企画に当たって
新型コロナウイルス感染症で変容する暮らしや働き方
今後求められる企業のあり方とは
東和浩
NIRA総合研究開発機構理事/株式会社りそなホールディングス取締役会長
- KEYWORDS
IT活用の浸透、オンラインサービスならではの価値、選択の幅広さ、アクセスの容易さ、情報の精緻さ、便利さ、生活の質の向上、生活変容、オンラインとオフラインの最適な組み合わせ、企業の活路
新型コロナウイルスの感染拡大は世界を一変させた。世界の感染者数は1,400万人を超え、日本国内の感染者数は約25,000人となった(WHO・厚生労働省、7月21日現在)。日本では2020年4月7日、まず7都府県に緊急事態宣言が発令され、その後全国に拡大して、人と人との接触を伴うサービスや働き方への対応が求められた。経済、医療、教育などのあらゆる活動を今まで通りに行うことが困難となる中で、これまで長らく活用の効果がうたわれながらも、導入が進まなかったテレワークやオンライン教育・診療などのIT活用が、一気に浸透した。
今回の危機発生により、私たちの暮らしや働き方には、実際にどのような変化が起きたのか。そして、今後、暮らしや働き方、人びとの価値観、企業のあり方などはどのように変わろうとしているのか。現場でサービスを提供している5名の経営者の方々から話を伺った。
オンラインサービスは単なる代替手段ではない
今回、感染予防のために従来の対面でのサービスが制限される中で、一気に、オンラインサービスの導入が進んだ。識者は一様に、オンラインサービスは対面サービス(オフライン)の代替手段にとどまらないことを、強調する。オンラインサービスには、選択の幅広さ、アクセスの容易さ、情報の精緻さの点で、オフラインをしのぐ付加価値があるという。
株式会社天喜ジャパン代表のアレクサンダー・ファーフニック氏は、Eコマース(EC)の良さは、選択肢が圧倒的に多いことと価格面の魅力、と述べている。日本ではこれまで、ECはリアルな店舗の代替手段にすぎなかったが、今後、「買い物に行くときに経験するさまざまな楽しさ」にまで踏み込むことが、ECの新たなテーマであるとする。
また、イベントやレジャーの消費にも変化が生まれている。オンラインによる体験教室や記者会見等のサービスを始めた株式会社ガイアックス代表執行役社長の上田祐司氏は、「今まではリアルで行ってきた体験をオンラインでやってみて初めて、オンラインだからこそ享受できる便利さ、楽しさがあることに皆が気づいた」と主張する。これまでは、実際に会ったり、同じ場所で体験したりすることに価値があると思われていたが、実はオンラインでも体験は共有でき、また、距離や時間などの制約も取り除かれる便利さに気づいたのだという。自宅から気軽に他者との体験を共有できるようになれば、人びとの生活はより豊かなものとなるだろう。
医療のあり方も、大きく変わりそうだ。今回、オンライン診療を活用できたからこそ、安心して医師の診療を受けることができた人が少なからずいたようだ。株式会社MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏は、「対面での診察が何よりも安全や安心のよりどころになる、という患者の意識が変わった」と指摘している。さらに、オンライン診療には、これまでの「医療」の概念を変える可能性もあるという。病院には身体の調子が悪くなってから行く人が多いが、オンライン診療を活用すると、日々のモニタリングを通じて、適切なタイミングでの治療が可能となると述べている。患者と医師が双方に医療データをやり取りすることができれば、オンライン診療の意義は極めて大きい。
このように、オンラインでの購買や体験、診察に、人びとは新しい価値を見つけている。従来の「対面によるサービス」に固執するのではなく、遠距離をオンラインでつなぐ「非対面型サービス」を活用することで、むしろ、生活の質が高まることに人びとは気づき始めたようだ。
テレワークが企業のあり方を変える
働き方に対する意識も、多くの人がテレワークを初めて経験したことで大きく変わった。識者は、テレワークが予想以上に機能し、想定していたよりも便利であることに、皆が気づいた点は大きいと指摘している。サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久氏は、今起きているのは働く場所の多様化であり、「次に取り組むべきは、働く時間も柔軟に変えていく、時間の多様化だ」と指摘する。今後、場所や時間の多様化が進み、柔軟な働き方が実現すれば、これまで場所や時間に制約があった人も働きやすくなり、東京の会社に属しつつ地方で働くといったことも可能になると主張する。
さらに、在宅だけでなく、地方、海外など、離れたところで共に働くことが増えると、オープンなコミュニケーションの仕組みが必要となると指摘するのは、株式会社みらい翻訳COO兼CTOの鳥居大祐氏だ。オンラインビデオなどの「同期型」ばかりではなく、Eメールやチャットなどの「非同期型」ツールを活用し、意思決定の過程を文字情報で記録して、メンバー間で共有することが重要だ。共に働くメンバーが世界中に分散していたとしても、一人ひとりが、共有された情報を踏まえて、何が正しいかを自ら判断し、責任を持って仕事を進めていくことができるとしている。実際、テレワークを標準的な働き方として取り入れる企業も出てきている。
5人の識者の意見 新型コロナウイルス感染症の発生を機に、私たちの暮らしや働き方は、今後どう変わるのか
こうした生活変容は、感染症が終息した後も、確実に生活の一部に取り入れられることになろう。これまで、日本企業は、顧客対応や組織経営において、どちらかというとオフラインでの対応を重視してきた。しかし、感染症に対応する中で、デジタル化に後ろ向きだったとされる経営層を含め、多くの人びとがECやテレワークといったオンラインサービスを活用した生活を実践し、その意義を感じてきたはずだ。この共通体験を企業内で共有知に昇華させ、企業活動のあらゆる場面で具体化させることが求められる。オンラインとオフラインの最適な組み合わせをいち早く見つけ、両利きでの対応を実践していくこと、それが企業の活路を開くことになろう。