識者に問う
不確実な出来事に備えるための手法は何か。その手法をより効果的にするため、平時から行うべきことは何か。
不確実性の下で何ができ、何を知りたいのか?
ミリアム・テシュル
フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)准教授
- KEYWORDS
分権的なメカニズム、加速度指数、知識の分散
COVID-19のパンデミックは、2つの重要な事実を浮き彫りにした。第1に、事象の予測不可能性は、私たちの生活に及ぼす効果が甚大であること、第2に、政府の対応は、個人の自由を大きく制限する傾向があることである。
不確実性の時代には、迅速、かつ効率的に調整することが鍵であり、それを主導するのが、民主的に選ばれた政府であることは明らかだ。しかし、「危機対応チーム」のような中央の機関にすべての必要な知識が集まっているのか。少なくともハイエクの思想が普及してからは、私たちは疑問を持つようになった。実際、政府では分からない情報がある。それは「どこにウイルスがいるのか」だ。この状況は、「市中」で暮らす多くの人々が、症状の有無にかかわらず、自分の「感染状態」を確認するために検査を受けることで、状況の理解はより進む。分権型の検査こそが、政府の対応において重要な役割を果たすべきである。
検査は、ウイルスの所在を示すだけでなく、ウイルスの拡散の動態を評価するのにも役立つ。タレブの「反脆弱性」の概念に従って、私がバウネス博士らとの共同研究で主張しているのは、不確実性の下にあるとき、市民、そして政府や担当チームが知りたいのは、「害(例えばウイルスの拡散)が加速するのか減速するのか」ということだ。それを知るために、私たちはシンプルな「加速度指数」を開発した。これは、検査数に比例する以上に多くの患者が発見されれば、それだけ害は発散的に拡大しており、他方、発見される患者が少ないほど縮減しているという考え方だ。あらゆる公衆衛生対策は検査戦略が必須であり、陽性の患者数の縮小を目指すべきである。そうして初めて、「状況は改善しているか、ロックダウンは本当に効果的か、外出禁止令はウイルスのまん延を食い止めるのに十分なのか、そして大規模な予防接種は有効か」等を問うことができる。個々の政策が被害の軽減に役立っているかを確認し、どの政策がより優れているかを比較する必要がある。
自由主義社会がまず認めるべきは、不確実性の下では、知識は政府関係者や専門家だけではなく、多くのプレーヤーに分散している可能性だ。原則として、見境のない技術家的なトップダウンの意思決定よりも、検査のように、健康政策に情報を与える分権的なメカニズムが支持されるべきなのだ。その意味で、各指標は検査と関連させる患者数に適応しなければならない。「加速度指標」はリアルタイムでそれを行うための簡便な方法である。
(参考)
Hayek, F. (1945) "The Use of Knowledge in Society", The American Economic Review, 35(4), pp. 519–530.
Taleb, N. (2012) Antifragile: Things that Gain from Disorder. Random House.
*原文は英語版に掲載
ミリアム・テシュル(Miriam Teschl)
フランス国立社会科学高等学院(EHESS)経済哲学准教授。エクス・マルセイユ経済学院(AMSE)を拠点としている。本年度は、ポルトガルのNova School for Business and Economics で客員研究員として勤務。ウェルビーイング、社会正義、特に競合する動機による意思決定など、学際的な問題に関心を持つ。最近では、学際的な研究グループとともに、不確実性のもとで私たちは何を知ることができ、何を知りたいのかという、より認識論的な問いに取り組み始めている。
識者が読者に推薦する1冊
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Baunez, C., Degoulet, M., Luchini, S., Pintus, P., Teschl, M.〔2021〕
"Tracking the Dynamics and Allocating Tests for COVID-19 in Real-Time : an Acceleration Index with an Application to French Age Groups and Départements", PLoS ONE, 16(6), e0252443.
引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)>NIRA総合研究開発機構(2022)「不確実性への対応を社会実装せよ」わたしの構想No.62