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VOL.207 SEPTEMBER 2025
THE MUSICAL INSTRUMENTS AND MUSIC CULTURE OF JAPAN [日本の技術―次代を担う若手たち]音楽家の技能の限界を突破するために―脳と身体の原理に基づく"ダイナフォーミックス"

センサーやAIなどを用いて手指の動きを分析するトレーニング法で、動かし方の改善点が明らかになる。
写真提供:ソニーコンピューターサイエンス研究所

“ダイナフォーミックス”とは、科学の力で、音楽家の熟達支援と故障予防をサポートし、豊かな音楽表現を実現するための新たな取組。この新分野を開拓し、スポーツ分野などと同様に、音楽の世界にも“科学のメス”を取り入れようと研究を進める古屋ふるや 晋一しんいち氏に話を聴いた。

ピアニストなどの音楽家が豊かな演奏表現を実現するためには、「感性」「解釈」「機能」「技能」の四つの要素を育むことが必要だと言われている。「感性」を育て、「解釈」を深めるため、これまでも音楽教育の現場では活発な研究が進められてきた。ピアニストが自身の「感性」と「解釈」をもとに思い描いたように演奏するには、指を素早く正確になめらかに動かすために身体の複数の筋肉を協調・制御する能力、つまり「機能」と「技能」が必要となる。スポーツの分野では人体の構造に基づいた効率的な身体の使い方やトレーニング法が確立されてきているが、音楽などの芸術の分野では科学的な研究はこれまでほとんどなされてこなかった。その結果、音楽家が独力で長時間の練習を行っても思い描いた表現が叶わず、自分の技能向上の限界を感じたり、過度の練習で心身をすり減らしてしまったりという問題が頻発してきた。

この音楽家の機能や技能を伸ばすための科学的なアプローチを「ダイナフォーミックス」と名付け、研究開発を行っているのが株式会社ソニーコンピューターサイエンス研究所 東京リサーチのリサーチディレクター、古屋 晋一氏だ。古屋氏はダイナフォーミックスに基づく「パフォーミングアートの熟達支援と過剰な訓練による疾病の機能回復の学際的研究」で、第21回(2024年度)日本学術振興会賞(同賞については囲みを参照)を受賞している。

古屋氏の研究チームは、手に装着することで5本の手指を独立して高速で動かせる「外骨格ロボット」を用いて、独力では不可能な高速かつ複雑な指の動きを体験できるトレーニング手法を開発。


自力ではできない高速かつ複雑な手指の動きを受動的に体験することができる外骨格ロボット。
写真提供:ソニーコンピューターサイエンス研究所

このトレーニング法で正確な手指の動きを受動的に覚えることで、従来の練習だけでは叶わなかった技能の向上が見られ、また、トレーニングを行っていない反対の手指までも同様に技能が向上した。しかし、同トレーニング前後の手指の筋力や俊敏性について、数値的な変化は見られなかったことから、動きをつかさどる脳の中枢神経へ働きかけていることが示唆された。実際、トレーニング前後に、頭皮上から行う非侵襲的1な磁気刺激検査で、大脳皮質2において手指の運動を司る領域の働きを調べたところ、可塑かそ的な変化(脳の働きが柔軟に変わること)が見られたという。この研究成果は2025年1月15日に国際科学雑誌「Science Robotics」に掲載され、大きな反響を呼んだ。古屋氏らは他にも打鍵の強弱や手指の動きをセンサーで計測し、数値化し分析することで、より具体的な身体の動かし方を探る方法なども取り入れ、音楽家の技能の向上をサポートしている。音楽家が持つ「創造性」を最大限に発揮し、イメージする演奏を可能にするためのこうした科学的アプローチは、過度な練習での故障も予防し、従来言われてきた「才能の限界」を超えるための大きな手助けとなるだろう。


ピアノを演奏する古屋氏の様子。自身もピアニストを志していた古屋氏は過度の練習による故障をきっかけに、音楽家の技能の向上や故障からのリハビリを科学的に研究する道を選んだ。
写真提供:古屋晋一

日本学術振興会賞について
日本学術振興会賞は、日本の学術研究の水準を世界のトップレベルへと発展させることを目的とし、創造性に富み優れた研究能力を有する若手研究者を早い段階から顕彰しその研究意欲を高め、研究の発展を支援していくために、日本学術振興会3により2004年度に創設された。詳細は日本学術振興会賞ホームページ参照。

演奏者の動きを計測・分析する画期的なシステム
複数のセンサーを同期して計測できるソフトウェアと、独自開発の鍵盤センサーやペダルセンサーなどのハードウェアにより高精度・高分解能にピアノ演奏中の身体の動きを多角的に計測。

1. 指の位置推定

Vision-based hand pose estimation


三次元の手指骨格推定についても研究開発中。

2. タッチ・ペダルの精密計測

“HackKey”: touch sensing system


様々なメーカーのピアノに後付けで取り付け可能。

Pedal Sensor

3. 全身姿勢の分析

Depth-image based bone estimation

4. 動画・音声の分析

3 x Web-camera & micophone

[画像:センサーシステムの画像]

写真提供:ソニーコンピューターサイエンス研究所

  • 1. 医療や検査の分野で生体を傷つけず、身体に負担のないように行う方法や技術のこと。
  • 2. 大脳の表面を覆う灰白質かいはくしつの層で、神経細胞が規則正しく層状に並ぶ。部位により知覚、運動、思考、記憶などの高次機能を司る。
  • 3. 日本学術振興会は、昭和7(1932)年に昭和天皇の御下賜金を基金として創設された、学術の振興を目的とする日本で唯一の独立した資金配分機関。学術研究の助成、研究者の養成、学術に関する国際交流の促進、大学改革の支援など多岐にわたる事業を行っている。

By FUKUDA Mitsuhiro
Photo: Sony Computer Science Laboratories, Inc.; FURUYA Shinichi

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