどのような生態なのか、何を食べているのかなど情報がないものも決して少なくはありません。そんな深海生物を飼育するために、水族館の裏側には、展示されている水槽以上の数の水槽がびっしりと並んでいます。捕獲されたばかりの深海生物は、明るい光や人影にとても敏感で、神経質になりやすいため、水槽照明はぎりぎりまで弱くし、赤やブルーなど刺激の弱い色の照明を使い、水槽正面は黒い板で目隠しがされています。深海で暮らしていた生物を水槽という環境で飼育するための重要なケアは、この裏側の水槽で行われています。