サステナビリティへの取り組み
「エコデザイン」による半導体ウェハ計測用電子顕微鏡が、製造現場のCO2削減に貢献
近年、環境と調和した製品を社会に提供することは、モノづくり企業の責務といっても過言ではありません。原材料の調達から製造、流通、使用、廃棄・リサイクルに至るまで、製品のライフサイクル全体を通して環境負荷を軽減することが、気候変動、水資源の枯渇、廃棄物による環境汚染といった地球規模の課題解決につながるからです。
日立ハイテクは、グループをあげて「エコデザイン」を推進しています。これは、製品開発の初期段階から環境への配慮を反映した設計を行い、LCA(ライフサイクルアセスメント)を通じて環境負荷を定量的に評価することを目的としています。
取り組みの柱の一つが、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、世界的な目標となっているCO2の削減です。日立ハイテクは、長年のモノづくりで培った独自の技術とノウハウを活かし、CO2排出量を抑えたモノづくりを推進しています。
今回は「エコデザイン」の事例として、日立ハイテクの主力製品である測長SEMの最新機種である「高精度電子線計測システム GT2000」を紹介します。測長SEMは、シリコンウェハ上に形成された半導体デバイスのパターンの出来栄えをナノメートルレベル(※(注記))で計測する装置で、世界のあらゆる半導体メーカーにとって、なくてはならない存在です。
最新型の測長SEMは、従来機種比で処理能力を25%向上させるとともに、2010年度の基準製品に比べてCO2排出量を50%削減。計測性能の向上と環境負荷の低減を高いレベルで両立させることで、生成AI、自動運転、次世代通信、量子技術などの進展により急速に拡大する半導体市場を力強く支えています。
- ※(注記)
- 1ナノメートルは1mmの100万分の1
「100万分の1ミリ」の精度で半導体の寸法をチェック
測長SEMは半導体の製造工程において、シリコンウェハ上に形成された集積回路などのパターンが設計どおりの寸法に仕上がっているかを、高精度に計測する装置です。
いわば、半導体デバイスの製造における「ものさし」のような役割を担うもので、品質管理と工程最適化を通じて生産性の向上に貢献する、半導体メーカーにとって不可欠な存在となっています。
半導体デバイスの計測には、極めて微細な精度が求められます。一例として最新型のスマートフォンでは、1センチ角の集積回路の上に100億個以上のトランジスタや配線がナノメートル間隔で配置されています
2010年代、パターン設計の最小単位は10〜15ナノメートルでした。そこから半導体に求められる性能が加速度的に高度化するにつれ、現在は2〜3ナノメートルが主流になっています。限られたスペースで性能を向上させるため、デバイスを何十層・何百層にも積み重ねる「3次元化」も進んでいます。
微細化・複雑化が進む半導体デバイスの製造現場に、測長SEMはなくてはならない存在です。SEMとは「Scanning Electron Microscope =走査電子顕微鏡」のことで、開発には日立グループが80年以上にわたって発展させてきた電子顕微鏡の技術が活かされています。
電子顕微鏡は、光よりも波長の短い「電子線」を用いて分子・原子レベルの観察を可能にした顕微鏡。その技術を応用した測長SEMは電子線で半導体デバイスを走査(スキャン)し、取得した画像をもとに計測を行う仕組みです。
日立ハイテクは1984年に世界初の測長SEMを発売して以来、世界市場において約7割というトップシェアを維持し続けています。
スキャンし、ナノメートルレベルの精度で計測
エコデザインを適用した次世代半導体向け測長SEM 「GT2000」
日立ハイテクは、2023年末に最新型の測長SEM「GT2000」を上市しました。ナノテクノロジーソリューション事業統括本部・評価システム製品本部・電子線応用システム設計部・統括主任技師の前田周作は、その特徴をこう説明します。
「GT2000は構想段階からエコデザインを強く意識し、設計を一から見直すことで、高速かつ安定的に2ナノメートルレベルの計測を実現できる測長SEMとしての優れた性能と、高い環境性能の両立を実現しました。その結果、製品ライフサイクル全体におけるCO2排出量を2010年度の基準製品と比べて50%削減することができました」
ウェハ搬送システムの高速化により、処理速度を25%アップ
GT2000は、従来機種と比べてスループットが25%向上しました。スループットとは、一定時間内に計測することができるウェハの枚数を意味します。つまり、GT2000は従来機種と同じ時間・同じ消費電力で、計測することのできるウェハ枚数が1.25倍になったのです。
スループット向上のカギについて、評価プロダクト設計部・技師の柴崎智隆が解説します。
「測長SEMでは『ステージ』と呼ばれるユニットに半導体ウェハを搭載して所望の座標に動かして画像を取得し、パターン寸法の計測を行います。スループットを向上させるにはステージの動きを高速化しなければなりませんが、ナノオーダーの計測精度が求められるため、振動や電気ノイズを極力排除する必要があります」
柴崎は続けます。
「そのため従来のステージは、画像を取得するたびにモーターによるサーボ制御をOFFにしてブレーキをかけて振動を抑えていました。GT2000では、1回のブレーキ動作にかかる数十ミリ秒(※(注記))の時間を短縮するために、日立ハイテクが持つ制御技術と計測技術を高度に連携させることでブレーキをかけずに高精度な計測ができるシステムを実現しました。さらに、日立グループが培ってきた解析技術を駆使することで最適な構造・制御設計を実現し、ステージの移動スピード自体をアップさせることができたこともスループット向上に寄与しました」
- ※(注記)
- 1ミリ秒=1000分の1秒
「スイッチング電源」の採用で小型化・省電力化が大きく前進
CO2排出量の50%削減は、省電力化の推進と、従来機種比で約20%の小フットプリント化を実現した革新的な装置設計によって達成されました。それを可能にした技術の一つが、小型・軽量・高効率な「スイッチング電源」の採用です。この電源方式は、スマートフォンの充電器やノートパソコンのアダプターなどに広く使われています。
評価制御システム設計部・主任技師の佐々木智世は、こう解説します。
「スイッチング電源はさまざまな電子機器の小型化や軽量化、省電力化に寄与している一方で、ノイズ(※(注記))が発生しやすい欠点があります。そのため、計測性能が最も重要でありノイズに非常に敏感な測長SEMの開発では、スイッチング電源の採用を避けてきました」
- ※(注記)
- ノイズ:電子機器の動作と性能に悪影響を及ぼす電磁波や電気信号
「しかし、エコデザイン目標を達成するためには、スイッチング電源を採用するしかないと考えるようになりました。では、どうすれば測長SEMとして問題ないレベルまでノイズの影響を抑制できるのか、測長SEMの電気設計のなかで最も難しい技術課題にチャレンジすることになりました」
佐々木は続けます。
「複雑なノイズ現象を正しく知ることが本質的な抑制につながると考えて、GT2000の開発と同時にノイズを分析する技術の開発に取り組みました。こうしてノイズを『知る力』を磨きながら、地道にノイズを『知る』ことに努めた結果、スイッチング電源のノイズ影響を抑制する電子線制御システムを構築・搭載できました。これは、測長SEMの歴史においても大きな変革点の一つとなったのではないかと考えています」
抑制結果(右下)の一例
「カーボンニュートラルな工場」で製造時のCO2実質ゼロ
GT2000は、最先端の環境性能を備えたスマートファクトリー「マリンサイト」(茨城県ひたちなか市)で製造。同工場は太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーを採用し、製造段階でのCO2実質ゼロを実現しました。
カーボンニュートラルを達成
「さらにGT2000では、測長SEM開発における初の取り組みとして、設計段階でMR(複合現実)技術を用いたシミュレーションを導入しました。これにより、従来は複数回行っていた試作機の制作を1回に抑えることができ、試作に必要な材料の消費量を大きく低減できたこともCO2削減に寄与しています」と、前田は補足します。
エコデザインは、CO2削減以外にも省資源や生物多様性への配慮など多岐にわたる環境項目を定めています。GT2000は部品の長寿命化やメンテナンス性を高めた設計、ノンフロン方式による冷却ユニットの採用などを通して、多面的に環境性能を向上させました。
「測長SEMは数百台規模で導入する半導体工場もあるため、装置1台あたりの環境性能向上がもたらすメリットは計り知れません。気候変動をはじめとする社会課題が顕在化してきたここ数年の間に、環境への配慮がエンドユーザーを含む社会全体の強い要請となってきていることを肌で感じています」と、前田は語ります。
至る全ての段階で環境負荷を低減
社会の要請に応え「2030年のさらなる進化」へ
日立ハイテクグループはSDGs(持続可能な開発目標)を踏まえて、社会課題の解決に向けて5つのサステナビリティ注力領域(マテリアリティ)(重要課題)を掲げています。
エコデザインによって新たな世代に突入した測長SEMは「1)持続可能な地球環境への貢献」と「3)科学と産業の持続的発展への貢献」に深く関係しています。社会のデジタル化に欠かせない半導体の製造現場を支えるという意味では2)に、日立ハイテクの主力製品という意味では4)や5)にも関係するので、5つのマテリアリティ全てに貢献するといえます。
GT2000の開発に携わった3人は、それぞれに今後への意気込みを語ります。
「社会課題の解決に貢献することは、日立ハイテクの重要な使命であると考えています。測長SEMは5〜7年ごとにフルモデルチェンジを行っており、GT2000の後継機は2030年頃の市場投入を予定しています。私たちは製品開発を通じ、持続可能な社会の実現という共通のゴールに向かい、全社一丸となって『未来を変えるソリューションの創出』に挑み続けます」(前田)
「測長SEMは、機械設計や電子工学などさまざまな要素技術の集合体であり、各分野の技術者のチームワークなしに開発は成り立ちません。引き続き連携を強固なものにし、その中で一人の技術者として自分に何ができるのかを模索し続けます」(柴崎)
「今後、超精密な『ものさし』である測長SEMには、原子の大きさほどの振動・ノイズも許されない精密な電子線制御が求められていきます。エコデザインもますます重要になっていくため、これらの両立を信念として、さらに高いレベルの技術と製品開発に挑戦していきます」(佐々木)
AIをはじめ用途の高度化が進むにつれて半導体の微細化はさらに進み、2030年頃にはナノメートルよりさらに短いオングストローム(0.1ナノメートル)の時代になると予測されています。
そして社会を見渡すと、排出量を上回る量のCO2を吸収する「カーボンネガティブ」や、自然環境を回復させる「ネイチャーポジティブ」を掲げる国や自治体、企業も現れています。これらの高い目標を達成するにはDX(デジタル・トランスフォーメーション)が重要な役割を担い、半導体の需要もますます拡大していきます。
豊かさとサステナビリティが両立した未来の実現に向けた一翼を担うため、エコデザインを取り入れた測長SEMはさらなる進化を目指します。
- 2025年7月30日