黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増える可能性
(文部科学記者会、科学記者会、熊本県内報道機関、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、京都大学記者クラブ、大阪科学・大学記者クラブ同時配付)
国立環境研究所
京都大学
工学院大学
国立循環器病研究センター
本研究は、平成26年〜28年度環境省環境研究総合推進費、公益財団法人総合健康推進財団平成28年度第33回一般研究助成、科学研究費助成事業平成29年度挑戦的研究、平成29年度熊本大学めばえ研究推進事業助成支援を受けて実施したものです。本研究成果は平成29年8月29日午前11時30分(現地時間)にスペイン・バルセロナで開催されたヨーロッパ心臓病学会のHot Lineで口頭発表するとともに、平成29年8月29日循環器専門誌であるEuropean Heart Journalに論文が掲載されました。
1. 研究の背景について
アジア大陸の砂漠域(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)にある黄砂が風で舞い上がり、季節風にのって日本へ長距離輸送されてくる事があります。輸送途中で大気汚染物質や微生物などが付着してくることから、黄砂曝露(ばくろ)による健康影響が懸念されており、日本において黄砂飛来後にアレルギー疾患、呼吸器疾患、循環器疾患が増加したということが報告されています。中でも循環器疾患は発症すると生命に関わる場合が多いので、黄砂と循環器疾患の関連について詳細な検討を行い、黄砂の影響で循環器疾患が発生しやすくなるような背景要因を明らかにしていくことが課題でした。
今回は、循環器疾患の中でも急性心筋梗塞に注目しました。黄砂が比較的多く観測される九州地方の中でも、熊本県内で発症した急性心筋梗塞を網羅的に登録している「熊本急性冠症候群研究会」のデータベースを用いて、黄砂と急性心筋梗塞発症との関連を解析しました。データベースには急性心筋梗塞患者の背景要因(年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、慢性腎臓病など)も登録されており、どのような背景があると黄砂の影響を受けやすいのかについても検討が可能です。
2. 研究データについて
気象庁では、「空中に浮遊した黄砂で大気が混濁した状態を観測者が目視で確認した時(肉眼でものを確認できる距離が10km未満になった時)」に黄砂を観測したとして発表しています(http://www.jma.go.jp/en/kosa/)。2010年4月から2015年3月の研究期間において、熊本気象台が黄砂を観測したのは41日ありました。
熊本大学では、熊本県内21医療機関の協力の下、熊本急性冠症候群研究会を立ち上げ、熊本県内で発症した急性心筋梗塞を網羅的に登録する事業を実施しています。今回の研究期間中に登録された、発症日時が明らかな急性心筋梗塞患者は4,509人でした。そのうち、熊本県外に在住だった方や入院中に急性心筋梗塞を発症した方、祝日や休日に発症した方、患者背景の情報が不足している方を除外した3,713人を対象として、黄砂への曝露と急性心筋梗塞発症との関連解析を行いました。解析時には、急性心筋梗塞の危険因子とされる年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、慢性腎臓病などの影響を無視できる研究デザインを用いて、黄砂のように日によって条件が変わる気象要因(気温、湿度)についても統計モデルの中で調整しました。
3. 主な結果(黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増加)
黄砂が観測された翌日に急性心筋梗塞を発症するオッズ比(相対危険度の近似値)は1.46(95%信頼区間1.09-1.95)であり、黄砂が観測された後に急性心筋梗塞患者が増えるという関連性が明らかになりました。この関連性は、微小粒子状物質(PM2.5)、光化学オキシダント、二酸化窒素や二酸化硫黄といった大気汚染物質の影響を考慮しても変わりませんでした。
患者の背景要因(年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、慢性腎臓病)で群分けを行った上で黄砂と心筋梗塞との関連性を検討したところ、75歳以上の高齢者、男性、高血圧、糖尿病、非喫煙者(※(注記))、慢性腎臓病で、黄砂と急性心筋梗塞発症に関連性があることがわかりました。中でも、慢性腎臓病のある方は、ない方と比べて有意に黄砂の影響を受けて急性心筋梗塞を起こしやすいという結果でした(図1)。
また、背景要因が複数ある場合に、さらに黄砂の影響を受けやすくなるかを検討するため、対象者に、75歳以上なら1点、男性なら1点、高血圧なら1点、糖尿病なら1点、非喫煙者なら1点、慢性腎臓病なら1点を割り振った上でそれらを合計し、0から6点までのスコアにしました。その結果、スコアが高い(5〜6点)群でより黄砂の影響を受けやすいことが示されました(オッズ比2.45、95%信頼区間1.14-5.27)(図2)(背景要因によるスコア化は本研究の中で開発したものであり、別途検証が必要と思われます)。
**慢性腎臓病の有無により統計学的に有意に黄砂と急性心筋梗塞との関連が異なる
4. 考察および今後の展望について
心筋梗塞が発症する過程において、黄砂曝露がどのように関与するのかは分かっていません。黄砂飛来時は光化学オキシダント、二酸化窒素や二酸化硫黄といった大気汚染物質濃度が高くなりますが、統計モデル上でこれらの影響を排除するよう調整しても黄砂と急性心筋梗塞発症に関連性を認めました。黄砂は比較的粒径の大きい粒子で構成されていますが、急性心筋梗塞との関連が報告されているPM2.5を含んでいます。黄砂飛来時にはPM2.5の濃度も高くなるので、PM2.5の影響を排除した解析も行いましたが、同様に関連性を認めましたので、PM2.5よりも径の大きい粒子が影響している可能性があります。また、慢性腎臓病を有すると、体内では酸化ストレスや炎症など生体に悪影響をもたらす反応が進んでいますので、黄砂への曝露がこの反応を後押しすることでより急性心筋梗塞を起こしやすくしている可能性が考えられます。
この研究では以下の点に注意が必要です。今回は、気象庁が黄砂を観測した日を黄砂日としていますので、黄砂が飛来した日かそうでない日かという情報しかないということです。黄砂を観測する装置を用いて飛来した黄砂濃度を推計し、濃度が増えるほど急性心筋梗塞が起こりやすくなるのかを今後検討する必要があります。
本研究結果から、我々は黄砂曝露が急性心筋梗塞発症のきっかけとなるのではないかと考えています。とくに慢性腎臓病をお持ちの方で黄砂の影響を受けて急性心筋梗塞を発症しやすくなる可能性を示したのは世界初です。我々は今後、黄砂の影響を受けやすい背景要因に関する知見を蓄積し、黄砂による健康影響の予防につなげていきたいと考えています。
なお、本研究に示された見解は著者ら自らのものであり、環境省の見解ではありません。
5. 発表論文
著者:
Sunao Kojima, Takehiro Michikawa, Kayo Ueda, Tetsuo Sakamoto, Kunihiko Matsui, Tomoko Kojima, Kenichi Tsujita, Hisao Ogawa, Hiroshi Nitta, Akinori Takami.
小島 淳(熊本大学 大学院生命科学研究部 特任准教授)
道川 武紘(国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター 主任研究員)
上田 佳代(京都大学 工学研究科 准教授)
坂本 哲夫(工学院大学 先進工学部 教授)
松井 邦彦(熊本大学 医学部附属病院 特任教授)
小島 知子(熊本大学 大学院先端科学研究部 准教授)
辻田 賢一(熊本大学 大学院生命科学研究部 教授)
小川 久雄(国立循環器病研究センター 理事長)
新田 裕史(国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター フェロー)
高見 昭憲(国立環境研究所 地域環境研究センター センター長
タイトル: Asian dust exposure triggers acute myocardial infarction.
掲載雑誌: European Heart Journal 2017 (in press).
DOI: 10.1093/eurheartj/ehx509
6. 平成26年〜28年度環境省環境研究総合推進費について
課題番号:
5-1452
課題名:
「PM2.5成分および黄砂が循環器・呼吸器疾患に及ぼす短期曝露影響に関する研究」
課題代表者名:
高見 昭憲 (国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境研究センター)
7. 問い合わせ先
【研究に関すること】
熊本大学 大学院生命科学研究部 心不全先進医療共同研究講座
特任准教授 小島 淳(こじま すなお)
Tel:096-373-5395
e-mail:kojimas@kumamoto-u.ac.jp
国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター
主任研究員 道川 武紘(みちかわ たけひろ)
Tel:029-850-2712
e-mail:tmichikawa@nies.go.jp
【報道に関すること】
熊本大学
マーケティング推進部広報戦略室
Tel :096-342-3122 Fax:096-342-3007
e-mail:sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp
国立環境研究所 企画部広報室
Tel :029-850-2308
e-mail:takahashi.riho@nies.go.jp
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