企画に当たって
政治こそが平成最大の積み残し
政党政治を立て直し、真の課題「解決」先進国へ
谷口将紀
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院法学政治学研究科教授
- KEYWORDS
国際政治・経済の構造変化、第4次産業革命、人口減少、地方のあり方、財政の持続可能性、ポリシー・ミックスの追求、王道を行けなかった平成の政治
元号制度、とりわけ「一世一元の制」を採ることによって、日本人はdecade(10年)ほど短過ぎず、されどcentury(世紀)ほど長過ぎもしない、ちょうどよいタイムスパンで世界や国、社会の来し方行く末に思いを深める機会を得られる。そこで、令和第1号となる今回の「わたしの構想」では、1つのテーマをさまざまな角度から論じる従来の特集とは少し趣を変えて、これから日本が取り組まねばならない諸課題とその解決策を俯瞰(ふかん)してみたい。
世界共通の課題とは
新時代を生きるわれわれの前に立ちはだかる難関には、世界共通の課題と日本独自の課題がある。
共通の課題の第1は、国際政治・経済の構造変化である。経済発展により自信を深めた中国とアメリカの対立の本質は、現在表面化している貿易摩擦にとどまらない、テクノロジーひいては軍事的覇権をめぐる競争にある。アメリカの同盟国かつ中国の隣国という立ち位置にある日本が採るべき針路について、政策研究大学院大学の田中明彦学長は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)や日本・EU経済連携協定(EPA)のように、自由主義的な国際秩序が通用する領域をできる限り広くしておく一方で、安全保障については日米関係を軸に同盟関係を維持すべきと説く。
第2の共通課題は第4次産業革命、ソサイエティ5.0などと呼ばれる技術革新、中でも人工知能(AI)の開発戦略である。この点について、産業技術総合研究所の辻井潤一人工知能研究センター長によると、政府による国民監視の要素が強い中国や、GAFAと呼ばれるIT企業がけん引し利益優先のアメリカのAI開発戦略とは異なり、個人の尊厳尊重や現場の意見の活用に1日の長がある日本には、人間とAIの協働作業を通じて新たな技術社会を生み出すチャンスがある。
日本特有の課題とは
一方、日本に特有、あるいは日本が世界に先駆けて直面する課題の第1は、人口減少である。特に地方は現在進行形で状況が深刻化しつつあり、2050年には居住地域の5割で現在と比べて人口が半減するともいわれている。こうした人口減少時代の地方のあり方について、東京大学の増田寛也客員教授・元総務大臣は、これまでのような「団体自治」の原則を緩和して、「非常に公的な性格が強い、でも自治体ではない、法人のような組織」が公的サービスの相当部分を提供するGovernance as a Service(GaaS)による課題解決を提唱している。
財政の持続可能性も、課題解決先進国・日本の最たる難題である。平成期の日本では、社会保障支出の対GDP比が急増した一方、国民負担率の対GDP比の増加はごくわずかに抑えられた結果、GDPの200パーセントを超える巨額の政府債務残高を抱えるに至った。極めて厳しい現実を前に、法政大学の小黒一正教授は、経済見通しが政治的な動機により楽観的に傾くのを防ぐための独立財政機関の設置と、人口構成などを鑑みて、75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の診療報酬の伸びを抑える「医療版マクロ経済スライド」の導入を提案する。
ここまで見たとおり、それぞれの課題は独立したものではなく、互いに関連している。こうした観点からもう1つ考慮に入れるべきは、産業の新陳代謝を通じた経済成長を促しつつ人々の生活を保障するポリシー・ミックスの追求である。立教大学の菅沼隆教授は、デンマークで行われている「フレキシキュリティ」を参考にして、社会保障政策・産業政策・教育政策などの有機的な連携によって労働市場を流動化しつつ(フレキシビリティ)も、生活が保障される(セキュリティ)の仕組みを整える必要性を主張している。
令和こそは、政党政治を立て直し、王道の政策遂行を
5人の識者は、各分野を代表するエキスパートであり、その問題意識はこれまでも広く社会に共有され、提起された解決策も奇を衒(てら)うものではなく、むしろ通説と呼ばれるべき堂々たる所見である。それにもかかわらず、こうした王道を行けなかった政治こそが、平成最大の積み残しではなかろうか。ポピュリズムのごとき極論を除けば、それぞれの識者の提言に関する政策の選択幅は限られている。フレキシキュリティを例に取れば、政策目的を共にしつつ、労働市場の柔軟化=経営側の論理に重きを置くか、生活保障機能の充実=労働側に軸足を据えるか、いわば富士山に登るのに静岡側と山梨側のどちらからアプローチするかの違いに過ぎない。
それならば与野党それぞれの拠(よ)って立つ価値観の差を残しつつも、大きな方向性を分かち合いながら結果を出せるように、政党政治の立て直しを追求すべきである。そのためには「産学官金労言」「老壮青」の粋を結集して、危機意識を共有する超党派の議員と連携しつつ、国民的議論を喚起し、政治と民間の両面から与野党による責任ある取り組みをサポートする仕組みも必要になろう。
課題先進国・日本を、課題「解決」先進国にして次の時代に引き渡せるか。令和を生きる私たち1人ひとりの覚悟が問われている。