2.概要
平成9年6月
快適で健康的な住宅に関する検討会議では、国民が安全で快適な生活を送るために必要な住居衛生の知識の普及等を行うため、平成7年3月から、住居衛生を巡る課題の検討を行っているところである。このうち、住まいにおける健康関連の指針の策定については、健康住宅関連基準策定専門部会において検討を行ってきたが、室内空気中の化学物質による健康影響の問題については、専門分野が細分化されており、これに特化した検討を行う必要があることから、同部会の中に化学物質小委員会を設けて検討を行うこととされた。(1)ホルムアルデヒドの室内濃度指針値について(別添1)
(2)総揮発性有機化合物(TVOC)の指標について(別添2)
(3)化学物質の室内濃度指針値等の検討の必要性について(別添3)
(4)化学物質過敏症について(別添4)
2.WHO欧州地域専門家委員会の健康影響評価
短期間の暴露でヒトが鼻やのどに刺激を感じる最低の濃度は0.1mg/m3である。ただし、さらに低い濃度でホルムアルデヒドの臭気を感じる人達もいる。
一般的な人達における明らかな感覚刺激を防ぐために、30分平均値で0.1mg/m3の空気ガイドライン値を勧告する。
このガイドライン値は鼻腔粘膜の細胞毒性の推定閾値より1桁以上低い値であるので、ヒトにおける上部気道がんのリスクを無視しうる暴露レベルである。
2)WHO欧州地域専門家委員会におけるガイドライン値の設定根拠
ヒトがホルムアルデヒドに暴露された時の主な症状は目、鼻及び咽喉の刺激であり、濃度依存性の不快感、流涙、くしゃみ、せき、はきけ、呼吸困難で、高度の場合には死に至る。
気道上皮の扁平上皮化生や軽度の異形成がヒトで報告されているが、これらの所見にはホルムアルデヒド以外の物質に同時に暴露された影響が含まれている可能性がある。
高濃度のホルムアルデヒド暴露によりラットに鼻腔がんが発生することは明瞭な知見であり、マウスにも同様の影響のあることが予想されるホルムアルデヒドはいくつかの in-vitro及びin-vivoの試験系で遺伝子毒性が示されている。また、高濃度のホルムアルデヒドによる職業的暴露と鼻咽頭腔及び副鼻洞がんとの間に関連性を示す疫学的知見がある。
ホルムアルデヒドに対するヒトでの反応には大きな個体差がある。健康な被験者では 0.1mg/m3を超える濃度で刺激の兆候が明らかに増加する。 1.2mg/m3以上で症状の増大が引き起こされる。健康な非喫煙者及び喘息患者の肺機能では、 3.7mg/m3までのレベルのホルムアルデヒドに暴露された場合でも変化がなかった。WHOのワーキンググループでは、これらの研究で観察された作用は、平均値よりもピーク値の濃度に関係すると推測した。
ヒトの鼻腔粘膜においてホルムアルデヒドが細胞増殖的な変化を引き起こすとする知見がある。報告されている平均暴露レベルは、0.02から2.4mg/m3にあり、短時間でのピーク値は、5から18mg/m3の間にある。 ホルムアルデヒド暴露と鼻咽頭腔のがんとの関連については、観察症例数や期待症例数が少ないため結論には至っていないが、疫学的研究からは因果関係のあることが示唆されている。また、ホルムアルデヒドによる比較的高濃度の職業的暴露と副鼻洞がんとの関連については疫学的な観察がある。最近のIARCワーキンググループは、現在入手できる発がん性のデータではホルムアルデヒドのヒトでの発がん性に関する知見は限定的であると解釈し、ホルムアルデヒドは、"ヒトに対し恐らく発がん性がある(2A)"と分類された。
ホルムアルデヒドはラットの鼻腔発がん物質である。16.7mg/m3レベルで暴露されたラットでは鼻腔がんが明らかに発生したが、用量反応曲線は非直線的であり、低濃度では、リスクは比例的ではなく極めて低いものであった。また、鼻腔気道上皮における非腫瘍性及び腫瘍性病変を分析したところ、用量反応曲線は、腫瘍性病変、細胞回転、DNA-蛋白質の交叉結合、および過剰増殖のいずれもほとんど同じであった。このように一致の度合いが近いことは、観察された細胞毒性、遺伝子毒性および発がん効果が密接に関係することを示している。結論として、細胞毒性によって引き起こされた過剰増殖が、ホルムアルデヒドによる鼻腔腫瘍の形成に重要な役割を果たしていることが推察される。
ラットとヒトでは呼吸経路の解剖学的、生理学的な違いが認められるが、呼吸経路の防御機構は類似している。したがって、ホルムアルデヒドに対するヒトでの呼吸経路の粘膜の反応がラットのそれと同様であると考えても間違いではないであろう。即ち、呼吸経路の組織が繰り返し障害を受けなければ、ヒトが低濃度かつ細胞毒性の起こらない濃度のホルムアルデヒドに暴露されたとしても、発がんリスクは無視しうると考えることができる。これは約 1mg/m3を超える濃度で鼻咽頭腔及び副鼻洞がんのリスクが大きくなるという疫学的な結果と一致している。
参照文献
2 室内空気における汚れの指標としてのTVOC
すでに述べたように、TVOCは、健康への影響の異なる複数の化学物質の混合物に対する濃度レベルの指標であり、健康への影響を直接的に評価する指標ではない。
TVOCの定義及び測定法には種々の提案があり、現時点で国際的に統一されたものはない。その設定に当たっては、国際的な調和にも配慮しつつ、簡便な方法を検討していく必要がある。そのうえで、わが国におけるTVOCの室内濃度の実態を把握するための実態調査を実施し、その調査結果及び国際的な動向を参考としてガイドライン値の設定を検討していくことが適当である。
参照文献
一方、毒性学等の専門家の中には,二重盲験試験などの客観的証拠が少ないことなどを理由に、このような症状と化学物質との因果関係を疑問視する意見もあり、化学物質過敏症なる症候群の存在自体をめぐって米国の一部の学会においては意見が分かれているところである。また、日本の学会においては、これまでのところ十分な議論が行われているとは言えない状況にある。
以上のことから、化学物質過敏症と室内空気中の化学物質濃度の関係については、現時点における定量的な評価は困難であると考えられる。しかしながら、化学物質過敏症の存在を否定することはできないので、当面は、室内空気環境中の化学物質を可能な限り低減化するための措置を検討しつつ、今後の研究の進展を待つことが適当である。また、我が国の関係学会においても関心が広がりつつあるので、この問題に対する客観的かつ広範な議論が展開されることを期待したい。